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ドアの隙間から顔を出したまま動かない翠が邪魔だったようだ。
「あっ、メグ姉ちゃんがいる!」
ドアを全開にして入ってきたのは翠の弟で井上家の末っ子、藍だった。
真っ黒なツヤのある髪の毛の頭上には、天使の輪が光輝いている。それよりも眩しい笑顔をこちらに向けながら、小走りで近づいてきた。
上の前歯が生え変わりの二本抜けている。それがより一層、藍の無邪気さを引き立てていた。井上家の慣わしなのか、五歳の藍の左耳にも、ピアスが一つついている。彼の誕生石であるアクアマリンの中に緑色が混じっているピアスだった。
「藍くん。相変わらず、足痛そうだね」
駆け寄ってくる藍の両膝小僧には、真っ白いガーゼが貼られていた。怪我をしていない藍の姿を、見た記憶がほとんどない。それほど藍の膝小僧にはいつも、何かしらが貼られていた。
「全然、痛くないよ」
「そう? それなら、良かった。やっくん、おいで」
藍の足にまとわりつくように一匹のコーギー、ヤヨイが部屋に入ってきた。
黒い毛が多いのだが、顔に茶色い麻呂眉毛の模様がある。藍の傍にいつも一緒にいるヤヨイも、恵に呼ばれると迷うことなく駆け寄ってきた。
「藍、何言ってるのよ? メグちゃんがここにいるわけないじゃない。……って本当にいた!」
翠の背中を押しながら、藍より少し年上の少女が部屋に入ってきた。
まっすぐに腰まで伸びた黒髪が揺れるたびに、右耳にあるラベンダー色のピアスが見えた。翠の切れ長の瞳を垂れ眼にした彼女は、井上家の長女であり翠の妹の、紫である。
(相変わらずの美少女っぷりだなー)
中学生になって、細く手足が伸びた紫はますます可憐さに磨きがかかっていた。恵は、親戚の叔母さんのような眼差しを紫に向ける。
その後ろから、黒と茶色のグラデーションになっているコーギー、キサラギを抱えた女性が入ってきた。
「あらあら、恵ちゃん。こんにちは」
おっとりした口調と歩調で近づいてきた女性は、三人も子供を産んだようには見えないほど小柄で華奢な人だった。
童顔のせいもあるかもしれないが、四十歳には絶対に見えない。この人こそが、翠、紫、藍の母親であり、井上武朗の妻、井上麻由美である。
「あら? ブロード、ホークは?」
いつも井上の傍にいる愛犬がいないことを不思議に思ったのだろう。麻由美はこちらへ向かっていた足を、夫である井上の方へと変えた。
「僕の心配よりもホークの心配かい?」
「あら、そんなに拗ねないで。ブロード、あなたもホークも同じくらい大切よ」
「麻由美」
(あーあ、始まっちゃった)
井上も麻由美も単体なら問題ない。というよりも素敵な人だ。だが、二人の世界に入ってしまったときに遭遇してしまうと害にしかならない。年がら年中、春なのだ。恵自身、幼い頃から何度となく遭遇しているとはいえ全く慣れない。むしろ、高校二年生の多感な時期である自分には目の毒以外の何者でもなかった。
二人が現実世界に戻ってくるまで、彼らの存在を無視しよう。恵はしばらくの間、子供たちと一緒に遊んでいることにした。




