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人形遊び

作者: 伊東椋

暇潰しに書いてみた程度のものです。それを踏まえた上でお読みくだされば光栄です。

 

 僕たち以外に乗客がほとんど乗っていない電車の車両に、一人の女の子が乗ってきた。


 それ自体は別に珍しいことではないが、ほとんど人がいない車両に美少女が乗り込んできたらつい視線を向けてしまうのは仕方のないことだと思う。ただ、彼女の美醜が僕の目を惹き付けた原因の全てではない。むしろ美少女と言う点を疎かにして良いほど、彼女の着ている格好にとても驚かされたのだ。真っ黒な分厚いスカートにひらひらしたデザイン。世間で言うゴスロリといった格好だろうか。

 

 そんな格好をした美少女が人もいない車両に乗り込んできたら、誰でも目を奪われてしまうのは当然だろう。しかもその美少女はわざわざ広い車内で、僕の目の前の席に座りこんだのだからきにならないはずがない。

 それにしても―――まるで人形が座っている絵のように綺麗だった。

 一瞬見惚れそうになり―――ハッと我に帰る。

 いけないいけない。どんな理由でも他人をじろじろと見るのは失礼だ。それぐらいの常識は僕にだってある。僕は出来るだけ彼女を気にしないよう、隣に座る妹に話しかけた。

 

 「今日は良い天気だよ、麻耶。 ここの所、曇りの日が多かったから久しぶりの青空だ」

 

 しかし妹は返事を返してくれない。むしろそっぽを向く。ちなみに高校生の僕より10個離れた妹は、まだ反抗期と呼べる歳には至っていない。

 それでも僕は、いつものように妹に話しかけるのだ。


 「ほら、空に浮かぶ雲がまるでうさぎさんみたいだよ。 見てごらん」


 やっぱり妹は反応してくれない。でも、僕はその理由を知っていたから全然気にしない。


 「……妹、か」

 「え?」


 思いがけない所からの声に、僕は意表を突かれた。視線を向けると、目の前に座ったゴスロリの美少女が微かに笑みを浮かべ、首を傾げていた。

 

 今のは彼女の声だったのだろうか。いや、ここにいるのは僕たち兄妹以外に彼女しかいない。彼女以外に考えられない。

 

 電車が次の駅に到着する。

 彼女は僕に会釈をすると、ゆったりとした物腰で立ち上がり、ゆっくりでありながらも丁寧な足取りで電車を降りていった。

 僕はちょっとだけあの娘のことが気にかかるようになっていた。




 翌日、同じ時間、同じ電車に乗っていた僕と妹の前に、また昨日のゴスロリ美少女が同じ駅から乗ってきた。

 そしてまた僕たちの目の前に腰を下ろす。同じ時間帯とはいえ、さすがに2回目に同じことが目の前で起きると気になってしまう。

 しばらく隣に座る妹に話しかけながらも、やっぱり目の前の彼女が気にかかっていた。

 彼女は人形のように佇んだまま、じっと身を揺れに任せている。

 やがて彼女はまた昨日と同じ駅に下りていった。



 また翌日、彼女は僕たちの前に現れた。

 いつも通りに僕は妹と話す。彼女はいつもの駅に降りるまでじっと座っている。

 そして4日目、やっぱり彼女は乗り込んできた。

 

 「……………」

 「……………」


 今日の僕は彼女と同じように無言だった。妹は普段通り無言だが、僕は彼女が乗って来てから妹に話しかけてすらいなかった。話しかけてあげられないことに、ごめんよ、と内心で妹に謝りながらも、僕は今日ばかりは彼女のことが気になって仕方なかった。

 こういうのは他人に聞かれると変な風に誤解されそうだ。一目惚れ、て言う感じに。いや、そんな感情とは違うと思う。多分。


 「……………」

 「……………」


 がたん、ごとん、と。電車の揺れる音だけが聞こえる空気の中。彼女が降りる駅まで奇妙な沈黙が続いた。

 結局、何もないまま彼女はいつも通りに駅を降りた。

 が、今日は何もかもいつも通りではなかった。


 「あ……」


 電車を降りる間際、彼女のもとから何かがひらりと落ちた。それは電車の中に取り残され、彼女は気付かないまま電車を降りる。声を掛ける前に、彼女との間に電車の閉まった扉が隔てられた。

 立ち上がり、彼女が落としたものを拾う。レースの付いた、白っぽい桃色のハンカチだ。如何にも女の子らしいが、着ているファッションの余りの黒さのせいで少し違和感を覚えさせざるを得なかった。

 手触りの良い彼女のハンカチを触れて、僕は平静ではいられなかった。どうしよう、と言う思いが頭の中をぐるぐると回る。そしてやっと、明日彼女に渡そうと言う答えに着く。きっと明日もいつも通りに彼女はこの電車に乗ってくるだろう。それならその時に渡せば良い。僕はそう決めて、彼女のハンカチを握ったまま座りこんだままの妹のもとに戻った。



 

 5日目、やっぱり彼女は乗ってきた。

 いつものように僕たちの前に座る。既に僕の胸はどきどきと鼓動を打っていた。

 いざ話しかけようとしても、中々口が動かない。彼女の方を意識すると、ますます彼女の綺麗な顔立ちがわかって緊張してしまう。

 震えた左腕が隣の妹に触れた。ごめん、と謝る。やっぱり妹は妹で僕に興味を示さない。でも僕は妹のおかげで動く決意ができた。妹の前で格好悪い姿を見せられない。そんな意識が唐突に芽生えた。兄の悲しいサガというものだろうか。

 ともかく僕は意を決して、彼女に声を掛けた。


 「あ、あの……ッ!」

 「……?」


 彼女の顎が微かに動き、上がった視線がぴんと僕の方に向けられる。人形のような彼女の美しい姿に魅せられ、一瞬呆然としてしまう。僕は慌てて昨日拾ったハンカチをカバンから取り出した。

 彼女に見せると、彼女は初めて驚いた反応を見せた。


 「その……昨日、あなたが落としていったものです。 声を掛ける前にドアが閉まってしまって、その時にお渡しすることができませんでしたが……」

 「……確かに私の」

 

 僕は変に低姿勢な格好で、彼女にハンカチを差し出す。彼女はゆっくりとした動作で手を伸ばした。本当に仕草まで人形のようだった。


 「……拾ってくれて、どうもありがとう」

 「いえいえ」


 ハンカチを受け取った彼女は、それを両手に包んで胸に当てるとニコリと微笑んだ。まるで天使のような笑顔に、僕の胸がどきりと高鳴る。


 「……………」

 「……………」


 無言。だけど僕は直接胸の中から脳に鼓動の音がうるさく聞こえる。


 「……学生さんですか?」

 「……! はい、一応は……」

 「一応?」

 「僕、所謂不登校なんですよ。 ずっと学校に行ってません」

 「……そうなんですか」

 「あ、気なさらないでください。 僕自身、全然気にしていないので。 あはは、少しは気にしろってか」

 「……隣のは?」

 「僕の妹です。 ちょっと無愛想な妹ですがこれでも良い娘なんです」

 「……いつも、妹さんといますね」

 「あはは。 実はですね……」



 僕の妹は、3年前のある事故で言葉を話せなくなった。


 それどころか、まるで人形のように感情を露にしない。


 僕はそんな妹を毎日電車でどこかへ連れていき、色々なものを見せることで、妹の失ったものを取り戻そうとした。




 「全然進展してないんですけどね。 あはは」

 「……それでもあなたは笑うのですね」

 「暗くなっても仕方ないですから。 妹はそれすらできなくなってますし」

 「……………」

 「変な話してすみません。 えっと……あなたも、いつもこの電車に乗っていますね」

 「……そうですね」

 「年上なのはなんとなくわかりますが、僕とそう歳は離れていないように見えますが……」

 「……女性に歳を聞くなんて、デリカシーに欠けますよ?」

 「あ、ごめんなさい……」

 「……いえ。 そうですね、私はあなたと歳は近いです」

 「へえ、大学生ですか?」

 「……まあ、そんなところですね」

 「?」

 

 少し違和感のある彼女の言葉に、僕は怪訝に思う。しかし彼女にも彼女の事情があると納得し、僕は時も忘れるように会話を続けた。


 「その衣装、まるでお人形みたいですね」

 「……変?」

 「いえ、とても綺麗だと思います」

 「……そう言ってくれたのはあなたが初めてかもしれません。 私のこの姿を見た人は、みんな奇異な視線を向けてきますから……」

 「あはは……」


 僕も最初は驚いたが、逆に彼女に奇跡と言うほどに調合されている。その美しさに僕は正直惹かれていた。


 「……でも、あなたの言う通り。 私は綺麗な人形です」

 

 意外な発言に僕は久しぶりに彼女に対して驚きを抱いてしまった。彼女は胸までかかった長い髪をさらりと触れた。


 「……嬉しいです。 ようやくあなたが本物を見分けられるようになって、お姉さんは感動しました」

 「……?」


 彼女の言葉の端々が妙に気になるが、彼女は本当に人形のような美しさで僕に微笑みかける。


 「……あなたは本物の反対は、何だと思いますか?」

 

 おかしな質問だった。僕がぽかんと呆けていると、彼女は首を傾げた微笑のまま、僕の答えを待っている。


 「……そりゃ、偽物じゃないですか?」

 「……そうですね、それが普通の答えです。しかし実際には本物の反対はいくらでもあります。偽物は大きな視野をそのまま包めたものです。では、偽物の中からあるいは他に、もっと広げてみると?想像、幻想、妄想、これらも本物ではありません。生み出された概念上の偽物です。間違った記憶、見間違った一瞬の内に作り出されたもの……どれも人の脳が生み出す偽物です。それらを全部本物ではないものに収めてしまうと、全てが偽物になります」

 

 彼女は続ける。そして僕はふと気付く。電車の音が聞こえなくなっていた。


 「逆に本物とは何でしょう?どんなことで、何で本物と判断するのでしょう。今までの記憶が改ざんされていたとしたら?今、あなたが触れているもの、見ているものは本物と云い切れますか?あなたの脳に伝達されるものが必ずしも本物であるという確証は?そもそも、あなた自身、そしてあなたの妹や私は果たして本物なのでしょうか?」

 

 最初に話し始めた時、彼女は儚いような小さい声だった。それが今や、まるで別人のようにべらべらと語り始めている。

 いや、果たして彼女はさっきの彼女と同じなのか?今の彼女はさっきの彼女ではない偽物ではないのか?それともさっきの彼女が偽物?本物はどっち?いやいやどちらも?偽物は?わからなくなってきたああわからない。


 「でも、あなたは本物の私を見分けてくれました。私は安心しました。ようやくあなたがまじめなことを一つだけ言ってくれたから。でもあなたはまだまだ治療に専念しなければいけません。あなたは全然治りかけてすらいませんから。でも小さな一歩は大きな一歩。まるでアポロが月に降り立ったみたいに?これはこれで変な例えですね」



 僕はまともじゃない?


 「ごめんなさい、言葉が過ぎました。でも私は、いえ、私たちは嬉しい。そう、私は綺麗な人形。それじゃあ、あなたの隣に座っている無口な妹さんは?」

 「え……な、何言ってるのさ……さっきも言ったでしょ? 僕の妹だよ……」

 「本当に? それはあなたの本物の妹なのですか?」

 「さっきからわけがわからないよ! 妹は妹でしょ!?」

 「やっぱりまだまだですね。私は見分けられたのに、妹さんはまだ見分けられていないのですね」

 「何を言って……」

 「よく見てください。 そして気付いてください」


 僕は、もう気付いていた。音だけでなく、電車の揺れさえ感じていないこと。彼女の後ろにある車窓の流れていた景色がなくなっていること。

 

 そして―――僕たち以外が、真っ黒な世界になったこと。


 「あなたの隣にいる妹は―――――私と『同じ』ですよ」


 

 僕は、ゆっくりと隣に座る妹を見た。

 

 そこには―――


 僕の腕に寄りかかった、一つの人形があった。



 「……良かったですね。 本物と偽物が見分けられて」















 

 「ご苦労様、巽先生。 305号室の患者さんの容態は如何ですか?」

 「まずまずって所ですね。今日も人形遊びに付き合っていたのですが、とりあえず人形を人形と言えるようになりましたね」

 「ほお、それなりに進展しているじゃないか。 今後も彼の面倒や治療を頼みますよ先生」

 「相変わらず彼の見ている世界は私達と全く違うもののようですが……彼の世界も現実と見分けられるよう私も最善を尽くしますよ。 彼の主従医として」





 

意味ワカンネ、と作者が言っちゃ駄目ですよね。


こういう作品は私自身としても初めてでしたので。普段滅多に書かないようなものを書いてみようとした結果がコレです。

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