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「あの、ですから……」
もう一度同じことを言おうと口を開けば、怒りを含んだ声に遮られた。
「娘っ! そのお方をどなたと心得る」
時代劇さながらの言葉に、恵は戸惑いを忘れ噴き出しそうになるのを必死で堪えた。その姿を萎縮だと捉えたのか、周囲がさらに騒がしくなる。
「お止めなさい」
恵たちに声をかけてきた銀髪の人がリーダーなのだろう。彼の一声で騒々しくなっていた場が静まり返った。
「失礼しました。ですが、あなたが小梅と呼んでいらっしゃるお方は、
小梅などという名ではなくティヒア様という貴いお方でございます。どうかお放し下さい」
まるで恵の方が勘違いをしているとでもいいたげな口調だ。その丁寧な言葉遣いが癇に障った。
「この仔はティヒアなんて仔じゃないです。人違い、じゃなくて犬違いです。うちの仔です」
「それこそあなたの勘違いでいらっしゃる。ティヒア様は犬ではありません。神です。
どうかお放し下さい」
やっと話ができるとホッとしたのも束の間。恵の言い分を無視して話を進めようとする彼の応対が、恵の苛立ちを募らせる。
「だからー」
なんて変な夢を見ているのだろう。こんなにも思い通りにならない夢なら見たくなかった。早く目を覚ましたい。お互いに引こうとしない話し合いをどうまとめればいいのかわからず諦めかけていた、そのときである。人だかりの更に後方から声が聞こえてきた。
「お待ち下さい!」
道を作るように人々が一斉に両側に避けた。
突然現れた声の主は、急ぐように恵の方へ近づいて来た。