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間もなくたどり着いた、社会科準備室。
ここに来ると、隣の音楽室から聞こえる吹奏学部の練習の音がより大きく聞こえてきた。なんだか、その演奏が、あたしたちを応援しているようにも聞こえる。
「じゃあ、夜耶、見てきて。あたしだと墓真に……」
「おそらく気配が、ないです」
夜耶は、携帯画面の時計をちらりと見て真っ直ぐに社会科準備室のドアに近づいた。
すぐさま、夜耶はあたしに手招きをした。
「時間的に職員会議に、行ったのでしょう。取り込まれても、いないようです」
夜耶が、的確なことを言うとなんだか納得ができた。
あたしは、夜耶と一緒に誰もいない社会科準備室の中を歩く。
さすがに、電気はつけられない。
(もう戻ってこなくていいわよ)などと心の中で、悪態をついてみたり。
あたしと夜耶は、『霊体電話』を持って暗い中を歩く。
完全に日は落ちていないので、歩けないほど真っ暗でもないけど。
携帯の明かりを頼りに、背後を気にしながら目的の魂体のいる土器に近づく。
「なんか、泥棒みたいですね」
「泥棒じゃないわ、幽霊っていうものは、本来夜に出るもんだしね。
そういえば、夜耶は昔っから幽霊苦手だったわね。
おねしょとかして、子供の時は大変だったわね」
「菜々ちゃん、今はもう得意です!」
幽霊が得意なものも、考えものね。まあ、魂体も同じか。
でも、ムキになっている夜耶がかわいかったりもする。
中を覗いて確認して、細心の注意を払う。
人がいないことを確認すると、あたしと夜耶は土器の方を見ていた。
土器の入っている棚には、あの少女の魂体が土器の中に丸く収まっているようにも見えた。霊的反応が、しっかり感じ取れる。
墓真のいない、暗い社会科準備室に入る。やっぱり、ブルブル震えていた『霊体電話』。
そんな夜耶は、あたしの手を不意に握ってきた。
「こういう今が、私は好きなんです」
「分かっているけど、夜耶。そうね、今しかできないから」
あたしは、この言葉が好き。
「今しかできない事」夜耶と、あたし、二人で『鎮魂少女』をすることは今しかできない。暗闇で握った手を見ながら、あたしは前を向いた。
そんなあたしたちが、問題の土器の場所にたどり着く。
あたしたちの存在に気づいたのか、人間に反応したのか
その瞬間、土器からさっきのポニーテール魂体の女の子が姿を現した。
「ううっ、なんかいるよぉ」
あたしは、『霊体電話』に耳を当てた。幼い感じの霊体の女の子は、ワンピースの姿で本当に可愛らしい、健気な格好。
「夜耶、あたしが聞くから、外を見張ってね」
あたしの言葉に、夜耶はすぐに従ってくれた。
こういうところは、双子の連携だね。夜耶はあたしに背を向けて、少し離れて社会科準備室の入口ドアのあたりに視線を送る。
もちろん、『霊体電話』を持って。
「あたしは、自分で死んだんだ」
喋る魂体、あたしはじっと彼女に頷いていた。
時間との闘い、しかし急ぐことはできない。
墓真が戻ってきたら打ち切り、戻ってくるかはわからないけど。
「あたしは、ずっと許せなかった。
なんでなの!両親も、兄と姉も優秀なのに三兄妹のあたしだけ、劣等生なのは。
家のみんな一流エリートコースを出ていて、あたしだけできないのは」
携帯から聞こえる声に、不満をぶつけていた。
直接しゃべることはないけど、不満を見せた表情だけで、悔しさが分かった。
拳を握ったけど、あたしのほうをじっと見ていた。
「あたしは私立小学校に入って、私立中学に入って、都内の有名進学高校に通う。
そして、みんなと同じ一流大学に入って、一流企業に就いて、一流の会社員になる。
そのためにいろんな人が、あたしにアドバイスをしてくれたの。
塾と、家庭教師もついて、両親も勉強を見てくれた。みんなが協力してくれた」
悔しさと高いプライドを垣間見える、しゃべり方。
「エリートコースに乗るための計画表、その指示通りにやって、受けた中学入試試験、でも、あたしは落ちたんだ、失敗したんだ。
そこからだよ、あたしはエリートコースを外れて、脱落したのは」
魂体の女の子は、落胆の表情に変わる。
それは、傷ついた心を視覚的に示していた。
「エリートコースを外れたあたしは、優秀な兄や姉たち、両親からも見向きも、相手もされずに、たちまち孤立した。
食事も、一緒にとることは無くなったし、
公立の中学の行事でも、家族で仲間外れにされていた。
私は辛くて、悲しかった。
そして、両親についに言われたよ。あたしは、『お前は意味がないと』
だから……」
「そっか……」
なんか、悲しい過去。あたしは、彼女の想いをずっと聞いていた。
おそらく後ろの夜耶も、同じ話を聞いていることだろう。
「この世は、一度失敗したら二度立ち直れない。
だったらあたしは、どうすれば成功したの?分からない。
正しく指示通りに動いて、勉強したのに、才能が無かっただけなの?」
彼女の質問に、あたしは考えていた。
彼女は、迷っていた。それがあたしにもわかった。
現世でのしがらみ、迷いを解けば、彼女はきっと立ち直れるはず。
だから、あたしも悩んでゆっくり彼女の求める答えを絞り出す。そんなとき、
「そうだよね。でもエリートだけが、世の中じゃないと思う」
その声は、夜耶。あたしは、ドアの方の夜耶に視線を移すと、表情は暗くてうかがえないけどこっちを向いていた。
「嘘だ!だって、あたしは脱落して死んだんだ。
じゃあ、才能があればよかったってことね!才能が無ければ、死ぬしかないのね!」
まずい、あの子のプライドではあの言葉だと、聞き入れてもらえないわ。
すると魂体の女の子は、社会科準備室の窓の方へと飛んでいく。
夜耶は、あたしの方に駆け寄ってきた。いや、あたしとすれ違う時に、
「なんで、分かってもらえないの?私は、何がいけないの?」
「夜耶……」
夜耶は、明らかに落ち込んでいて焦っていた。
そのまま、魂体の女の子を追いかけていく。
あたしは、それ以上追いかけるのは無理だと悟った。
「待ちなさい!話の結論は、まだついていないわ」
「あなたたちとは、話すことはないわ。
みんな、あたしの苦労が理解できないから」
ポニーテールをなびかせて、女の子は窓から飛び出していった。窓に駆け寄りあたしは、魂体の女の子の行方を確認するが、夕日が沈んだあの子を探すことは難しかった。
それは、あたしたちが逃がしてしまった魂体。
「菜々ちゃん、ごめん」
暗い顔で、夜耶は深いため息をついた。後ろからあたしが、声をかけた。
「夜耶、大丈夫?」
窓を眺めた夜耶は、がっかりしていた。
その夜耶に、あたしは頭を撫でてあげた。
「うん、あの子は『鬼火』になっちゃうのかな?」
「おそらくね、でもあたしたち『鎮魂少女』の最後の目的ができたわ」
あたしは、それでも前を向いていた。
心配している夜耶に、笑顔を見せたあたし。
夜耶は、なんだか泣き出しそうな顔であたしを見ていた。
「あの魂体を、『戒壇の日』までに、なんとか探しましょ。絶対に、二人で」
あたしは、右手に持っていた『霊体電話』を握り締めて心に誓った。
夜耶もまた、あたしに同意してくれた。『霊体電話』を、持って構えていた。
あたしと夜耶は、薄暗い社会科準備室で『霊体電話』を交えたのだった。
それは、もうすぐに迫った『戒壇の日』までに解決するあたしの最後の仕事と考えていた。
そう思えると、今まで楽しくなかった『鎮魂少女』が、ちょっと楽しく思えた。