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「王様って、どういう方なんですか?」
「私も十五年振りなので詳しくは存じ上げません。でも私より若いことは確かですよ」
井上の曖昧な返答に肩透かしを食わされた。敵情視察をしようにも、これでは策が練れない。どうすれば、小梅と帰ることを許してもらえるだろうか。そんなことを考えていると建物の入り口にたどり着いた。
白い大理石が敷かれている広い段差を二段上がると、大きな円柱が等間隔でいくつも聳えたっていた。どこまでも続いていそうな柱だ。遠くから見るのと近くで見るのでは、こんなにも違うものなのか。恵は開いた口を閉じることができなかった。
突然足に伝わる感触が変わり、驚いて下を見る。足元に敷いてある毛足の長いワインレッドの絨毯が、足を踏み込むたびに包み込むように沈み込んでいく。それが妙にくすぐったかった。
左に進んだ井上の背中を見ていると、右側にある壁に目がいった。
「なんか、すごい絵ですね」
回廊の壁一面に絵が描かれている。その絵の中には、外の屋根で見たパテウスとミゼアが描かれていた。絵心がない恵でも魅入られてしまうほど綺麗な、どこまでも続く壁画。恵にはその絵が、どこから始まり、どこで終わるのかわからなかった。
「そうですね。これはキニギアースの誕生を基に描かれているそうですよ」
「そうなんですか」
歩くたびに壁画の場面が変わっていくそれは、無音声のアニメでも見ているようだった。
「着きました。ここです」
終わりの見えなかった壁画が終わりを告げた。
井上が立ち止まった先には大きな扉が待ち構えている。よく見ると蔓科の植物が左右対称に彫刻されていた。中央には小枝があり、とても凝った作りになっている。
恵は扉の前に立ち、手櫛で髪や服装を簡単に整えた。気休めだが、しないよりかはいいだろう。ついでに、小梅の隣にしゃがんで彼女の毛の乱れも直した。
一連の恵の動作を見ていた井上が、思いついたように口を開く。
「小梅ちゃんのリードは外しておきましょう」
「えっ、でも」
恵は、小梅が勝手に走り出してしまったことを思い出した。いくら部屋の中に入るからとはいっても、何が起きるかわからない。そう思うとリードを外す勇気が持てなかった。
「大丈夫ですから」
平然と言う井上の言葉に嫌な考えが頭をよぎった。小梅が何かしてしまう、と言うことではなく、小梅と引き離されてしまうのではないかという不安。考えすぎかもしれないが、思いついてしまったのだ。
どうすれば井上の意見を取り入れ、且つ離れないで済むか。
「じゃあ、抱っこします」
考えた結果、小梅を抱きかかえることにした。これならば安心だ。
「仕方ありませんね」
すり寄るように恵に近づいた小梅の様子を見ていた井上は溜息をついた。




