31
その『鬼火』の人は、あの時と違って老人の姿をしていた。
赤い老人は、杖をついていてじーっと見ていた。
おびえた老人は、助けを求めるような目で見ながら右手であたしたちに手招きをする。
息を呑んだあたしは、夜耶と手を握る。
「とりあえず、逃げるわよ!」
あたしは、夜耶の手を引いて走る。夜耶も、無言で同意した。
背を向けた『鬼火』は、あたしたちに追いかけてくる。
静かで広く暗い墓地を、二人で走る。
夜耶とあたしは、どこに逃げるわけでもなく走った。
『鬼火』に取り込まれたら、助からない。
そのことがあの時と違い、分かっていたから余計に恐怖だった。
山喜君や、ほかに取り込まれた人を何人も見てきていたから。
それでも『鬼火』は、あたしたちの方に追いかけてくる。
あたしたちが走る速度と同じような速さで、向かってきていた。
「来るよ、菜々ちゃん!」
「しつこいわね、もうっ!」
息を切らしながら、二人で走っていた。
『鬼火』に取り込まれた人を、何度も見てきたあたしたち。
それ故に、はっきりとそれが恐怖の対象だとわかっていた。
だから、走って逃げる。懐中電灯を落とした夜耶、でも拾わずに前を向いていた。
無我夢中で走るあたしと夜耶、T字路。
判断をじっくりできないので、即決で右に曲がった時、あたしたちの前には、
「しまった、行き止まり!」
二メートルの大きな木の柵の壁が阻んでいた。
苦々しい顔で、あたしは見ていた。夜耶も、不安そうな顔を見せていた。
走って来た道から、赤い人型の炎『鬼火』が向かってきた。
まさか、このまま『鬼火』に取り込まれるの。
高くそびえる木の柵を背に、あたしは苦々しい顔で一歩後ろに下がる。
老人の『鬼火』は、何か変な音を発しながら、ゆっくりあたしたちの方に近づく。
でも、その声をあたしたちは理解できない。
いつも持っている『霊体電話』が無いから、分からない。
「何か言いたいのよ、きっと」
あたしは、それでも老人の方を見ていた。
恐怖はあるけど、おそらく彼らは恐怖の対象になりたいと思わないはず。
ただ聞いてほしいだけ、それだけは感じた。
「うん、このままじゃあ……」
夜耶はあたしの手を、強く握っていた。不安と恐怖が、あたしたちによぎった。
それでも何がしたいか、わからない老人の姿をした『鬼火』が、あたしと夜耶に近づいてきた。
その時、じゃらんと金属が擦れる音が前の方から、『鬼火』の奥から聞こえてきた。
「えっ、この音」
あたしと夜耶の声が、同時に聞こえた。