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犬神様の乳母  作者: 高木一
3、誰が悪いわけでもない
30/81

3-1

 着の身着のままできた恵には着替えがない。井上はそこら辺もきちんとわかっていたらしい。部屋には恵が着られそうな、いくつかの服が用意されていた。


 薄紅色の膝上三十㎝くらいまである長衣。十五㎝ほどスリットが入っているため意外に歩きやすい。よく見ると梅の花に似た刺繍が施されていた。昨日、エルティオが着ていた衣装に良く似ている。この世界での民族衣装なのだろうか。首と右胸、そして右脇と右腰に、こげ茶色の飾り布で作られたボタンが施されている。その下に、黒に近い茶色の八部丈のズボンを履いていた。一緒に黒いブーツのような靴も用意されていたが、恵は履きなれているスニーカーのままでいることにした。


 少し派手で堅苦しいように感じたが着てみると、意外と着心地が良い。恵はその格好で小梅と神殿内を散歩している。はずだった。


「あれ? こっち行けば着くと思ったんだけど……」 


 散歩がてら神殿内を探索しようと歩いてからどのくらい経っただろう。目指すは御神木までの近道。だったはずが、同じような部屋、同じような通路に恵たちはすっかり迷っていた。


「小梅、御神木のある場所ってこっちであってる?」


 さすがに歩き疲れてきた。恵は、少し前を歩く小梅に向かって話しかける。だが、地面を嗅ぐことに夢中になっている小梅には聞こえていないようだった。


「もう、聞いてよ。って、小梅に言っても仕方ないか」


 話し相手になってくれない小梅の後ろ姿を見ながら呟くと、突然小梅が走り出した。


「わぁっ、ちょっと」


 リードを引っ張る小梅に、引きずられるように恵も走り出す。しかし小梅の走る速度はすぐに緩くなり、立ち止まった。


 小梅に合わせて止まった恵の目に、右折できる通路が見えた。何かの出入り口らしい。扉のないカマボコ型をしたその場所から青い空が見える。もしかしたら、目的地である中庭に到着したのかもしれない。疲れが一気に吹き飛び、今度は恵が小梅を引っ張って走り出した。


「すごい、小梅。やっぱり道は繋がってるんだねーって、どこ、ここ?」


 周りを確かめるように視線をずらしても恵が求めている景色は入ってこなかった。あるのは、白い石畳と茶色く枯れた草。そして水気のない薄茶色の地面だった。少し離れた場所には根がむき出しになり、今にも崩れ落ちそうな木々がある。上に視線を向けると雲ひとつない晴れ渡った青空が広がっていた。本来なら降り注ぐ日差しに温もりを感じるはずなのだが、恵にはひどく寒々しく思えた。


「どう見ても中庭じゃ、ないよね?」


 中庭が春だとしたら、恵たちが立っている場所は冬のようだった。あまりの違いに、恵はしばらくの間立ち尽くしていた。






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