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No.441の審判  作者: 夜桜 冥


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3/5

参の罪

揺れる心、迷いの中で見えたのは、鋭い刃のような覚悟だった。

三度目だ。


そう思った瞬間、

自分でも驚くほど、心が静かだった。


床に広がる白は、相変わらず無機質で、

血の痕ひとつ残らない。


《裁定完了》

《次の対象を転送します》


「ああ……はいはい」


返事みたいに、声が漏れた。


自分でも気づく。

慣れてきている。


考える前に、受け入れている。


「……最悪だな、俺」


そう呟いたのに、

胸の奥にあるはずの重さは、ほとんどなかった。


◆ ◆ ◆


光の輪が開く。


現れたのは、

どこにでもいそうな男だった。


三十代前半。

安いシャツに、くたびれたスニーカー。

爪も短く、髪も整っている。


善人、と言われたら

大抵の人は頷くだろう。


《対象:No.1184》

《罪状:傷害致死》

《証拠一致率:94.12%》


「……またか」


思わず、ため息が出た。


男は、状況を理解できていない顔で、

きょろきょろと周囲を見回している。


「……ここ、どこですか……?」

「俺……さっきまで……」


記憶が、流れ込む。


――夜の路地。

――酔った男たち。

――「金出せよ」

――胸ぐらを掴まれる。

――必死に振り払う。

――足を滑らせる。

――鈍い音。

――倒れたまま、動かなくなる相手。


「……カツアゲ、か」


少女が、いつもの調子で言った。


「正当防衛に見える?」

「それとも、行き過ぎ?」


「……どっちでもいいだろ……」


俺は、そう答えてから、

一瞬だけ言葉に詰まった。


――どっちでもいい?


さっきまでの俺なら、

そんな言葉、吐けなかったはずだ。


男が、俺を見た。


必死な目だ。


「……俺、悪くないですよ……!」

「殴ろうとしたのは、向こうで……」

「ただ、振り払っただけで……!」


「知ってる」


口から、勝手に出た。


「そういうの、もう見た」


男が、きょとんとする。


少女が、ちらりと俺を見る。


「……へえ」


その視線に、

わずかな違和感を覚えたけど、

すぐに無視した。


《裁定者No.441》

《裁定を開始してください》


カードが、現れる。


《有罪》

《無罪》


「……なあ」


俺は、男を見下ろした。


「もし無罪だったらさ」

「お前、また夜道歩ける?」


男は、答えに詰まる。


「……え……?」


「今度は、もっと運が悪いかもな」


その瞬間――

自分の口調に、ぞっとした。


でも、止まらなかった。


「逆に、有罪なら」

「全部、ここで終わる」


「楽だろ?」


男の顔が、青ざめる。


「……ち、違う……」

「そんな……」


《残り15秒》


胸の奥が、

少しだけ、熱を持つ。


――選ぶ側。

――決める側。

――生殺与奪を握る側。


「……」


俺は、カードを見つめた。


そのとき、

はっきり思った。


“前より、迷ってない”


それが――

一番、怖かった。


◆ ◆ ◆


男は、膝から崩れ落ちた。


「……お願いします……」

「俺……生きたいだけなんです……」


その言葉を聞いた瞬間、

胸の奥で、何かが冷めた。


――まただ。


同じ顔。

同じ声。

同じ命乞い。


「……なあ」


俺は、ゆっくりと息を吐いた。


「お前さ」

「助かったら、今日のこと忘れるよな」


男は、必死に頷く。


「はい……! 絶対……!」

「もう夜道も歩きません……!」


《残り5秒》


その様子を見て、

不思議と、笑いそうになった。


――嘘だ。


そう思ったからじゃない。

どうでもよかったからだ。


「……分かった」


俺は、カードに手を伸ばした。


触れた瞬間、

光が走る。


男の身体が、固まる。


「……え……?」


その目が、俺を捉える。


期待と、恐怖と、

理解できない現実。


全部が混ざった顔。


光が、男を包む。


「……ち、違……」

「……助……」


声は、途中で消えた。


身体が、霧みたいにほどけて、

白い床に吸い込まれていく。


静寂。


《裁定完了》


――それだけだった。


胸は、痛まない。

喉も、詰まらない。


ただ、

終わった、という感覚だけが残る。


「……」


俺は、自分の手を見た。


震えていない。


「……あれ?」


そのことが、

妙におかしくて。


少女が、横に立つ。


「三人目」


「……ああ」


「ずいぶん、早かったね」


「……そうか?」


少女は、俺の顔を覗き込む。


「うん」

「もう、“裁定者の顔”してる」


その言葉に、

一瞬だけ、胸がざわついた。


「……悪口か、それ」


「褒め言葉、かな」


少女は、くすっと笑う。


「だって――」


「さっきの人」

「ちゃんと、裁いたでしょ」


「……」


否定しようとして、

言葉が出なかった。


《次の対象を準備中》


空間が、わずかに歪む。


「……なあ」


俺は、前を見たまま言った。


「これってさ」

「俺がやらなくても……」


少女は、首を振る。


「ダメ」


「ここは、“あなたが選ぶ場所”」


「……俺が……」


「そう」


少女の声は、やけに穏やかだった。


「だからね、No.441」


「あなたが壊れるのも」

「思い上がるのも」


「全部、あなたの選択」


その言葉が、

妙に胸に残った。


でも――

もう、深く考えようとはしなかった。


《転送開始》


光の輪が、再び開く。


俺は、一歩、前に出る。


ためらいは、なかった。


――裁く側でいる限り、

――俺は、正しい。


その考えが、

疑いなく、胸に根を張り始めていた。


裁きは終わらない。だが、一歩ずつ確かに前に進んでいる。


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