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(クーリ君に言ったことを今は忘れよう)
幸いにもエルティオも何とも思っていないようだ。恵は自分の考えをエルティオに告げた。
「あの場所で真実を知ったときから、何ができるだろうって、ずっと考えてて。でも考えてるだけじゃ、何も変わらないでしょ。そんなときイギーに誘拐されて、あの集落を見たの。何もできないかもしれないけど小梅と一緒に」
「それは罪悪感か? それとも同情か?」
「違う! ううん、違わない。最初はその両方だった。だって、それだけのこと、小梅がしちゃったんだもん。でも、今は違う」
神殿を出てから、小梅がしてしまった事の重大さを肌で感じることができた。自分が想像するよりももっと辛い日々を送っただろう。それなのに、市場で働いていた人たちも、テントで遊んでいた子供たちも、みんな力強い目で前を見ている。集落の人だってそうだ。食べる物がないはずなのに、お腹が空いているはずなのに、自分たちの分を分けて恵をもてなしてくれた。その明るさと強さに、恵は戸惑った。同時に憧れもした。もし自分に同じことが起きたとしても、こんな風にはなれないだろう。
「みんな笑顔なの。辛いはずなのに、苦しいはずなのに、会う人、みんな私に優しさと元気をくれた。それって、すごいことだと思う。だから、私もそれを返したくって」
こんな説明で納得してくれるだろうか。静かに聞いているエルティオの態度が恵を不安にさせた。しばらくの間目を瞑っていたエルティオが、青い瞳をイギーへと向ける。
「イギーだったか、お前を討伐隊の中に加えてやる。明日、クーリを迎えにやる」
恵は、エルティオの方に向けていた顔をイギーの方へ向ける。だが、エルティオの言った言葉を理解していないのか、イギーはエルティオの顔を見たまま固まったように動かない。
「イギー、良かったね。明日、みんなを助けに行けるんだって!」
「ありがとうございます」
地面に額が何度も当たっているのに気づかないのか、イギーはお礼を言い続けた。それを尻目にエルティオが体ごと恵の方へ向ける。
「それと、恵」
エルティオの低くて柔らかな声が初めて恵の名前を呼んだ。ただそれだけなのに、恵の鼓動が高鳴った。
「この国の民のことを考えてくれたこと、礼を言う」
エルティオは優しく包み込むような眼差しをこちらに向けた。民を想ってのことだとわかっていても、恵自身に向けられていると錯覚してしまいそうになる。
(急にいい人になるなんて、ずるいよ……)
恵は逆上せたように熱くなった顔をどうすることもできなく、その場を去って行くエルティオを黙ったまま見送った。




