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「小梅のバカ。お尻ペンペンの刑にしてやる」
遊んで欲しいが故に、そのまま飛び掛る。恵の予想とは反し、小梅は警戒するようにある程度まで近づくと立ち止まってしまった。しかし、いつでも動けるようにと視線を前方へ向けたままでいる。いつもと違う小梅の行動に恵は内心で首を傾げた。
前方からきた人たちも小梅につられるように立ち止まっていた。その距離、二十mくらいだろうか。恵の目にも彼らを鮮明に見ることができた。
白地に黒い縁取り。黒地のセンターラインには白いボタンが施されている。集団の半分はこの服を着ていた。対になっているのか、残りの半分は真逆のデザインになっている。黒地に白い縁取り。白地のセンターラインには黒いボタンが施されている。何かの制服だろうか。フードで顔の表情は窺えないが、こちらを見ているようだった。感じる視線は友好的なものではなく、どこか冷たい。
「何だろう、あの人たち」
立ち止まっている集団の中から一人だけが、小梅がいる方に近づいて行く。白地の服を着たその人は静かに、だがしっかりとした足取りだ。その音を敏感に感じ取った小梅が耳を動かし、唸り始めた。
「小梅?」
全身の毛を逆立てる小梅の姿を恵は初めて見た。臆病で人懐っこい小梅が誰かに対して威嚇をしたことなど、今まで見たことがない。
「毛って本当に逆立つんだなあ」
あまりの衝撃に、緊迫した現実を忘れ、関心してしまった。小梅の威嚇に怯んだのか、近づいてきていた人は、その場で立ち尽くしていた。固唾を呑んで見守っていた残りの人たちも、小梅の威嚇を合図に直立のまま動かなくなっていた。
この一触即発な雰囲気から早く小梅を捕獲しなくては。そしてこの場から早々に立ち去ろう。
恵は小梅の気を引くため大きく手を叩いた。小梅の威嚇よりも遥かに響く破裂音。突然聞こえてきたその音に驚いたのか小梅は唸るのを止め、恵の方を見る。固まって動けなくなっていた人々も、その音で解除されたようだ。身体を弛緩しながら止めていた息を吐き出していた。だが声を発することまでは回復しなかったようだ。恵の声だけが辺りに響いた。