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結局のところ、家に帰ればいいんだけど。
でも、魂体を見つけたまま、帰るわけにもいかない。
女の子の魂体が、誰か他の人を取り込まないとも限らない。
いや、むしろあの女の子は墓真を取り込もうとさえしていた。
なのに、なぜ。あたしたちは、『鎮魂少女』なのに。
などと自分の行いに歯がゆさを感じながらも、あたしは学校を走っていた。
放課後の学校は、夕日が傾き始めて少し眩しい。
夜耶とは、あの後二手に分かれたが、なぜかあたしを追いかけてきた。
「待て、鳳凰院 菜々!」と、後ろから墓真の声が聞こえてくる。
あたしは、人気のない中庭を上履きのまま駆け抜けていた。
そのあたしを、追いかけたのがジャージ姿の墓真。
抜けた中庭、一階から二階の階段に上がる。
それでも、しつこく追いかけてくる墓真。
あたしも、追いつかれるわけにはいかない。
(しつこいわよっ!)
もう、何度心の中で叫んだだろうか。
険しい顔であたしは、猛然とダッシュしていた。
人気のない廊下から、職員室の隣を素通りし、風の様に駆け抜ける。
「菜々、なにしてるの?」
と、職員室の廊下で小さい女の子があたしに声をかけてきた。
どう見ても小学生っぽいのが、だぶだぶのジャージ姿で両手を広げて近づいてきた。
笑顔で、一人で歩いてきた女の子は、手の出ない長いジャージの袖を振ってくる。
「桃、後で!」
そして、あたしはそんな小学生っぽい女の子の横を、駆け抜けて行った。
『桃』と言われたその子は、あたしの声を不思議そうな顔で見送るだけだった。
職員室を抜け、教室の方に走る。
しっかし、墓真はしつこいわよ。どこまでも追いかけてくる。
二手に分かれた夜耶が、少し気がかりだけどあたしは走るしかない。
バラバラでも、真っ直ぐあたしを追いかけて来るとはやるわね、墓真。
だけど、あたしは『霊体電話』を守る必要があった。
目の前の階段を駆け上がり、右と左の道が見える。
背後から迫る、墓真。あたしは、迷っている暇はない。
「よし、右」
即決したあたしは、その決断が失敗だったことを間もなく知る。
走って向かった廊下の一本道、二階を進んでいく。
後ろの墓真は、相変わらずついてくる。思った以上にタフな墓真、本当はあいつ体育教師なんじゃないのって思えてしまう。
「あっ、まずいわね」
教室をぬけた廊下を走るあたしは、曲がり角をまがった通路で見かけたのが開いているはずのシャッター。だけどそれが、無情にも閉まっていた。
まごつくあたしの後ろから、あいつが迫ってくるし。
今度は、あの手は使えない。
アイツに捕まったら、間違いなく身体検査でブレザーのポケットの中にある『霊体電話』は没収される。
唇をかみしめて、周囲を見回すあたしは隠れる場所を探す。
二階の窓とシャッターと壁に囲まれたその通路で、隠れる場所なんかない。
でも、あたしは窓を見てある行動に出た。
それからほどなくして、やってきた墓真教師。
息を絶え絶えに呼吸が乱れている様は、なんかストーカーね。
よれよれのジャージを着た中年男は、すぐさまあたしの方を睨んでいた。
「ほ、鳳凰院 奈々っ、なぜ、そこまで逃げるのだ?ハァハァ……」
手を震わせて、あたしの方に向かってくる。
「えっと、ね……それは、その……」
「じゃあ、早速だが身体検査を……」
黒く眼鏡が光った、墓真。めちゃくちゃ怪しいんですけど。
眼鏡越しに見せる、邪悪なオーラはあたしも、さすがにひいちゃうわよ。
そのまま、あたしは墓真の毒牙にかかっていた。
それから、二分少々。
「むう、無いな」
ポケットというポケットを、くまなく探した墓真。
なんだか、悔しそうな顔を見せた墓真。
あたしは、勝ち誇ったような顔を逆に見せていた。
腰に手を当てて、勝利宣言を見せていた。
「どう、これであたしのことが正しいってこと、分かったでしょ。この変態教師!」
指をさし、愕然とする墓真に言い放った。
「な、なにを……教師に向かって……」
「大体、女の子を校舎内追いかけ回して、変態以外の何ものでもないわよ」
腕組みして、墓真は悔しそうな顔を見せていた。
握りしめた拳は、敗者の姿。その後ろ姿を、窓から漏れる夕日が赤く照らす。
「じゃあ、今度からそんな疑いを……」
「そっちこそ、へんな疑いをかけないでよ。全く失礼しちゃうわ!」
負け惜しみを言いながら、墓真はあたしからすごすごと去っていく。
あたしは、そんな墓真の後姿を仁王立ちで見送った。