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犬神様の乳母  作者: 高木一
3、誰が悪いわけでもない
34/81

3-5

「大地を動かす膨大な魔力に感化され、産まれて間もない小梅ちゃんの魔力が暴走してしまったのです。その力は再び起こった天災と一緒になり国中を破壊していきました」


 井上の言葉に恵は息を呑んだ。やはり、エルティオは本当のことを言っていたのだ。どこかでそんな予感はしていた。でも、まだ覚悟が足りなかったのかもしれない。恵は自分の体から血の気が引いていくのがわかった。


「誰も止めることができず途方に暮れかけていたときです。先代仔神様がご自分の存在を賭けて小梅ちゃんの暴走を止めてくださいました」


「そしてソイツは、お前の住んでた地球とやらに逃げだした。自分の壊した国を捨ててな」


 やっと腑に落ちた。エルティオがなぜ小梅を嫌っているのか。なぜ、仔神という存在を疎んじるのか。


「エルティオ様。先ほども申し上げましたが、それは正しくありません」


「どういうことですか?」


「小梅ちゃんは国を捨てたわけではありません」


「そんなことはどうだっていいんだよ。おい、お前。これで俺の言っていたことが正しいとわかっただろう?」


 エルティオは恵の方を向き、せせら笑うように口元を緩めた。そのどこか勝ち誇ったような顔つきに、恵は苛立ちを覚える。


 確かに井上の話はエルティオの言葉を裏づけるものだった。そのことについては申し訳なく思う。例えそれが恵と出会う前のことだったとしても。恵にとって、小梅の不始末は自分自身がしたことと同じ意味を持っていた。いや、それ以上に罪悪感を抱いた。しかし全てを小梅のせいにしている王の発言が、気に入らない。だが、これより酷かったという大地を今の現状にまで戻したのは、紛れもなく目の前に立っているこの男なのだ。そう思うと、恵は何も言うことができなかった。


「いいえ、よくありません。先代仔神様が小梅ちゃんの暴走を止めたとき、小梅ちゃんは瀕死の重傷を負ってしまいました。このままでは小梅ちゃん自身の命も尽きてしまう。そうなる前に犬神様の命により、私が小梅ちゃんを地球へ連れて行ったのです。決して国を捨てたわけではありません。小梅ちゃんの傷を癒すために行ったのです」


「そんなのは自業自得ってやつだろ? 自分の力を過信したのかなんなのか知らないが勝手に暴走させ、国を壊した。それが事実だ」


 これ以上話すことはないとでも言うように、エルティオはその場から去って行った。王の最後に発した言葉に恵は、引っ掛かりを覚えた。だが、それが何であるかがわからない。薬を上手く飲み込めなかったときのような気持ち悪い気分のまま、恵は去って行く彼の背中を見ていた。


「クゥーン」


 恵の足元にそっと触れる温もりを感じる。ひどく悲しげな声を出して小梅が擦り寄ってきた。エルティオと井上から聞いた小梅の仕出かしてしまったこと。それはもう変えようがない事実だ。だから、それをちゃんと受け止めよう。


「小梅、一緒に何ができるか考えよう。それで、できることからやっていこう。私も頑張る。二度とこんなことが起きないように。だから魔力の修行、頑張ろうね」


「ワフッ」


 恵は自身を鼓舞するかのように元気な声を出し、小梅の頭をなでる。


「あの聞いてもいいですか? さっき王様が七十五年って言ってましたよね。あれって」


「ああ、それはですね。地球とこちらとでは時間の速度が違うようです。どうやら地球の五倍の速度らしいですよ。いや、私も驚きました。まあ、でもこちらの平均寿命は、魔力にもよりますがだいたい千歳前後になりますから、そんなに驚くこともないのかもしれませんがね」


「せ、千」


 あまりの桁の違いに恵は目を大きく見開いた。だが、井上は相変わらず飄々としている。その冷静さが怖くて恵は井上の年齢を聞くことも計算することもできなかった。


(この話は、聞かなかったことにしよう)


 恵は誤魔化すように違う話題を口にした。


「そ、そういえば、井上さん私を探していたって、何かご用ですか?」


「あー、そうです。謁見の間で話した地球の機械をモデルにした試作品ができたんですよ。それをご覧にいれようかと」


 どこか浮かれている井上の様子を珍しく思いながら、恵は井上の発明品を見に行くことにした。






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