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父親の言葉に、少し間を開けてあたしは顔を上げた。

「たまたまよ、まだ見つかっていないけど」

「ごめんなさい……私たち」

夜耶は、なんだか泣きそうな顔を見せていた。

変な空気になって父親は、袈裟の袖から何か名刺を取り出した。

ピンク色の名刺は、明らかに一般のものではないわ。


「それより、風俗嬢から聞いたんだが……」

「風俗はいいの」

すると、あたしの隣にいた桃は、目を大きくしてあたしを見ていた。


「ねえねえ、フーゾクってなに?」

「子供に関係ない、大人の話よ。お子ちゃま桃には、関係ないわ」

「じゃあいい、夜耶に聞く。夜耶、優しいし」

すると、すかさずあたしの膳にある最後の卵焼きを、強奪して夜耶のところにすり寄った。


「フーゾク」「フーゾク」と卑猥(ひわい)なことだと知らない実年齢一つだけ下のお子ちゃま桃は、夜耶のところで聞いていた。夜耶は困った顔を見せていた。

「えー、えと……」

苦笑いするしかないわね、ちゃんと説明できないみたい。

まあ、あたしも詳しい説明はできないけどね。

父親も、食事を終えて湯飲みを飲みながらあたしたちを見ていた。


「そんなお前たちに、俺が、鎮魂のヒントを教えてやろう。

菜々、夜耶、『聞き上手の三条件』を知っているか?」

「『聞き上手の三条件』、なにそれ?てか、風俗の受け売りでしょ」

「無論だ。でも、それがいいんだ」

なぜか、否定された父親にあたしはあきれ気味。

でも、前にいる夜耶は違っていた。


「教えてくれますか?私は、『聞き上手の三条件』」

真剣で、真面目な夜耶の言葉に父親は、

「それはな、教えてやろう」などと咳払いして、勿体つけていた。

すぐさま、あたしはにらみを利かせた。


「一つは、『相手に共感する』ことだ。

話す相手には、伝えたい内容が必ずある。

それは全ての文章ではなく、相手側の想いや感情の変化など、ごく一部のものだ。

話の内容をよく考え、吟味して相手の意図を組み事が大事なんだ」

「『相手に共感する』?」

あたしは、その言葉を心に刻んだ。

夜耶も、膝に抱えた桃の頭を撫でているものの、しっかり父親に顔を向けていた。


「まあ、難しいことではない。

分かりやすいところで、入試の面接を思い出してほしい。

面接官が、「あなたの趣味は、なんですか?」と聞いてきた。

どういう意味があるか、菜々はわかるか?」

「えと、そのままでしょ。面接官は、私を知りたいってこと?」

「そうだな、ここは素直に答えることが大事なんだ。

面接官は、お前を書類上でしか知らない。だから聞く。

学校を受けるのに、趣味は関係ないかもしれない。

でも、お前という人物を知らないから、情報を得るための手段だ」

「情報を得る?」

「そう、人は、初めての人間と話す時はその人となりを知りたいものだ。

だから受験生は、逆に面接で自分をアピールする。

ごく当たり前で、自然なこと。

どんな人物で、どんなことが好きで、どんなことが嫌いかを。

だから、自分を知ってもらうことが大事なんだ」

妙に力説する父親に、あたしと夜耶はしっかり聞き入っていた。


夜耶に抱かれた桃は、逆につまんなそうな顔で夜耶から離れて少し離れたところで、あたしたちを見ていた。

『鎮魂少女』ではない桃には、関係のない話だと思ったから。

それを察知してか、父親が、


「桃、お前にも関係のある話だ」

と声をかけていた。でも、ふてくされた顔で桃は父親を見ていた。

「桃は、末っ子だから……」

「関係ある。桃だって、風俗(ソープ)嬢としていつかデビューさせて……」

「だから風俗は、関係ないでしょ!」

さらりという父親の野心を、あたしは袈裟の首元をつかんで打ち砕く。


「さっさと話しなさいよ、このエロ坊主!」

腕っぷしの強いあたしは、父親の首元を閉めると、夜耶が

「パパ、死んじゃう」

青白い顔の夜耶が、あたしを止めた。

ぎりぎりと、理不尽に強い握力で占めたあたしに、父親は本当に仏様になるような安らかな顔を見せていた。


「わ、わかったわよ……」

あたしが手を放すと、父親の顔色が肌色に徐々に戻っていった。

父親が、ゆっくり戻って袈裟の襟を正した。

何度も咳払いして、呼吸を正してようやく正常に戻ったエロ坊主、いやあたしの父親。

でも、あたしは顔を強張らせていた。


「全く、菜々は……」

「うるさいわよ、あんた」

あたしの悪態に、やれやれと父親はため息をついた。


――中一の時、当時好きだった人とあたしは、町に行っていたの。

四回誘って、ようやくデートにこぎつけた。あたしの、初デート。

映画を見るわけでもなく、ぶらぶら町を歩くあたしたち。


そんなデートの中で、父親が偶然風俗店から出てきたの。

あたしは、もちろん無視しようとしたけど、容赦なく父親があたしに声をかけてきた。父親の声で、あたしのデートは一気に冷めてしまったわ。

結果、別れることになっちゃって――


それ以来、風俗と父親が大嫌いになったの。

「で、もう終わりなの?」

怒った顔で、あたしはご飯を口に運ぶ。

「まあ、まだ続きがある。

趣味を聞き、家族構成や、世間話をしながら、次に聞く質問と言えばこれだ」

「で、勿体(もったい)つけないでよ」

「『あなたの、志望理由はなんですか?』だったら?」

父親には、目力があった。こういう時は、お茶らけた話をしない。

重い口調で言ってくるあたしは、言葉を考えた。


「志望理由ねぇ。魂体がいっぱいいるから、じゃなくて近いから、とか。

この学校も、そうやって選んだわけだし」

自分の着ているブレザーを、ちらりと見ながらあたしは答えた。

「私も、そうです」

夜耶も、真面目に答えていた。


「まあ、それだとダメだけど、意図としては間違っていない。

この質問は、菜々、お前が学校に対してどう思っているかを、問っているんだ。

これが相手の意図を組んで、話すということだ」

父親の言葉を、少し理解できた。

要は、話の内容を考えて話してきた人の知りたい答えを、出すってことね。


「じゃあ、次の『聞き上手の三条件』は?」

あたしが、次の話を聞こうとしたときに、

「菜々、そんなことより、そろそろ時間じゃないのか?」

父親が、あたしに時計を見るよう促してきた。

時間は、もう七時半。通学の時間を、迎えていた。


「ご飯食べていないの、菜々だけだね、えへへっ」

「えっ、あっ、しまった!」

あたしの前にある膳には、ご飯がちゃんと残っていた。

周りを見たら、あたし以外はちゃんとみんな食べ終えていたし。


背の低い桃は、夜耶から離れて、やっぱりあたしの残ったご飯を見ていた。

だけど、結局時間にまくしたてられて、残り二つの話はそこでは聞けなかった。


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