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『ぐちゃん、めぐちゃん』
突然、自分の名前を呼ぶ声が聞こえたような気がした。だが、周囲を見回しても、それらしい人物は見当たらない。
「急にどうしたんだよ?」
恵の返答を待っていたであろうイギーは、そんなこちらの様子を訝しんでいるようだった。
「名前、呼んでないよね?」
「はあ?」
イギーの答えはわかりきっている。目の前で口が開いていなかったのを、ちゃんと見ていた。それに恵はまだ自分の名前を教えていない。それでも確認したかったのだ。
「なんだ、あれ?」
恵の背後を指差して、イギーが呟いた。その言葉に振り返ると、小さな土ぼこり見えた。それが、徐々に大きくなってこちらにやってくる。
「イノシシみたいな動物っている?」
「なんだそれ? あれは誰かの半獣だ。って、そういや、アンタの半獣はどこなんだ?」
「私に半獣は」
恵は目を疑った。驚きのあまり、話の途中で口を開けたまま目を見開く。
「嘘? 本当に?」
自分の目を疑いたくはないが、さすがにこの状況下では疑いたくなった。なぜなら自分の居場所を知るはずもない小梅が、こちらに向かってきているのだ。しかも、普段の小梅からは考えもつかないほどの速さで。こんなに早く走っている小梅を見たことがなかった。わき目も振らずにやってくる小梅の姿を愛しく思う。恵は感動のあまり涙を滲ませた。
(小梅)
いても経ってもいられず、恵も小梅に向かって走り出した。
「本当に小梅だ。会いたかったー」
勢いよく飛び掛ってくる小梅に負け、その場に押し倒される。仰向けになった体に小梅がよじ登ってくるのを捉えた瞬間、何も見えなくなった。小梅が顔を舐め始めたのだ。
小梅の凄まじい喜びの表現に、恵は嬉しくなった。少し間小梅の好きにさせよう。そう考えたが、すぐに耐え切れなくなった。
「うわ、っぷ、わ、わかったっぷ、から。小梅、落ち着こう」
顔が小梅の涎で突っ張ってきた。恵はこれ以上、顔の油分を落とされないように仰け反りながら小梅を宥めた。それでも小梅はなかなか落ち着かない。恵は力を込めて小梅を抱きしめた。恵の温もりを感じ取ったのか、小梅はすぐに大人しくなる。それを狙っていたかのように、イギーの声が聞こえてきた。
「そいつが、アンタの半獣か?」
「そうわっぷ」
半獣ではないことを訂正する前に、小梅がまた恵の顔を舐め始める。それはまるで他の人にかまうなと言っているようで、恵はおかしくなった。
「ごめん、ごめん。小梅が一番だよ」
「何の騒ぎ?」
小梅に再会できた喜びで、奇声のような大きい声を出していた恵の様子に驚いたのだろうか。他の家に行っていたはずのイエリアが外へ出てきた。




