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翌日、あたしと夜耶は葛芝高の廊下を歩いていた。
制服を着て、いつも通り放課後の学校。
放課後の学校は、人が帰って静かな雰囲気。
というか、今は体育館やグラウンドがむしろ熱い。
「この季節が来たかぁ」
もうすぐインターハイだから、たまにすれ違う人もほとんどジャージを着ている。
部活のある部屋だけは人がいるし、文化部はインターハイの準備に追われるみたい。
それでも、あたしと夜耶は部活に入っていないから関係ないけど。
でも、人気のすくない学校を歩くには、この時期は好都合。
あたしと夜耶は『霊体電話』を握り締めて、学校を歩くのには理由があった。
「いないわね」
携帯電話ならぬ『霊体電話』は、全く反応しない。
魂体は、様々なモノにとりつく習性がある。
だから、『霊体電話』のスイッチを入れて、地道に歩き回って魂体を探すことが大事。
基本は、足で探して見つかったら『霊体電話』がバイブ反応するようになっていた。
最近は、反応も少なくなって、このあたりの鎮魂が進んでいる証拠。
あたしたちのいる音楽室そばの廊下で、吹奏楽部が練習している音が聞こえた。
おそらく、インターハイで演奏する練習をしているんだろう。
「菜々ちゃん、音楽室はこの前の幽霊騒動があったね」
「うん、放っておくと『鬼火』になっちゃうからね」
あたしたちが行う鎮魂は、魂体が『鬼火』にならないような活動。
二人で何度も、『鬼火』を見てきた。
赤いその光は、幽霊の類とひとくくりにできない。
それは、最も警戒し、恐れる事態、避けなければいけない事。
魂体が現世に未練を持って、同じ悩みを持つ人を取り込む。
魂体が進化した姿が、『鬼火』になる。
『鬼火』に取り込められると、二十四時間以内に取り出さなければ、生きている人は永遠に出ることができない。それはモノに、完全に閉じ込められてしまうから。
つまりは、一般社会の『神隠し』がこれに当たるわ。
あたしは、真顔で練習風景の廊下を歩いていた。
「それは、避けなければならない」
それは『鎮魂少女』としての存在意義にもなる、大事な事。
音楽室から、廊下を歩いて向かったのが隣の社会科室。
「当たった、かも」
すると、あたしの『霊体電話』が言葉に反応したのか、バイブ機能でブルブルって震えた。
それと同時に、夜耶の顔にも一気に緊張感が漂っていた。
夜耶も同じ『霊体電話』を持っているから、それがすぐにわかる。
あたしは、集中して周りを見ていた。廊下を歩くと、そこで見えたのが、
「あった、あれね」
廊下越しに、社会科室の隣にある準備室が見えた。
その準備室には、窓越しから見えて武士の甲冑や、大きな地球儀が置かれていた。
社会に関係するものが置かれたその場所には、縄文式の土器も置かれていた。
土器のそばに、おぼろげな煙のようなものが見えた。
どうやら、あの魂体はまだこの土器に取り憑いて、それほど時間は経っていない様子。
「あ、あれだね」
「そうね、だけど……」
土器のあるその部屋には、人がいた。
部活では使用することはないけれど、日本史教師なので、あの男がいた。
「墓真が、いるわ」
難しそうな顔で眼鏡をかけて、机に向かう墓真の姿。
いつもながらに日本史教師らしからぬジャージ姿で、書き仕事をしていた。
生徒指導の墓真は、土器をちょうど背にして書き物をしていた。
(なんで、こんなところにいるのよっ!)と心の中で文句を言う。
「う~ん、どうしよう」
「あの魂体は、あいつを取り込もうとしているようね」
魂体は、前とおなじように女の子の姿をしていた。
ポニーテールで、見た目は子供っぽい女の子は、墓真のことをじっと見ていた。
魂体は、普通の人には見えないし、気配もない。
霊感がなければ、感じることもできない。だから無害な存在。
でもあたしたち『鎮魂少女』は、人並み以上の霊感を持つから見ることもできるし、感じることもできる。
「生徒指導の墓真に見つかると、まずいし。
いっそのこと、あいつを取りこんでもらったら楽じゃない」
「ダメよ!」
夜耶は、いつもながら真面目にあたしに否定した。
怒った顔の夜耶は、あたしに詰め寄ってきた。
眉間を寄せた夜耶の顔が、ちょっとかわいく見えるけど。
「でも、どうやるの?あいつに見つかったら、電話、取り上げられちゃうし」
「それは……そうだけど」
その一方で、魂体の女の子は興味を示したのかゆっくりと墓真の方に近づく。
半透明の煙のような存在に、霊感のない墓真は全く気づくことがない。
「じゃあ、どうするの?」
「私がやってみます」
そういいながら、夜耶は『霊体電話』を耳に当てて、鎮魂を、通話を開始した。
少し離れた廊下で、あたしは夜耶を眺めていた。
こういうところは、夜耶は変に強情なのよね。
前に出た夜耶に、少女からの悩みの言葉が続く。
あたしは、夜耶の少し後ろから墓真の動きを観察していた。
アイツに見つかったら、いくらなんでもまずいしね。
「どう?」
そんな女の子は土器から降りた霊、そのまま墓真を取り込んでいく。
どうやら土器の少女は、墓真を取り込もうとしているみたい。
「もうちょっと、電波が弱いかな」
社会科準備室の廊下で、夜耶が『霊体電話』片手に近づいていく。
電波が悪いと、やはり声が聞こえない。
廊下であたしと、夜耶が社会科準備室のドアの方に電話片手に忍び足で近づくと、
「あれ、鳳凰院姉妹。なにをしているの?」
そこに声をかけてきたのが、あたしのクラス委員の笹森さん。
眼鏡っ子で、体の細く、夜耶には劣るが頭がいい落ち着いた顔の女子生徒。
クラス委員の腕章が、その証よ。
その声に気づいて、あたしは反応よく前にふさがり、夜耶はすぐさま携帯電話をブレザーに隠す。
「えっと、そのう~、夜耶がね……」
「はい……菜々ちゃんと廊下探索です」
廊下探索って、何よ。夜耶の顔が、明らかに慌てている様子が見て取れた。
あたしの夜耶の咄嗟の言い訳に、笹森さんもやはり不思議な顔を見せていた。
そんなとき、社会科準備室の中の墓真が動き出した。
どうやらあたしの声に気づいたらしく、ゆっくりとドアに近づいてくる。