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光之の都合 その4 覚悟

亮太と別れようと決めた慶子。そして、光之への想いも絶ち切ろうとした慶子だったが……。

 さて、そろそろ物語を冒頭に戻そう。教室で千尋が光之を誘った日に。


 放課後、喫茶店で落ち合った三人。

 光之の正面に慶子が、その隣に千尋が座っている。水や飲み物が並んだテーブルを前に、慶子は青ざめた顔をして少し俯いている。何かを喋り出す気配はない。それを横から心配そうに見つめる千尋。光之は千尋に話し掛けた。

「慶子は具合でも悪いのか?」

 まるで空気を読まない、鈍感な台詞を吐いた。それを受けて千尋は、

「うん、悪い。そーとー悪いね。誰かさんのせいで」

 三人の間で澱んでいた空気が少し動いた。光之は尚も惚けて、

「誰だ? 可愛い慶子を悩ます悪いやつは?」

 自分など関係ないと言わんばかりの口ぶりで聞き返した。口の端を軽く上げて笑う千尋は、慶子に体をぶつけて、

「ちょっと、慶子。黙ってないで、この鈍感バカ男に何とか言ってやりなさいよ。ねぇ、ほらっ」

 俯き加減だった慶子は、千尋に顔を向けコクンと頷いた後、か細い声で光之に問い掛けた。

「ねぇ、光之。あの時、どうして電話に出たの?」

 慶子の中で、ずっと引っ掛かっていたことだ。

「あの時って、いつだ?」

「りょう(亮太)が、私に電話で告白した時だよ」

「あぁ、あん時か」


 あの時。

 亮太は、湘南旅行を共にした三人が見守る中、意を決して慶子に告白をした。それだけ信用があり、安心できる仲間ということだ。喜びは四倍に、悲しみは1/4にだ。

 発信ボタンを見つめ、押そうとする。が、止める。

「やっぱり明日にする」

 と言い出し、携帯を手放してしまう。

「根性出せ!」

 と、はっぱを掛けられる。光之は黙って見ていた。

 亮太は手放した携帯を、暫くじっと見つめてから手に取る。カーソルを合わせ、素早く発信ボタンを押した。大きく見開いていた目を閉じて、天井を向いて応答を待つ。床に着いた手は、掴めない絨毯を掴もうとしている。

 数秒後、その手の動きが止まり亮太に緊張が走る。慶子が電話に出たらしい。

「あっ、もしもし、亮太だけど。あのさ……」

 姿勢を前屈みにして、そこまでは喋れた。だが、その後が続かない。繰り返される『あのさ』。すでに、相手も察していることだろう。

 口に出したら後戻りの出来ない台詞。

「お前が好きだ。付き合って欲しい」

 それだけ言うのに、長い時間が掛かった。

 固唾を飲んで亮太を見守る三人。『付き合って欲しい』と伝えた後に、二人の会話はない。

 静まり返った部屋、物音ひとつしない。亮太の口が開かれるのを待つだけ。しかし、その気配はない。亮太の吐く、湿った息が携帯を濡らす。

 永遠に続きそうな沈黙に耐えかねた光之。目の前の一点しか見つめていない亮太の肩を突っついて、ちょっと貸せ、と言った。

 光之とは比べ物にならないほど、沈黙に耐えかねていた亮太。長い沈黙に、悪い答えばかりが浮かんで来ていた。素直に携帯を光之に渡し、深く息をついた。

「突然で悪い、光之だ。亮太は真剣だぞ。だから、頼むよ。亮太と付き合ってやってくれ。なっ、俺からもお願いする」

 そう言って携帯を返した。

 僅かな会話の後、通話は終わった。二三日考えさせてくれ、そう言われたと。その後付き合い始めた二人。



「あん時は、面倒臭くなって、早く終わらせて欲しかったんだよ、正直。亮太の気持ちも分かるけど。告白なんて、人巻き込んでやるもんじゃないだろ。俺が告白したわけでも、返事を待ってるわけでもないからな。続きは他所でやってくれ。そう思ったからだよ」

 そんなことかと、あっさり答えた光之。

「ひっどーい! あたしあの時、もの凄いショックだったんだから」

 緊張が解けたのか、慶子の声に張りが出てきた。そこに、千尋が横から口を挟んだ。

「あのね、光之! 慶子は1年の時から、ずっと光之のこと好きだったんだよ! そりゃ、他の男子と付き合わなかったわけじゃないけどさ」

「ちょっと、千尋! 何で千尋が言うの!」

「あっ! ごめん……つい」

 ボルテージの高い二人の声。隣の席に座るおばちゃん達が、声高に話す二人の女子高生を見る。声の主と、その話に興味津々らしい。気配を感じて、さっと口に手を当てて俯く慶子と千尋。ほっぺたが赤い。そんなことには構わず、

「なんだ、そうだったのか。言ってくれれば、慶子なら何時でも大歓迎だけどな」

 事も無げに話す光之。

 はっと、顔を上げた慶子。

「それって、……今でも。ってこと?」

 喜色に満ちた顔をしているが、歯切れが悪い。

「ああ、そうだよ」

 あくまで淡々と喋る光之。ちょっと良い? そう断りを入れて、落ち着いた声で千尋は問う。

「光之は彼女いないの?」

「彼女ってなんだ?」

「はいっ?」

 一瞬言葉につまった千尋。こいつ何聞くの? と思い、首を捻りながら答える。

「彼女は彼女。まんまでしょ」

「一緒に飯食って、映画見たりして、その後布団の中で合体する相手のことか?」

「違うわよ。お互いが好きだって分かり合っていていて、大切にしようと思いながら付き合っている女の子が居るかってこと」

「なら居ないな」

 光之にこんな質問をした自分の間違いに気が付いた千尋。でも、慶子のために、どうしても聞きておきたいことがあった。

「大歓迎って言うけど、慶子をどう大歓迎するの? 山麓の不夜城とやらに居る尻軽女と一緒にするなら、私許さないからね」

 光之の目をじっと見て、千尋は答えを待つ。

「ほう。千尋は俺に喧嘩売ってるわけだ。良いだろう、買ってやる。けどな、亮太の後にしてくれ」

 光之のその言葉に、今、最大の苦悩から解き放たれた慶子。両手で顔を覆い、肩を震わせる。

 光之はさっきから、隣のおばちゃん達の視線が煩かった。

 さっと立ち上がり、

「出ようぜ。公園に行こう」

 と言って、先に出るように二人を促した。そして、隣の席を睨んだ。

 亀が頭を引っ込めるように、おばちゃん達は光之から視線を外した。

「見物料だ。安いもんだろ」

 光之は伝票を投げた。


 近くのブランコしか無い小さな公園に向かった三人。夕焼けの中、ひと気の無い公園で、慶子はむせび泣いた。千尋の制服を掴み、千尋を頼りに泣いた。

 慶子を受け止めながら、無言で光之を見る千尋。光之がゆっくりと近付いてくる。千尋の目を見てを頷いた後、慶子の肩に手を掛けた。

 少し離れた千尋が見守る中、光之は覗き込むようにして慶子に語りかける。

「なぁ慶子。亮太とは、まだ別れてないな。そうだろ」

 光之の袖を掴みながら、しゃくりあげる息の中、頷きだけで『そうだ』と答える慶子。

「けじめ、つけてくるか」

 慶子にというよりも、自分に言い聞かせているような光之。

 まだ嗚咽の止まらない慶子に代わって、千尋が答えた。

「慶子はそのつもりだよ。例え光之に振られても、その前に亮太とは別れるって決めたんだよ。ただね、光之。あんたに迷惑かけることだけが気掛かりなんだ、慶子は。そのことに『ごめんなさい』するために今日付き合ってもらったんだよ。我儘な自分を許して欲しいと。そして、光之のことは諦めようと。あの日の楽しかった思い出を大切にしまってね。亮太に別れる理由聞かれたら、嘘なんかつけないからね、慶子は。だから、この一週間悩んでた。私が光之と亮太の仲を壊すって。そんなことして良いのかって。でも、きっと嘘なんかつけない。だから、悩んでた。そしてね……」

 そこで一旦言葉を切った千尋。慶子をじっと見てから続ける。心なしか声が震えている。

「そしてね、慶子はね……、慶子はこの二ヶ月間ずっと苦しんでた。馬鹿なあんたが、あの時に電話に出なかったら、慶子は亮太と付き合うことなんかなかったんだよ。それをあんた、面倒臭かったからなんて……」

 千尋の目からこぼれそうな滴。構わず続ける。

「入学式の時から、ずっと光之のことを好きで……好きで。でも、悪い子だ。ヤクザと付き合いがあるらしい。そんな噂を聞いても諦めないで、届かないと分かっていても、ずっとあんたを見てきたんだよ。3年になって、光之と一緒のクラスになった時、慶子がどれ程喜んだか知らないでしょ! 授業始まる前に、席を立たないあんたを見て、どれだけ慶子がハラハラして心配したか、光之知らないでしょ! ばかっ!」

 零れる涙を拭おうともせず、気丈に立ち尽くす千尋。

 光之は慶子の手をそっと退けると、携帯を取り出した。

「四丁目の桜公園に居る。すぐに迎えに来てくれ」

 それだけ言って切った。

 光之の手から離れた慶子は、千尋を求めて駆け寄った。千尋の手を取って、ただ見つめ合う二人。

 成す術もなく、立ち尽くす光之。とぼとぼと歩き出し、キーコーキーコーとブランコを揺らした。そして、

「すぐには変われそうもないけど、良いのか?」

 誰とはなしに、呟いた光之。



 遠く、東一の単車の音が聞こえた。




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