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朝の家は、いつもあわただしい。
あたしは、いつも通り自分の家の大きな和室で、ご飯を食べていた。
通学に行く前の家の、一風景。あたしの家は、お寺。
今日の朝食メニューは、ご飯とお味噌汁と卵焼き、定番料理。
膳に入れられたご飯を、お行儀よく食べていたけど、ニンジン入りの混ぜご飯のせいで、あたしのテンションは下がっていた。当然のことながら、ニンジンを箸で避ける。
和室で正座してご飯を食べる、あたしと夜耶。
上座に父親がいて、膳にもられたご飯をあたしは食べていた。
母親は、すぐに庭の掃除に行っていた。
お寺の隣の一軒家、そこであたしたちは暮らしているの。
紫の袈裟を着た、父の格好を見れば一目瞭然よ。
相変わらず、笑顔でご飯を食べていた。
「今日は、午前で終わりだっけ?」
「うん、部活のインターハイがあるから、今日は早いみたいね」
夜耶も、ご飯をきれいな姿勢で食べていた。
制服を着ていたあたしのそばには、右の方からじーっと視線を感じた。
「な、なによ、あげないわよ!」
あたしの隣で座っているのが、同じく体より大きめの制服を着た小さな女の子。
ショートカットで、童顔。見た目は小学生っぽいけど、あれでも高校一年生よ。
指をくわえながら、あたしの膳にある卵焼きを野良猫のように見ていた。
「え~、かわいい妹が欲しがっているよ、へへへっ」
無邪気そうに笑顔で、あたしを見ていた。
彼女の名は、鳳凰院 桃。一個下のあたしと夜耶の妹。
三姉妹の、三女ってことになるわね。
既に自分の前の膳のご飯を食べ終えた小さな妹は、かわいいオーラを出してくる。
「だ~め、あげない。それに『かわいい』って、自分で言わない」
「え~、かわいいもん」
すねた小さな妹は、ぶりっ子をするけどあたしは無視していた。
桃の相手に飽きたあたしは、不機嫌な顔でお皿の卵焼きに箸を伸ばしてきた。
しかし、あたしが皿をどかして桃の箸を回避した。
夜耶は、目を潤ませてあたしに何かを訴えかけてくる。
かわいくぶりっこ桃は、ふてくされた顔を見せた。
「う~、菜々はケチだね。夜耶お姉ちゃんは?」
「はい、桃ちゃん」
女神のような優しそうな顔で、夜耶は桃に卵焼きを箸でプレゼントした。
桃は、「わ~い」と子供の様に無邪気に喜んでいた。
横目でいつも見ていたあたしは、夜耶に対して、
「夜耶、ダメよ。桃を甘やかしちゃ!」
あたしの言葉に、夜耶はちょっと落ち込んだ顔を見せていた。
「うん。でも、なんか可哀そうだし、ね」
「夜耶は優しい、夜耶はいい子。夜耶、だ~い好き」
桃も、卵焼きを貰って満足そうな顔を見せていた。
抱きついた桃を見ると、なんだか悔しくなって
「ああっ、ずるいっ。夜耶は、あたしだけのものだから」
「え~、そんなことない。夜耶お姉ちゃんは、桃のものだもん」
あたしと桃に挟まれて、夜耶は困った顔を浮かべていた。
「なにをっ!夜耶はあたしのものよ」
「べーだ、ケチケチ菜々姉」
舌を出した桃に、馬鹿にされて言い合うあたし。
そのまま、あたしは怒った顔で一つ下の妹に年甲斐もなく絡んでいく。
あたしと桃に挟まれて、夜耶の顔は少し落ち込んでいる顔を見せていた。
そんな光景を、対面で眺めるのが、
「夜耶は、モテモテだな、うん」
エロ坊主?の父親は満足そうな顔を浮かべていた。
混ぜご飯を食べながら、のんきにあたしたちの光景を見ていた。
あたしは、その声に反応して父親の方を見る。
「エロ坊主、あの夜の事、ママにバラすわよ」
あたしは、逆に不機嫌な顔でそのことを言うと、困った表情の父親は苦笑い。
「あれ~、そんなことあったかな」
「じゃあ、ばらしてもいいのね」
流し目で見ると、父親はたちまち噴き出す汗を、ごまかしながら拭いていた。
あたしは、ご飯を食べながら普段の雰囲気を楽しんでいた。
あたしは不意にちらりと和室に、飾られたカレンダーを見ていた。
一週間後の週末には丸が書いてあった。
その日は、『戒壇の日』があるの。
『戒壇の日』で夜耶との鎮魂は、今の関係は、終わってしまう。
夜耶は『尼御前』に、あたしは普通の生活に戻るから。
その前にも、何とかあの逃した魂体の女の子を鎮めないといけない。
あまり時間がない、今度は失敗したくない。だから、前を向いて父親を見る。
「そういえば、父さん」
「なんだ、菜々?もしかして、また好きな人の相談じゃないのか」
「ち、違うわよ!大体、あんたのせいでしょ」
坊主頭の父は、静かに湯飲みを口に運ぶ。
クスクスと笑う夜耶に、あたしはなんだかムキになっていた。
桃も、夜耶から離れてあたしを指さして、
「えへへっ、菜々姉は、もういないんだ」
明らかに勝ち組のような言い方で、桃の挑発。
あたしは、ふてくされた顔で逆に言い放つ。
「桃っ、あんたはどうせ、山喜君でしょ!」
「うん、龍之介。幼なじみだよ」
山喜 龍之介、桃と同じ一年生。桃と違って体も大きく、スポーツマン。
確か、中学はバスケ部で都大会にも出ていたらしいわ。
「山喜君、今日もインターハイで出るんだよ。桃も応援する、がんばれ~」
桃は、なぜか箸を持った両手を、バタバタ振っていた、危ないって。
「桃ちゃんは、本当に山喜君が好きなのね」
夜耶が言うと、桃は腰に手を当てて自信たっぷり言い放つ。
「だ~い好き、世界一、宇宙一、町内一好き」
なんか、最後の規模小さいわね。
でもいつも山喜君のことで、笑顔でちゃんと言える桃が、少し羨ましかった。
あたしには、そんな人はいない。だからこそ、あたしはそんな存在になろうと思えた。
「でも、山喜君ってかなり大人びた子でしょ。背も高いし。
結構、女子とかに人気あるんじゃないの?」
「うん、だから桃もいっぱい頑張るの」
「何を」と突っ込みを入れようとしたが、桃の目はなぜか燃えていた。
左手をぐっと握りしめて、いつになく真剣な顔を見せていた。
「女の子は、誰でもかわいくになれる権利がありますからね。ね、菜々ちゃん」
「う、うん、そうね……」
いつの間にか、食べ終えた夜耶は湯飲みをすすりながら、にこやかな顔を見せていた。
あたしは、困惑気味に苦笑い。
そんなときにあたしの父親が、想像もできない言葉を口にした。
「菜々、夜耶、このまえ逃げられたんだってな、魂体に」
父親の言葉に、あたしと夜耶は苦い顔を見せた。
夜耶は、持っていた湯飲みを静かに置く。
いきなり、楽しかった食事風景が、父親の声で一変した。