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犬神様の乳母  作者: 高木一
5、全てを知ってから考える
50/81

5-6

『ぐちゃん、めぐちゃん』


 突然、自分の名前を呼ぶ声が聞こえたような気がした。だが、周囲を見回しても、それらしい人物は見当たらない。


「急にどうしたんだよ?」


 恵の返答を待っていたであろうイギーは、そんなこちらの様子を訝しんでいるようだった。


「名前、呼んでないよね?」


「はあ?」


 イギーの答えはわかりきっている。目の前で口が開いていなかったのを、ちゃんと見ていた。それに恵はまだ自分の名前を教えていない。それでも確認したかったのだ。


「なんだ、あれ?」


 恵の背後を指差して、イギーが呟いた。その言葉に振り返ると、小さな土ぼこり見えた。それが、徐々に大きくなってこちらにやってくる。


「イノシシみたいな動物っている?」


「なんだそれ? あれは誰かの半獣だ。って、そういや、アンタの半獣はどこなんだ?」


「私に半獣は」


 恵は目を疑った。驚きのあまり、話の途中で口を開けたまま目を見開く。


「嘘? 本当に?」


 自分の目を疑いたくはないが、さすがにこの状況下では疑いたくなった。なぜなら自分の居場所を知るはずもない小梅が、こちらに向かってきているのだ。しかも、普段の小梅からは考えもつかないほどの速さで。こんなに早く走っている小梅を見たことがなかった。わき目も振らずにやってくる小梅の姿を愛しく思う。恵は感動のあまり涙を滲ませた。


(小梅)


 いても経ってもいられず、恵も小梅に向かって走り出した。


「本当に小梅だ。会いたかったー」


 勢いよく飛び掛ってくる小梅に負け、その場に押し倒される。仰向けになった体に小梅がよじ登ってくるのを捉えた瞬間、何も見えなくなった。小梅が顔を舐め始めたのだ。


 小梅の凄まじい喜びの表現に、恵は嬉しくなった。少し間小梅の好きにさせよう。そう考えたが、すぐに耐え切れなくなった。


「うわ、っぷ、わ、わかったっぷ、から。小梅、落ち着こう」


 顔が小梅の涎で突っ張ってきた。恵はこれ以上、顔の油分を落とされないように仰け反りながら小梅を宥めた。それでも小梅はなかなか落ち着かない。恵は力を込めて小梅を抱きしめた。恵の温もりを感じ取ったのか、小梅はすぐに大人しくなる。それを狙っていたかのように、イギーの声が聞こえてきた。


「そいつが、アンタの半獣か?」


「そうわっぷ」


 半獣ではないことを訂正する前に、小梅がまた恵の顔を舐め始める。それはまるで他の人にかまうなと言っているようで、恵はおかしくなった。


「ごめん、ごめん。小梅が一番だよ」


「何の騒ぎ?」


 小梅に再会できた喜びで、奇声のような大きい声を出していた恵の様子に驚いたのだろうか。他の家に行っていたはずのイエリアが外へ出てきた。






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