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光之の都合 その1 脆い心

未だに進路を決めない光之。慶子との一線を越えて、新たな火種を抱えることに。光之は、見失った自分を取り戻すことが出来るのか。 音楽教師の音美は、陽光を見て衝撃を受ける。忘れいたはずの過去が蘇り、音美の心を揺さぶる。教師と生徒。音美の葛藤が始まった。


 第2章 光之の都合


 1


 慶子、千尋、そして光之は、東一のアパートで一夜を過ごした。


 ひんやりした空気と太陽の光が混じり合う日曜日の朝。光之は慶子を家の近くまで送った。

 ヘルメットを外し、単車のホルダーに引っかける慶子。頭を軽く振り、髪の毛を手櫛で整える。朝日を浴びた栗色の髪がキラキラと光って眩しい。

「ありがとう。またね」 慶子は、アクセルを握る光之の右手にそっと手をのせた。

 光之は、慶子の手をポンポンと叩き

「ああ、またな」

 左手で『じゃあな』のしぐさをして、アクセルを開けた。

 慶子は、光之をしずかに見送り家に向う。その足取りは軽かった。そして、しっかりとしていた。

 澄みきった朝の空気とは裏腹に、光之の中にドロリとした何かがうごめき出した。

 またな?

 また会ってどうする気だ。

 昨日の続きをするのか? 

 シャレにならんだろ。 もう遅いんだよ。

 覚悟しておけよ。


 自問自答して、そんな言葉が頭の中に響く。

 冷気を切り裂いて単車を走らせる。身体中にぶつかる風。だが、その風の冷たさで、どろどろとした胸の中を冷やすことは出来ない。


 家に着いた光之。

「ただいま」

 無機質を思わせる一言。

「おかえり」

 感情のこもらない言葉。

 伊達家は、光之と姉ひとり、両親と祖父母の6人家族。2つ年上の姉は、都内の私立大で学んでいる。目標があって望んだ大学。充実したキャンパスライフを送っていることだろう。

 田舎の典型的といえる兼業農家で育った光之。両親とも働きに出て、その合間に稲作をする。稲作が始まると、休みも 朝も 晩も、関係無く働く親。

 中学出の父親は、会社で学歴を意識させられる何かがあったらしく、二人の子供には強く大学進学を望んだ。そして、母親も賛成した。だが、口数の少ない父親の胸の内は、光之には届いていない。

 中学までは成績優秀だった光之。志望高校を決める時に、親と子の間に亀裂が走った。

 大学進学を前提にした親と教師。高校進学はするが、その後、市役所、農協、または銀行のどれかに就職したいと主張する光之。

 裕福とも貧乏とも無縁な光之の家庭。だが、子供二人を私立大に通わせることは、大きな負担だ。楽ではない。

 幼い頃から、懸命に働く両親と祖父母の姿を見てきた光之。当然、手伝いもした。そんな家族のために、高校卒業後に安定した職場に就職する。夢見た職業もあるが、それは夢でしかない。


 光之は叫びたかった。だが、何をどう叫んでいいのか……。ありすぎて、わからない。


 勉強が好きなわけじゃない。テストで自分なりのいい点数が取れることが、面白いだけだった。百点を取るとか、学年のトップになりたい。そんなことは考えたこともない。一夜漬けのテスト勉強で、80点90点が取れる。それで満足。『勉強なんてそんなもんだ』と思っていた。だから、自分の蓄積のない学力は充分に承知している。テストが終わった瞬間に、綺麗さっぱり忘れる。

 それを、あと7年も続けるなど不可能。だが、あと3年ならなんとかなる。多分、誤魔化せる。


『こんな俺の、どこがどう優秀なんだ? 俺のことを勘違いしないでくれ!』


 お前は、この家の跡取りだ。そう言われ続けて育ってきた。働いて、代々続いたこの家を守る。 だから、勉強などもう勘弁して欲しい。

 これ以上、勝手に押し付けられた人間から、頭ごなしに何かを詰め込まれるのは耐えられない。教育という名の暴力だ。

 だが、世の中の仕組みがそうなら仕方ない。諦める。『押し込まれた記号の羅列』それを記憶する力が、判断基準だということも受け入れる。

 しかし、俺がその力を維持できるのはあと3年。

 それ以上は無理だ。

 生活のためだけに、教鞭を取っているとしか思えない輩には従えない。俺は、商品でもサルプルでもない。子供だと見下して、人生の先輩ぶるのは止めてくれ。

 頼むから、優秀と勘違いされているうちに就職させてくれ。これまで頑張って育ててくれた家族のために。


 そんな決断をあっさりと否定された。光之の内面を探ることなく、バッサリと。

「君は優秀だ。まだまだ伸びる可能性がある。親御さんの言う通りに、進学校に行って大学を目指すべきだ」


「馬鹿野郎!」

 以来、光之は心を閉ざした。勉強などするわけがない。

 どうでもいい。なんとでもなれ。諦めて城高を受験した。結果は、合格。

 学力の蓄積は無いと思っていたが、辛うじて残っていたらしい。予備タンクまで使いきって、すっからかん。もうこれからは、光之のタンクを満たす学問はない。卒業するだけだ。入った以上出なければ。遊園地のお化け屋敷と同じだ。

 親に、教師に反抗はしたものの、受験して落ちたらカッコ悪い。そんな虚栄心も働いたのかも知れない。

 相変わらず、大学進学の路線は変わっていない。


 進路とは別な話だが。今、光之は東京に強く惹かれている。テレビでしか見たことのなかった東京。

 幼い頃、親子4人で上野動物園に行ったことがあるが、今では入り口にいた鳩しか覚えていない。

 今年の夏、湘南旅行の際に通りすがった東京。まるで未知の世界だった。人や物が多すぎて圧倒されてしまった。駅で乗り換えひとつするにしても、路線が多くてどこに行って良いのかわからない。

 田舎者を痛感したが、同時に何か得体の知らない魅力に取り付かれた。好奇心、まさにそれだ。自分を抑圧する壁をぶち壊してくれる。自分を解き放つ何かがある。

 渋谷、新宿、池袋。沢山の地名があるが、今の光之にとってそれら全てが東京なのだ。

 憧れの地。建ち並ぶ高層ビル。縦横無尽に伸びる道路。うごめく人々。猛烈な電力を消費して作られた美しい夜景。

 山々に囲まれて、まるで時間が止まっているようなのどかな風景にはない、強烈な刺激と魅力を感じている光之。

『俺は、あそこに行ったら帰って来ない』


 就職は頑として、受け入れてくれない。仮に許されても、もう、以前に求めた職場を望むことは無理だろう。


『こんなオツムで入れる大学があるのかい。仮にあっても、それがなんだ? その先にあるものはなんだ』

 


 父は、朝帰りをした光之を咎めるでもなく、ただ視線を送るのみ。殺伐とした空気の中、自分の部屋に消える光之。

 部屋に入ると、CDをかけてベッドに寄りかかる。セックスピストルズのゴッド セーブ ザ クィーンが流れる。

 no future no future

 no future for you.


 お前に未来はない。


 不毛の抵抗は自らを窮地に追い込むだけ。


 良いことなんか、ひとつもありゃしない。


 だが、俺には俺の意地がある。


 敷かれたレールは変えられない。


 でもその中で、懸命にあがく姿を、あんた達に焼き着けてやるぜ。


 だから、なんとでも言ってくれ。


 好きなように罵声を浴びせれば良いさ。


 とことん甘えるぜ。


 良い子ぶった仮面は、もう被らない。



 目をつぶり、マットレスに頭を預けて、流れるパンクロックを聞いている光之。携帯が鳴った。

 なんだよ、こんな朝っぱらに。毒づいてから液晶画面を見ると『陽光ようこう』の文字が。苦笑いして出る。

「よう、どうした」

「悪い。迎えに来てくれないか?」

「どこに」

音美おとみのアパートに」

「誰だ? 音美って」

「音楽教師の姉崎だよ。アッチェだよ」

「ああっ、アッチェか。音美っていうのか。ずいぶんくだけた呼び方するけど……。お前、遂にやったか?」

「まぁ、いいじゃねえか。その話はあとで。頼む、光之。迎えに来てくれ」

「わかった。行くよ」

「悪いな。待ってる」

 電話が切れた。

「音美ねぇ~。陽光もよくやるよ」


 姉崎音美。城山高校の音楽教師。一見ワイルド。男なら、その容姿に目がドキンと飛び出すダイナマイトバディ。でも、中身はおっちょこちょい。

 しなやかな体に、女性としての膨らみと豊かさを充分に持っている。小麦色の肌と引き締まった体は、サバンナを最速で疾走する動物を思わせる。女王様として崇めたい! そう思っている男子生徒(教師も)いるらしい。

 そんなことは知るはずもない音美。おちゃめな日々を送っている。

 授業中『急いで! 急いで』が口癖で、音楽用語の`急げ´を意味する`アッチェレランド´と姉崎の`あ´を引っかけてアッチェとあだ名されている。 自分の言う『急いで! 急いで!』の言葉に一番振り回されているのはアッチェ自身。生徒は、誰ひとり急がない。なぜ急ぐ必要があるのか、理解出来ない場面で発する言葉だから。意味不明にテンパって、おっちょこちょいを披露するアッチェは、可愛くて結構な人気者でもある。

 アッチェとお近づきになりたいと思う男子生徒はかなり居る。その中の一人が陽光だ。


 光之 東一 陽光 恭平の4人は、高校最後の学園祭で派手にぶちかまそうと、自称 城高のベストメンバーバンド「THE BEST」を組んだ。

 放課後たまに、音楽室の奥にあるスタジオを勝手に占領して練習をする。ドラムセットやギターなど揃っていて、軽く練習するのに都合が良い。

 最初アッチェは『困るんだけど』と言いながら『でも、ちょっと興味あるから聴かせて』と居座った。一人でも聴いてくれる者がいると、気合いが入る。

 イギリスのロックバンド。ザ フーのマイ ジェネレーションをやった。

「へぇ~、意外とうまいじゃん」

 意外は余計だが、悪い気はしない。調子にのって下校時間ぎりぎりまで練習した。

 時計を見て

「あらっ! もうこんな時間。帰りましょ。急いで! 急いで」

 慌てて立ち上がるアッチェ。ギターとアンプをつなぐシールドに引っ掛かってけつまずいた。たたらを踏んで『てへっ』と言うと、目をクリクリさせて、舌を出して顔を上げた。

 なるほど、人気があるのもわかるような……。ちょっとお馬鹿な気もするが。

 練習を打ちきり『喉乾いたな』4人が口を揃えて言うと、

「うちに来る? 飲み物くらいなら、聴かせてくれたお礼にご馳走するわ」

「やった!」

 瞬時に反応した陽光。遠慮なく4人で、ぞろぞろとアッチェのアパートに向う。

 5分程で着いた。生活感の漂う、落ち着いた大人の女性を感じさせる部屋だ。外見から感じるワイルドさのない、清潔で質素な部屋。

「座って、座って」

 何飲む?の質問に、全員が『ビール!』

「あんたら、まったく! 教師に向かってビールって言うか? 未成年君たち」

 アッチェは笑いながら喋っている。

「無理ならいいんだ。他所行って飲むから」

 恭平が答える。

「それも、問題発言! どこに行って飲むつもり? 聞き捨てならないわね。でも良いわ、ビール出しちゃう。私も飲みたかったんだ。飲も飲も」 あまりにも簡単に許しを出したアッチェ。あっけにとられる4人。憩いの部屋がひとつ増えた。

 以来、陽光と恭平はアッチェの部屋をちょくちょく訪ねている。



 陽光を迎えに、単車を走らせる光之。『陽光、ついにやったか? そうだったら、喋りたくてうずうずしてるだろうな。たっぷり聞いてやるか』


 2


『玄関のチャイム。あの音は嫌いなの。どれも同じでセンスないじゃん。うるさいし、びっくりするし。だから、あんた達がうちに来た時は、4ビートでドアをノックすること! いいわね』

 いかにも音楽教師らしい注文をつけたアッチェ。光之はドアの前に立ち

『コン コン コン コンッ』と叩いた。

『ワン ツー スリー フォー』と演奏前にドラムが刻むスティックの音をイメージして。

「オール ライト」

 朝からテンションの高いアッチェの声がして、玄関に近づいてくる気配がする。

『ついてけねぇな、まったく』光之は呟いた。

 ガチャリとドアが開き、三和土にあがる。

「モーニン! 伊達君。あいつらを送ってあげて欲しいの。頼める?」

「あいつら?」

 はなから陽光しか居ないと思っていた光之。足元を見ると、男物の靴が二足ある。

「おーす、光之。悪いな」

 陽光の声。

「モーニン! 伊達。迎え、ご苦労」

「はぁ? 恭平か」

 仲間内で光之のことを、伊達と呼ぶのは恭平しかいない。

「なんで恭平がいるんだよ?」

 陽光からの、思わせ振りな電話で膨らんでいた期待。それを壊された思いが口に出た。

「いちゃ悪いのか」

 奥から恭平が出てきた。

 光之は、楽しみを奪った恭平に噛みついた。

「あ―悪いね。おおいに悪い! 俺はな、陽光とアッチェのツーショットを想像して、この小さな胸をときめかせながら此処に来たんだ。意味わかるな、恭平!」

 恭平は、はたと気付いて頭をかいた。そして、にんまりと目の前に居るアッチェの後ろ姿を見た。

 光之を正面に、恭平を背後に、二人に挟まれた形のアッチェ。『なに言ってんの? この二人』そんな顔をしている。

 光之は、アッチェを少しからかってみたくなり、恭平に問いかけた。

「恭平。お前ら、昨日此処に泊まったんだろ?」

「ああ、そうだ。3人でやるUNOを極めたぜ」

 恭平は光之の問いに、よどみなく答える。

「野暮な男だな、まったく! 恭平の家なら歩いてでも帰れるだろ。アッチェへの陽光の気持ちを知ってるお前が、なんでもっと気をきかせない? 普段、陽光は俺達に何て言ってる? 言ってみろ!」

 突然の衝撃発言に、アッチェは答えを求めて恭平を振り返る。

『もしかして。あたしって、今……。間接的にコクられてるの?』

 完全に光之に背を向けて恭平と対面しているアッチェ。空間を泳ぐ左右の手が、落ち着きの無さを物語る。

 光之は右手の親指を立て、恭平に笑顔を送った。

 恭平は、わざとらしくアッチェから視線を外し、あさっての方を見ながら

「伊達よぉ、俺もそこまで野暮じゃねぇぜ。当の本人がアッチェに言わねぇこと、喋れるわけねぇだろ」

 そう言って、陽光を見る。

 釣られて、アッチェも陽光を見る。

 2人から凝視された陽光。どぎまぎを隠せない。

「まぁ、なんだ。うううんっ……。アッチェは用事があるそうだから……。その、なんだ……光之! お、お、おくってくれ! 帰ろう」

 玄関付近に居る3人の間を無理矢理かき分けて、陽光は表に飛び出していった。

 残された3人。陽光の後ろ姿を追うも、閉まるドアが遮った。

 言葉を失い、互いに顔を見合わせる。

「あの馬鹿、俺をわざわざ呼んどいて一人で帰る気か!」

 光之は、そう言ってすぐさま陽光の後を追いかけた。

 4人が2人になって、涼風以上の冷たい風がアッチェと恭平の間に吹いた。

「さ・て・と……。俺も帰るかな」

 逃げるように、恭平も去っていった。

 パタンと閉まったドア。ひとり残された音美。 自分の部屋なのに、無音の寂しさを感じる。

 喧騒の後の虚しさ。お祭りの後の静寂。そんな感じだ。

 ドアをロックして、リビングに戻る。

 

 陽光達に、用事があるから帰って欲しい。そう言って帰りを促した。  だが、用事なんか無い。

 陽光を見ていると、あの人と昔を思い出し、込み上げてくる気持ちの高まりを、抑えることが出来なかった。

 私が未熟なのか、それ以上なのか。そんなことはどうでもいい。

 姉崎音美。私はそれだけ。夢も希望もある、乙女というには無理がある24歳。

 今は教師。だから何?

 選択肢は一つじゃないわ。スポットライトを浴びて観客に応えるの。ピアノをあきらめたわけじゃない。ホール中に響きわたる拍手。鳴り止まない拍手を浴びるのは私。そう、私。

 それは、過去の妄想にすぎない。

 でも、突然現れて昔を思い出させたあいつら。特に、陽光。

 お前達は輝いている。憎たらしいほど、輝いている。

 ガキのくせに! ガキのくせに! ガキの……。

「悔しいよ! 悔しいんだよ! 思い出させるな! 怖いものなんて無かったあの頃を。失う辛さを知らされたあの時を」

 ポロリと涙が落ちた。

 頭の中で流れる、陽光の迷いのない歌声。忠実に再現されるメロディー。たいしたことはない、高校生のコピーバンド。だが、そこには気持ちがあった。歌いたい。伝えたい。奏でたい。聴いて欲しい。俺達を見て欲しい。特別上手くはないが、原曲をはるかに越えた力がある。そう感じた。

 忘れていたことなのかも……。

 諦めていたことなのかも……。

 涙は止まらない。

 あの人が歌う姿。そして、陽光。

「なんで、いまさら私の前に現れる……。なんで……。違うのはわかってる」

 やけになってテーブルを叩いた。ドンッという音と共に、カスミソウの入った一輪挿しが倒れた。入っていた水がこぼれ、虚しく横たわるカスミソウ。

「ごめんね」

 鼻をすすりながらそう言って、水の入っていない花瓶をカスミソウと共におこした。テーブルから床へ流れ落ちる水。


 この花は、陽光がくれたもの。なけなしのお金で買ってきた、僅かなカスミソウ。

 これっぽっちの花を背中に隠し、真っ赤な顔をして音美に差し出した。交わした会話の中で、音美の好みを覚えていた陽光。

「カスミソウ……好きだったよね」

 震えるカスミソウを受け取った。嬉しかった。花と陽光を交互に見て

「ありがとう」

 素直に言えた気がする。

 だが、もう一度陽光の顔を直視することが出来なかった。

 今はもういない、あの人の面影が陽光と重なり、音美の胸は高鳴った。同時に、陽光に傾く気持ちを抑えようとする自分が現れた。

 年下とはいえ、似ている。

 あっという間に、目の前からいなくなってしまったあの人に。

 求めているものが過去なのか、それとも、陽光なのか。わからない。

 でも、確実に陽光には惹かれている。

 教師と生徒。音美の葛藤が始まる。だが、それを意識した時点で、結論は出ているのかも知れない。

 女として、いや、人として誰かを好きになるのは当たり前のこと。不思議も理由もいならい。出会いには色々な形がある。これだってそのひとつにすぎない。自分の気持ちを振りかざしてみるが、あとが続かない。

 どう考えても、駄目だ。

 道徳、禁断、無節操。そんな言葉が陽光を遠ざける。

 世間では、よくある話で済まされている教師と生徒の恋愛。ところが、いざ自分で踏み込もうとした時に、とてつもない力と、非難を浴びる覚悟が必要だと改めて知った。

『食事をしただけです』 その一言から淫らな関係を連想し、行き着くところは背徳。世間とはそんなものだ。

 卒業を待てば、問題はないのかも知れない。だがそれは、二人の関係と意思の疎通があっての話。

 今、何があるというのか。

 なにもない。

 過去の面影を追いかけている音美。事実はそれのみだ。

 教師なのは、選んだ道。年上なのは、先に産まれただけ。そんな言い訳は通用しない。 無邪気過ぎるやつらが起こす渦に、うしろ髪を引かれつつ巻き込まれていく音美。

 一過性の悩みや苦しみから生まれるエネルギーを、何かにぶつけることで発散しようとしている陽光逹。来年の今頃には、その悩みや苦しみは忘れていることだろう。それを知らずに、もがき苦しむ姿は、ある意味美しい。眩しく光る、今だけしか放てない輝きだから。

 音楽室奥のスタジオを陽光逹に犯されて以来、音美は毎日陽光を待った。

 上手い下手は置いて、あの最初の日の驚愕と輝きに、音美の心は再び燃え上がった。

 学校サイドから異端児として扱われいる光之と東一。そしてその中に混じって、居るはずのない人がいた。

 錯覚をおこしたが、すぐに現実に戻った。死んだ人間が生き返るわけなどない。しかし、興味を持ったことは否定できない。だから、最初の日にアパートに誘った。

 あの日、陽光はボイストレーニングを名目に、音美のアパートを訪ねて良いかと聞いてきた。

 二人きりになった時に、毅然とした態度を取れる自信はない。誰かを連れてくるなら、と許した。

 音美の都合を確認するために、アドレスと番号を教えて欲しい。陽光の申し出は成された。それ以来、毎日陽光からメールが送られてくる。

 彼女と勘違いしている。そう思える内容も時にある。

 音美は混乱していた。付き合って3日目に、この世を去ったあの人。音大生の時、音美の一目惚れから始まった恋。焦がれた気持ちが叶った嬉しさも束の間。あの人が消えた。なにもなくなった。繋いだ手の温もりは覚えている。でも、その先にあるはずの姿はない。

 あれから4年。なにも出来なかったあの人への想いを、ひとつひとつ心のはさみで絶ち切ってきた。

 なのに、なのに……。 今さら、どうして。


 音美の中で、既に天秤は壊れていた。


続く



どのジャンルでも、ファンタジーが人気ですね。そんな中、私の作品を読んで頂きまして、感謝です。これからは、のろのろの亀更新になると思いますが、どうぞよろしくお願いします。どんなことでも結構です。感想頂けたら幸いです。お願いします。

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