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魔法使い

作者: 櫻井秋月

ある晴れた昼下がり、そんなありふれた時にありふれた服で街を歩く私。

名前は井上春香で高校二年生の今が旬な女の子(笑)因みに彼氏は募集中。

部活は手芸部で家庭的なところをアピールしてみたりもしている。身長は155cmで体重は秘密。

華奢で細い身体だから「抱きつくと壊れそうで怖い」と友達に言われてしまう。

もう少し肉が欲しいところだけど、太ろうと思っても元来小食な私にはチョット無理な話だったらしい。勿論そのお陰で胸は無い。

(誰に自己紹介しているんだろう?)と、心の中でツッコミながら街の大きな商店街を歩く私。

手芸の道具を買うという私の目的はもう既に達成されていて、今私がふらふらしているのは趣味でもあるウィンドウショッピングのためだ。


昼、とは言っても休日ほどの賑わいも無く、街は比較的歩きやすかったため、わたしは鼻歌交じりで歩いていた。

今日は学校の創立記念日、だから町に居る高校生なんて私と同じ高校の生徒か、サボリを決め込んでいる人くらいだ。

休日にいつものようにウィンドウショッピングをするルートと同じルートで歩く私。

店に飾られている服が色々と変わっていくのを見てると楽しい。頭の中で店頭に飾られている服を自分で着ているのを想像するのも面白い。

最近貧乏を楽しんでいる気がする…私も逞しくなったと言うことにしておこう、うん。お母さんに似てきたなぁ。


そして私はある店で足を止める。そこは花屋だ。

(花屋の花市)安易な名前が付いているこの店は大正12年からそこに建っているという由緒正しき歴史ある花屋なのだ。

店主は大和ミドリさんという今年70歳になる花のエキスパートである。

もともとこの店はミドリさんと夫の市太郎さんでやっていたのだが、二人とも高齢になるためにバイトを雇うらしい。

私も出来ればここでバイトをしたかったんだけど、私の高校はバイトが出来ないので残念ながら此処でバイトが出来なかった。


「あら、春香ちゃんいらっしゃい」


 店に入ってすぐに見えたのは店主のミドリさんだった。ミドリさんはイスに腰掛けて膝に眠る黒猫の背を撫でていた。

 黒猫は気持ちよさそうに寝息を立てていたが、私の来訪と共にぱちりと目を開き、ニャーと眠そうに鳴いた。


「こんにちはミドリさん。今日は創立記念日だったのでまた来ちゃいました。あれ…市太郎さんは?」


「じいさんなら枯葉マーク付けて花の配達に行ったよ。あのじいさんの運転だからあと1時間は帰らんと思っていいね」


 ミドリさんは黒猫を膝から下ろし、花の手入れを始めた。手馴れたその手付きは花の呼吸すらも知っていそうだ。


「助三郎~おいで~」


 私はしゃがんでミドリさんから離れた黒猫を呼ぶ。助三郎は嬉しそうに尻尾を揺らしながら私の元へやってきた。

黒猫の助三郎と私は大親友だ。

中学1年生の時に助三郎と出会って以来、花を買うわけでもないのにこの花市に寄り、平均一時間ほど助三郎を撫でたり話しかけたり遊んだりしている。


「そういえば、今日バイトの子がやって来るんだよ」


 ミドリさんは花の手入れをしながら言った。


「へぇー、どんな人なんですか?

 私は助三郎のお腹に顔をくっつけながら聞く。


「まぁ、性別は男だねぇ。花を知っているってわけじゃないらしいけれど、なかなか腕っ節もいいし車の免許も持ってるって言ってたからね。採用しちゃったよ」


「ほほー、お歳は幾つなんですか?」


「19だって言ってたねぇ。留年してやっと今年から大学生になったそうだよ。あんたと2つしか年が違わないから話が合うかもしれないねぇ」


「いい人だといいなぁ」


私は呟きながら助三郎の肉球をくすぐる。助三郎は嫌そうにしていた。


 そして、しばらくしてその人はやってきた。


「こんにちは、今日もよろしくお願いします」


 眼鏡をかけて今時の服を着たその人は優しい顔をしていた。落ち着いた雰囲気を持つ人だった。

 しかも、カッコイイ。私は暫く見とれていたが、それも失礼だと思ってその人に話しかけた。


「こ、こんにちは」


「こんにちは、お客さんかな?」


「え、ええまぁ」


 助三郎を触りに来ているだけの私を果たして客と呼ぶのかどうかは怪しいところではあるけれど。


「その子はうちの常連さ、助三郎もえらく気に入ってるから失礼するんじゃないよ」


「了解です」


その人は店の奥からエプロンを取り出して、またやって来た。これから仕事をするようだ。

 私は邪魔にならないように端で助三郎と遊ぶことにした。


「ニャー」


 助三郎は私に向かって少し長い声で鳴いて見せた。その意味を理解することは人間には不可能だ。

猫語を解せたらどんなにいいことかと考える猫愛好家は多いようだけれど・・・。実は私もその一人だったりする。

しかし、実際はその言葉の意味を知ることは出来ず、猫の独り言になってしまうのである。

其れをお互い気に留めることも無く、すれ違いなコミュニケーションがなされていく。

 人間と猫はそんな感じで共存しているのだ。


「おなか空いたって言ってるね」


 その人はさも自然そうに植木鉢を動かしながら言った。


「わかるんですか?えっと、お名前は・・・?」


「伊勢譲司。大体は判るよ。ほら、僕の家も猫を飼ってるから」


私が餌をあげると助三郎は餌をガツガツと食べ始めた。やっぱりお腹がすいてたんだ。

猫を飼っているから猫語がわかるなんて、そうだったらきっと世の猫好きさんは困っていないだろう。

バウリンガルやミャウリンガルなんてアイテムは可愛いペットの言葉を聴きたいという願いから生まれたものだ。


「猫語が判るなんて凄いですよ」


 私は素直に譲司さんを賞賛した。だってすごいと思ったし。


「そうさねぇ、譲司君は不思議な人間でね。ここに居るだけで花が活性化しているように見える。それもあって此処に採用したんだがね」


私とミドリさんの賞賛に譲司さんは照れているようだ。


「いや、そんなことないですよ」


優しい笑みを浮かべて譲司さんは仕事に戻った。




そして、私は彼のことを魔法使いなんじゃないかなと思うようになった。

妄想癖が強いとはまぁよく言われるけれど、多分そうなんだと思う・・・。

理由が無いわけではない。ちゃんとした理由があるのだ。


その日から私は譲司さんを度々見かけることになる。

それは私の高校の近くに譲司さんが通っている大学があること。

そして、譲司さんが私と同じバスを交通手段としているからだった。

そうこうして譲司さんと色々と話していくうちに私たちは仲良くなっていった。

仲良くなるたびに彼やっぱり魔法使いなんじゃないかと私は思ってしまうようになった。


事例1


「うわぁぁぁぁぁん!」


子供が泣いていた。年の頃は約三歳。

花屋の前で泣くその男の子は街で保護者と離れてしまったようだ。

その泣く声は激しく、私と遊んでいた助三郎がビクッとなってしまうほどであった。

その泣き声に呼応するように人々は彼を宥めようとするけれど、無駄だった。

彼は泣き続けていた。多分、私が行っても彼を泣き止ませることは不可能だと思う。

唖然として見ていた私と助三郎の間を抜けて花屋を出る男…譲司さんはその男のもとへ歩み寄った。

そして一言二言譲司さんがその子に言うと、アレほどまでに泣き叫んでいた男の子が泣き止んだ。

そして、譲司さんは街の中に男の子と消えていった。

 数分後、譲司さんは一人で帰ってきた。


「母親を見つけて帰ってきたよ」


譲司さんは満足そうに仕事へ戻った。

あの人ごみの中から母親を数分で見つける…偶然かもしれないけれど…しかし私は譲司さんだからできる芸当だと思った。


事例2


当たるんです。

彼の居るところに当たりあり。私が譲司さんの花屋の配達を手伝っていた時、当たりつきの自販機を見つけた。


「珍しいな、おごるよ春香ちゃん」


と、奢ってもらう事になったのだけれど…そう、当たってしまったのだ。一人分で二人分のジュース。


「貧乏学生には嬉しいね」


と言いながら、譲司さんはさほど驚いた風でもなく譲司さんは当たりで出てきたジュースを飲んでいた。


しかし、こんなのは小手調べだと言わんばかりのことが起こる。

私は花市も加盟している商店街の福引券をミドリさんから1つ貰った。

譲司さんも1つ貰って、2人で福引を引きに行くことになった。

1回目は私。玉の色は赤。勿論いい結果な訳が無く…ポケットティッシュ1枚という無残な結果だった。

2回目は譲司さん。何の気なく回し、カツンと玉が転がる音。そして、出た玉の色は金。


「おめでとぉーーございまーす!」


千葉にあるアメリカンな人が考えたネズミのようなキャラがマスコットのテーマパークの一日フリーパスのペアチケットが当たったのだ。

私は、驚いて声が出せなかった。


そう、こんなことやあんなことが当たり前のように譲司さんの周りでは起こってしまう。

それは皆を幸せにする力のようだった。

彼は、本当に魔法使いなのではないだろうか?


そして、千葉県にある某テーマパークに私は譲司さんと一緒に来ていた。

そして、そこで私はある事を決意していた。


昼食時、あるいい雰囲気のレストランで私と譲司さんは昼食を食べていた。

そして、私は話を切り出した。


「えっと…譲司さん!」


「ん?」


私のいつもとは違う雰囲気を不思議そうに見る譲司さん。

あー、心臓が高鳴ってしまう・・・。


「えっと…その、好きです!」


私は勇気を振り絞って言った。そうすると譲司さんは頷いてこう言った。


「ありがとう。でもね、僕はもう誰も人を愛しちゃいけないんだ。例えそれが大好きになっしまった人でもね」


譲司さんは悲しい顔をした。私はどうしてなのかをを聞いてみることにした。










空白










という夢を見た。あまりにリアルな夢で、今でも現実のように思えてしまう。

しかし、譲司さんが花市に居たとしても、働いているなんて事はありえない。

何故ならば、彼は花市で助三郎と一緒に飼われている猫なのだから。




「なんで、ですか?」


「僕はね…もう少ししたら死んでしまう人なんだ。だから僕の力をフルに活用して死ぬまでに皆に幸せになって欲しかったんだ。

もちろん、一番好きな君には最上に幸せになって欲しかった。そう、君が見た力は僕の力の片鱗。

僕は死ぬ前に自分を猫にして生きようと思う。猫になっておけば僕の寿命は延びるんだ。そう、猫が生きるくらいにはね。

そうして、あの花屋にずっと居ることにしよう。君と居る為に」


「そんなの、私・・・信じられないです」


「うん、でも僕は力を持った者だから、未来が読めるんだ…ごめん。だから君に最後の僕からのプレゼントを…。春香ちゃん、こっち向いて」


「えっ?」


私が譲司さんの方を向くと譲司さんが顔を近づけていた。そして、唇が触れ合った。

嬉しかった。


何が嬉しかった?


えっと…私は何をしてるんだっけ…?


「辛くない様に、僕との記憶を消すね」


譲司さんは唇を離してそう言った。





「譲司~助三郎~」


譲司は助三郎と嬉しそうに一緒にやってきた。

そして、譲司は私に向かって長く鳴いた。


「ニャー」


何を言ってるのか判らない。人間と猫ってそんな感じだよね。

だから私は譲司を撫でてあげた。

その猫は銀色の滑らかな毛がチャーミングなイケメン猫だった。

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― 新着の感想 ―
[一言]  「部活は手芸部で家庭的なところをアピールしてみたりもしている。身長は155cmで体重は秘密。」  この部分にしてやられました。ありきたりのように見えて、すごく凝っている自己紹介に魅力を感じ…
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