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目が覚めて最初に見えたのは、天井の中心を支えるように放射状に伸びている沢山の棒だった。蛇の目傘の内側にいるような不思議な感覚だ。
(ここは……)
恵は眠らされる前のことを思い出し、飛び起きた。そして自分の体を調べるようになでる。結果、着衣の乱れもなく、麻袋も肩に掛かったままだった。何もされていないことがわかり、詰めていた息をゆっくりと吐き出した。
辺りを見回すとタペストリーのように色鮮やかに織り込まれている布の壁が目に入る。テントのようにも見えるが、テントよりも随分と広い空間だ。もしかしたら、市場で見たゲルの中にいるのかもしれない。
あの男の家だろうか。なぜ、こんなことになってしまったのか、恵には皆目検討もつかなかった。縛られている訳でもなく、ただ寝かされていただけのようだ。だからだろうか、誘拐されたとき感じた恐怖感は薄れていた。
部屋の中には恵が寝かされていた場所の他にも、いくつかベッドのようなものが設置されている。ちょうど恵と向かい合わせになる方向から視線を感じた。
「あなた、誰?」
顔の中央にキレイな白いラインが引いてある、濃い赤茶色のコーギー。いや、ここでは半獣だろう。まだ、あどけなさを残す顔つきで、こちらを静かに見ていた。
「初めまして。どうしてだかわからないけど、お邪魔してます」
首を傾げて恵の話を聞く姿に、いてもたってもいられなくなった。恵はベッドから降りて半獣の元へ近づき、目線を合わせるように膝立ちをする。
「触ってもいい?」
そっと手の甲を下から、その仔の鼻先に近づける。了承の意味なのか、その半獣は恵の甲をひと舐めした。恵はその手で滑らすように喉元から顎にかけてなで始める。
「柔らかい。可愛い。君はどこが気持ちいいのかな?」
触っているだけで癒される。恵は置かれている状況を忘れ、無心でその仔の柔らかい毛を堪能していた。
「目が覚めて良かった。ゾイ、イギーを呼んできて」
突然の声に恵は驚き、声のした方へ顔を向けると小さな女の子が入ってきた。少女の後ろに見える扉が出入り口なのだろう。
彼女が来る前に出て行けばよかった。目先の欲望に、すっかり逃げ出すという動作を削除していた自分に対して恵は自嘲気味に笑った。
「気分はどう? アタシはイエリア。さっきの仔はゾイ。お姉さんは?」
随分と大人びた話し方をする。見た目は紫より小さいが、紫よりも年上なのだろうか。だが黒いお下げ髪をした顔は、ゾイと同様に幼さを残している。全体的に随分と小さく、今にも折れてしまいそうな細さだ。右耳に揺れている黒味がかったくすんだ緑色を覆う小豆色の石が重たそうだった。着ている服も継ぎ接ぎが多く、色も日に焼けて褪せてしまっている。しかし、そんな脆さを吹き飛ばすほどイエリアの笑顔ははつらつとしている。
「私は篠山恵。ねえ、ここどこ?」
「ここはアタシの家よ。お姉さんの意識がないから、起きるまでここに寝かせておいたの。びっくりしちゃった。はい、これお茶」
イエリアには何も知らされていないのだろうか。笑顔になると見えなくなる濃い藍色の瞳は、嘘を言っているようには思えなかった。恵はありのままを伝えることを躊躇い、出されたお茶を飲んで言葉を濁した。




