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犬神様の乳母  作者: 高木一
1、夢じゃない
2/81

1-2

 恵は着ているベージュのダウンコートを脱ぎ、ジーパンと赤と紺のチェックのチュニック姿になる。起きる前から感じていた太陽の熱に、とうとう耐え切れなくなったのだ。


 夢の中なのになぜ暑いと感じるのか。もしかしたら目が覚めたとき、布団をはいでいるのかもしれない。そんなことを思いついた自分がなんだかおかしかった。


「このお散歩用コートを着てるってことは、お散歩バッグもどこかにあるはずだよねー」


 ダウンコートの置き場所を探しながら、恵は辺りを見回した。


「なにこれ、すっごい! 全然気づかなかった」


 恵の背後に、巨木が聳え立っていた。背中を向けていたため、全く気がつかなかったのだ。

クスノキに似て見えるが、恵はこんなに大きなクスノキを見たことがなかった。


 好奇心に身を任せ幹に近づくと、両腕を広げてそのまま抱きついた。一体何人くらいの人間が集まれば、この巨木を囲むことができるだろう。恵には皆目検討もつかない。それほど大きくて太い幹だった。


「ワン」


 ひび割れのようなボコボコとした木肌を頬で感じている恵の元に小梅の催促が聞こえてきた。


「あー、ごめん、ごめん。今行くよ」


 もう少しだけ暖かくてしっとりとした木の温もりを感じていたかったが、仕方がない。恵はしぶしぶ巨木から離れた。


 小梅に近づくまでの道のりに散歩用バッグが落ちているかもしれない。そう思うと歩く速度は遅くなった。けれども目的の物はなかなか見つからない。


 この緑の絨毯の中なら、ショッキングピンクのトートバッグは嫌でも目に入るはずだ。もしかしてないのだろうか。恵の脳裏にそんな不安が過ぎる。


「ワン」


 再び急かすような小梅の声に恵は散歩用バッグの捜索を諦めた。


「わかったってば、でもバッグがないと遊べないんだよ。って、あー! バッグ見つけてくれてたの? ありがとう小梅! やっぱり、うちの仔って天才だわ!」


 トートバッグが目に入った途端、恵は駆け足で小梅のそばへ行った。


 どうだ、と言わんばかりの表情でこちらを見ている小梅の両顎に手をそえて、耳元から首元を往復するようになで始める。


「今日は、ボールで遊ぼっか?」


 しかし小梅は恵の提案を気に入らなかったようだ。眉毛を八の字に下げ、淋しげな声を出す。


「えっ? ボールじゃ嫌? 仕方ないなー。じゃあ、フリスビーにしよっか?」


「ワン」


 小梅の好きなフリスビーに変更すると、小梅は嬉しそうにその場を回り始めた。だが、恵が散歩用バックからフリスビーを出すと小梅の動きがピタリと止まる。そんな小梅の素直な反応に恵の頬が緩む。


「小梅、夢の中だしリードを外しちゃおう!」


 散歩途中の設定だったようで小梅はずっとリードを引きずったまま歩いていたらしい。幸いにも場所が草の上だったおかげで赤いリードは汚れていなかった。恵は邪魔にならないようにと、リードをベルトのように自身の腰に巻きつける。


「小梅、おいで」


 右太腿を叩きながら、期待に満ちた目をしている小梅を呼んだ。恵は、右側に近づいた小梅に見えるように人差し指を立てる。


「お座り。上手」


 小梅の視線が自分にあることを確認しながら、見えないように反対側でフリスビーをきちんと掴んだ。






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