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「ボクの絵は、金賞を取った。先輩の絵は、コンテストから落選した」
「それって、いいことじゃないの?」夜耶は、ふと声を漏らした。
「いいことなんか、あるモノか!」
『鬼火』は、激しく怒った顔を見せた。炎が、燃えて夜耶の方に手を伸ばす。
夜耶の長い髪が、鬼火の手に触れてわずかに燃えていた。
それでも夜耶は、ひるまない。恐怖はないが、不安を浮かべていた。
そのなかで、あたしはあることを考えていた。
(彼の言葉の意図か、なんだろう)
この前、父親に言われた『聞き上手の三条件』、相手に共感する。
前の山喜君の時から、ずっと思っていたこと。
「ボクの、その絵のせいで、先輩は、絵を描くのをやめたんだ!
大学に行っても、絵を描かなくなった。全部、ボクのせいだ!
ボクは、先輩の絵が大好きだったのに、ボクも絵を描くのをやめた」
夜耶は、納得できない顔を見せていた。でも、あたしはまっすぐ彼だけを見ていた。
「そうなんだ」
この瞬間、はっきりとわかった。
「絵がなくなったボクは、全てが上手くいかなくなった。
勉強も、絵も、趣味もなくなり、体調まで崩した。
中途半端な才能は、いらない。ボクのせいで、輝いていた先輩はいなくなった。
そして、高三になったボクは病院に通うようになり、先輩に謝ることなく死んだ」
『鬼火』の悲しい過去、それを聞くことは辛いこと。
でも、それを受け止めることが、聞くことしかできない『鎮魂少女』の役目。
あたしは、彼から目をそむけない。
隣の夜耶もまた、それを静かに聞いていた。
「菜々さん、先輩ってどれほど大事かわかりますか?」
そこに出てきたのが、『鬼火』の中から顔だけ見せた山喜君。
「龍之介、お願い、戻って!」
悲壮な声を上げた、桃の姿。手を広げて、あたしは桃を制した。
「大丈夫、桃。ようやく、理解できたから」
「えっ、菜々?」
「いいことでも、いいことじゃないんだ。あなたたちは、先輩を尊敬していたんだね」
山喜君が言った言葉、それは、自分のせいで先輩たちの部活を終わらせたこと。
それを悔いていた、この『鬼火』と同じ。
夜耶も、ようやく分かったようであたしの隣に立つ。
あたしと夜耶は、もう失敗しない自信があったから。
「先輩は、絶対で正しい」
「でも、その先輩たちはあなたたちが、そうなることを、望んでいないわ。
二人とも、先輩はなんて言っていたの?」
「気にするなって。お前が、俺たちの意志を継げばいい」
『鬼火』の少年と山喜君は、同じ言葉をシンクロさせた。
それと同時に、二人の顔ははっとしていた。前に出た夜耶は、あたしの代わりに、
「悩むことはないの、だって先輩は、あなたたちに夢を託したんだから」
「そうなんだ、そうだ」
「託された夢、うん」
『鬼火』の男と、中の山喜君と顔を見合わせて、頷く。
『霊体電話』の声が、さっきまでの不安に満ちた声から希望へと変わっていく。
「ありがとう、ちゃんと聞いてくれて」
安らかな、『鬼火』の男の顔。
そのあと、炎は小さく縮小されていくのが見えた。