5-11
「あなた確か、王様の半獣よね? 名前は、クーリ君だっけ?」
恵の声に反応するかのように、クーリはこちらへ近づこうと歩き出す。しかし、小梅の唸り声がさらに強くなり歩くのを止めた。ゾイは小梅の声に怯えたのか、いつの間にか草むらに隠れてしまっていた。
「小梅、止めなさい」
恵は小梅と眼を合わせ、言い聞かせるように話した。
「クーリ君、大丈夫だよ。おいで」
立ち止まったままこちら窺っていたクーリが恵の言葉で再び近づき始める。そのまま恵を追い抜かし、後ろにいる小梅に鼻をつける挨拶をした。
大丈夫だと言ったものの、小梅が噛みついたりしないか不安で一杯だった。クーリが近づくつれ心臓の鼓動が速くなる。しかし意外にも小梅は友好的な態度を取った。自分が命令したとはいえ、簡単に大人しくなるとは思ってもいなかった。何か小梅にも感じるものがあったのだろうか。恵は大人しくなった小梅と、その隣でじっとしているクーリの頭をなでながら、そんなことを考えていた。
「そういえば、あなたの相棒は?」
クーリがいるということは、つまりエルティオもいるということだろう。あの青藍色の瞳に睨みつけられるのは嫌だれど、そんなことよりも今は集落のことだ。王様なのだから、彼に言えばどうにかなるだろう。そう思い、辺りを見回したが、恵の視界にはエルティオの姿が入ってこない。
「あなた、一人でこんなところまで来たの?」
言ったところで返答が来るはずもなく、クーリが首を傾げた姿だけが目に入る。集落のことを直接エルティオに伝えたかっただけに、恵は残念で仕方なかった。
「あ、そうだ。あなたに伝えて欲しいことがあるの。井上さんのところのホーク君に会ったら小梅と一緒に無事でいるからって伝えてくれる? お金なんてないのに誘拐されちゃうなんてビックリだよね」
市場で離れてしまったことを、井上家の皆はきっと心配している。携帯がない今、どうやって連絡を取っていいのか悩んでいたのだ。果たして王様の半獣を伝書鳩のように扱っていいのかわからないが、今の恵は立っている者は親でも使えの状態だった。
気持ち良さそうに、目を瞑っていたクーリの瞳が開く。恵の言葉を了承したということだろうか。首元を恵の手に押しつけるよう摺り寄せた。
「ふふ。お願いね。クーリ君の相棒は怒りん坊なのに、君は甘えん坊だね。実は王様も……なんてそれはないか」
クーリに押しつけられた首元を揉むようになでると、クーリは再び気持ち良さそうに目を瞑った。
「クーリ君はここが好きなんだ。伝言をしてもらうんだから、今日はいっぱいマッサージしてあげちゃう。でも王様には内緒だよ。私になでられたのがわかったら、怒られちゃうかもしれないでしょ」
小梅をなでていた手も加え、両手で左右均等に力が加わるようになで始めた。
「なんで王様は、仔神がやったって国民に言わなかったんだろう。心のどこかで小梅のこと待ってたのかな」
小さく呟く恵の声に応える者はいない。声に出すことで頭の中が整理されれば、それで良かった。
「王様ってすごいね。市場の人たちが教えてくれたよ。優しくて、民想いで、勇敢で、格好良くて。褒め言葉しか聞けなかった。まあ、確かに顔は美形だよね。小梅にはあんなに嫌な奴なのにさ」
恵になでられているクーリの瞳はトロンと眠りそうになっている。小梅よりも随分と大きなクーリが、なすがままになっている姿に恵は顔を綻ばせた。
「ふふふ、王様は頑固だけどクーリ君は素直だね」
小梅とは違う愛らしさにうっとりしながらクーリをマッサージしているときだ。恵の体に、いつもの衝撃がきた。
「も、もちろん小梅も可愛いよ」
恵は、ヤキモチを焼いた小梅の体当たりで尻餅をつく。恵の温もりがなくなったと感じたのか、クーリがちらりとこちらを向いて瞳を開けた。その眼差しは、『アンタも大変だな』と言っているようにも見えた。




