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犬神様の乳母  作者: 高木一
2、キニギアースの神様
20/81

2-2

「会いたいです! 麻由美さんに」


 嬉しさのあまり、両手を胸の前で組んで、井上に迫る。井上が仰け反りながら口を開けようとした瞬間、ドアを叩く音が聞こえた。


「父さん? 小梅ちゃん見つかりましたか? って、あー、メグミさん」


 返事を待たずに開いたドアの隙間から顔を出してきた人物がいた。


 井上の長男、すいだ。いつもかけている黒縁眼鏡を外してしまえば、幼さを残す井上武朗そのもの。耳が見え隠れするダークグレイの髪の毛は、母親である麻由美の天然パーマを受け継いでいた。そこから見える左耳についている翡翠のピアスが中学二年生の翠を大人っぽく感じさせている。既に一七〇㎝ある翠の将来が密かに楽しみだった。


 翠は恵の姿に戸惑っているのか、なかなか部屋に入ってこようとしない。そんな翠を置いて、彼の足の間からサツキが部屋に入ってきた。


「さっちゃん! こっち、おいでー」


 前から見ると茶色と白が目立つが、背中に黒い毛を背負っているトライカラーのコーギーだ。いつも翠と一緒にいるサツキは、恵の声に従うように近づいてきた。


「お利口さんだね。さっちゃんは、ここが好きだったよねー」


 サツキの鼻先に拳骨を近づけ、犬流挨拶を終えると、サツキの胸骨部分をなで始めた。


 小梅と過ごして十五年。恵はすでに年季の入ったコーギーマニアと化していた。どうしても他のコーギーを見るとなでたくて堪らなくなるのだ。


「痛っ。あー、はいはい。小梅も可愛いぞ。でも他の仔もなでたいんだもん」


 しゃがんでサツキをなでていた恵に、すごい勢いで戻ってきた小梅がぶつかってきた。それでも恵は、サツキをなで続ける。


「ウー、ワン」


「ダメ? そんな意地悪言わないでよ。こっちの手でなでてあげるからー」


 恵は左手でサツキをなで、右手で小梅の頭をなで始めた。


 他の犬をなでていると、必ず小梅が乱入してくるのだ。この小梅のヤキモチを、密かに待ち望んでいる自分がいる。だから、ついつい大袈裟によその仔をかまってしまう。そのお陰なのか、犬が気持ち良いと感じる場所を見つけるのが上手くなっていた。


 どんな犬でも恵になでられると腰砕けになってしまうらしい。現にサツキは今にも眠りそうになっている。


「兄ちゃん、こんな所で止まんないでよ」


 ふいに、小さい子特有の高い声が聞こえてきた。






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