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『鬼火』、それは鎮魂されない魂体が、人のことを取り込んで進化した姿。
その言葉が入ったそのメールは、ただ事ではない。
あたしは、メールを見て夜耶と迷わず向かっていた。
今は、お昼休み。でも、難しい表情を見せていた。
あたしは、夜耶と一緒にお昼休みの美術室に来ていた。
(やきレツパンが売れちゃうよ)などと思っていても、それどころじゃない。
その美術室には、桃の姿があった。
小さな桃には、いつも制服がすこしダボダボと大きい。
どうやら桃クラスの制服が、無いみたい。身長百五十ないし。
「菜々と夜耶お姉ちゃん、ここだよ『鬼火』」
桃も、あたしとおなじ鳳凰院家の人物。鎮魂も、『鬼火』のことも知っている。
鳳凰院家の鎮魂は代々長男、長女が行う伝統があるから、桃には鎮魂ができない。
でも、霊感が一般人より強い桃は、ある程度の魂体をはっきり見ることができた。
魂体は、モノに取り憑いて似た境遇の人間を取り込む。
でも、魂体だけでは存在できない。必ず、なにかモノに取り憑く。
そして、『鬼火』になるために心に隙間を持つ人を待つ。
魂体に取り込まれた人は、現世に陽炎として二十四時間だけ同じ姿で残る。そして、時間がたつとその人は、存在として静かに現世でも消える。
これが一般論の、『神隠し』の原理よ。
「魂体が、山喜君を取り込んで『鬼火』になったって本当なの?」
「うん、間違いない。
美術の時間に、いきなり龍之介があの絵から、煙みたいなのに取り囲まれていなくなったの。この目で見たから、間違いない」
桃の指さす絵は、赤い小さな光の点が見えた。
指さす絵は、生徒が書いた油性の風景画。
河川敷の絵だろうか、かなり上手な絵。素人のあたしも、良くわかる。
でも持っていた『霊体電話』を使うと、確かに大きく振動していた。
あたしは、夜耶と目を合わせて無言で頷く。
そのあと二人で、『霊体電話』を握り締めて赤い点に近づくと、赤い点も大きな炎として、絵の中から出てきた。
煙の魂体と違う、熱くない炎がやがて姿を現した。
その姿は、大人しそうな男の姿。手には、絵筆と絵の具のパレットを持っていた。
あたしと夜耶は、『霊体電話』に耳を当てた。
それは、間違いなく魂体とは違う類、もっと強力な進化した姿『鬼火』だった。
煙ではなく、炎。赤い点が、短髪の男の顔をあたしに向けていた。
「あなたは、何者なの?」
「ボクは、先輩の絵が大好きだけど、ダメにしてしまった。
渾身の先輩の作品を、ボクの駄作でダメにした」
鬼火の男子の声が、『霊体電話』から聞こえてくる。
しかし表情は動くし、霊感の低い普通の人でも見える。
何より、『鬼火』は好きなところに現れる。
結局、『鬼火』になっても、『鎮魂少女』はやることは変わらない。
魂の暴走した姿だから、鎮めるなら話を聞くだけ。
そうすれば、取り込まれた人は元に戻るわ。
ただ『鬼火』は、魂体より強い力を持つから、取り込まれる危険性があるの。
幸いにもこの『鬼火』は、なり立てだから取り込まれた山喜君はまだ無事ね。
するとうっすらと『鬼火』の中に、山喜君の姿がぼんやりと見えた。
それでも、『鬼火』には絶対に弱みを見せてはいけない。それが、鎮魂の掟。
細心の注意を払ってあたしと夜耶は、向き合った。
流される夜耶の汗は、緊張を物語っていた。
『鬼火』の鎮魂は、これで二度目。
『鬼火』自体、そんなに見たことないから緊張するなっていうのが難しいわ。
そんなあたしは、取り作るような笑顔を見せた。
「美術部のボクは、先輩と同じ場所で絵を描いていたんだ。
ボクが美術部に入る大好きな絵を描く先輩、三年生の先輩に誘われて行った。
それが、この河川敷なんだ」
確かに、『鬼火』が取り憑いている風景画は、上手な絵の河川敷だった。
あれっ、この河川敷ってこの前の桃と山喜君が一緒にいたところに、そっくりね。
「でも、ここで絵を描くのがそもそも間違いだった。
都内のコンテストで、ボクと先輩は同じ河川敷の絵を出したんだ。でも……」
「うん」あたしと夜耶は、ただ頷いた。夜耶も、同じく『鬼火』を見ていた。
悲しさと、憐みの顔で彼女も聞いていた。
山喜君を胸の中に入れた鬼火の男は、さらに続けた。