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犬神様の乳母  作者: 高木一
1、夢じゃない
16/81

1-16

 彫刻をされていない平らな部分を、井上は静かにノックする。


「ティヒア様をお連れいたしました」


「入れ」


 間髪をいれずに低い声の返答がきた。


 ただの飾りだと思っていた小枝は、扉の取っ手だったらしい。井上がその取っ手を掴み、扉を開けた。隙間から注がれる光が徐々に大きくなって恵の顔を照らしていく。


 部屋に入って最初に恵の目に飛び込んできたものは、緑だった。壁一面にいくつもの緑の葉の絵が描かれている。部屋自体が木の上に存在しているかのような錯覚を覚えた。床には幹と同じような色の絨毯が敷かれている。学校の教室くらいの大きさだろう。吹き抜けの天上からは光が差し込まれていた。窓など一つもないのにとても明るい。その部屋の前方に、若い男が頬杖をついて座っていた。


 立て襟のついた着物のような黒い長衣の下に、黒いズボンを履いている。長衣には濃い紫色でダリアに似た花の刺繍が施されていた。長い足を持て余すかのように組んでいる足には、黒いブーツのようなものを履いている。その服装が男の銀灰色の短い髪を引き立たせていた。あらわになっている両耳には油絵で描いた地球儀のようなピアスが垂れ下がっている。少し毒々しいそのピアスが堀の深い端正な顔立ちには似合って見えた。


 だがそれ以上に恵の目を惹きつけたのは瞳だった。孔雀のような濃いのに透き通った青色。あの瞳に見つめられたら、何もかも見透かされてしまいそうだ。視線を逸らしながら恵は思った。


「久しいな、ブロード」


 どこへ視線をやっていいのかわからない。


 恵は小梅を抱きかかえたまま、きょろきょろと視線を彷徨わせた。男はこちらを見ようともせず、井上にだけ視線を向けている。


「エルティオ様、クーリ様におかれましてはご健勝のこと、なによりでございます」


 座っている男、エルティオに、井上は右手を左肩に置き、片膝を床に着いて挨拶をした。エルティオの足元に伏せをしている灰色の長毛犬にも、うやうやしくお辞儀をする。コーギーというより、その親戚のカーディガンに似ていた。


 この男も犬が好きなのかもしれない。犬好きに悪い人はいないはずだ。近寄り難そうなエルティオと言う人物に、恵は親近感を覚えた。


(王様と仲良くなったら、小梅と一緒に地球へ帰る許可を出してくれるかもしれない)


 恵は自分の考えに笑みを浮かべた。






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