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No.441の審判  作者: 夜桜 冥


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2/5

弐の罪

選択は、いつも重くのしかかる。真実か偽りか。己の審判が、静かに動き出す。

意識が、唐突に切り替わった。


さっきまで漂っていた霧も、灰も、少女の声もない。

気づけば俺は、また同じ白い床の上に立っていた。


「……戻った……?」


《裁定者No.441》

《次の対象を転送します》


間髪入れず、床に白い光の輪が浮かび上がる。


「ちょ、待――」


言い終わる前に、人影が現れた。


若い男だった。

二十歳そこそこ。

細身で、少し背中を丸めて立っている。


安っぽいジャケットに、擦り切れたスニーカー。

街中ですれ違っても、まず気に留めないタイプ。


「……え……?」


男は周囲を見回し、最後に俺を見て、固まった。


「……あの……ここ……どこですか……?」


声が震えている。

怯えはしているが、取り繕う余裕もなさそうだった。


《対象:No.812》

《罪状:殺人》

《証拠一致率:62.31%》


「……は?」


思わず声が漏れる。


「殺人……?」

「こいつが……?」


男の顔から、一気に血の気が引いた。


「ち、違います……!」

「俺……そんな……!」


その必死さが、逆に胸に刺さる。


少女が、いつの間にか横に立っていた。


「まあまあ」

「まだ裁いてないでしょ」


「いや……」

「一致率、低すぎだろ……」


数字を指差す。


「六割って……」

「ほぼグレーじゃねぇか……」


「うん」

「だから、今回は“選択”になる」


嫌な言葉だった。


男は、縋るように俺を見る。


「お願いです……!」

「俺……本当に……!」


その瞬間、まただ。


頭の奥に、知らない記憶が流れ込んでくる。


――夜の路地。

――雨音。

――濡れたアスファルト。


フードを被った男が、ナイフを握っている。

目の前には、怯えた青年――目の前の“彼”だ。


――「金を出せ」

――「やめてください……!」


押し合いになる。

足がもつれる。

視界が揺れる。


「……っ……」


映像は続く。


――突き飛ばした。

――ただ、それだけ。

――相手が、後ろに倒れ――


鈍い音。


――動かなくなった。


俺は、無意識に息を止めていた。


男が、震える声で言う。


「……俺……」

「逃げようとしただけなんです……」

「殺すつもりなんて……本当に……」


嘘かどうかは、分からない。

でも――


さっきの男とは、明らかに違う。


《制限時間:30秒》


視界の端で、赤い数字が点滅し始めた。


喉の奥が、ひりつく。


俺の手の中に、カードが現れる。


《有罪》

《無罪》


「……クソ……」


正解なんて、どこにもない。


それでも――

選ばなきゃいけない。


俺は、その事実から

もう、目を逸らせなくなっていた。


◆ ◆ ◆


時間の音が、やけに大きく聞こえた。


《残り20秒》


心臓の鼓動と、赤い数字が重なる。


青年は、膝が抜けたみたいにその場に座り込んだ。


「……お願いします……」

「俺……人を殺すような人間じゃ……」


その言葉に、胸の奥がひくりと引きつる。


――さっきの映像。

――突き飛ばした腕の感触。

――倒れる瞬間の、相手の目。


「……殺すつもりは、なかった……」


俺が呟くと、少女がちらりとこちらを見る。


「“つもり”はね」

「結果の前では、あんまり意味ないよ」


「……っ……」


分かってる。

分かってるけど――。


《残り15秒》


もう一度、記憶が流れ込む。


今度は、事件の“あと”。


――雨の中、立ち尽くす青年。

――倒れた男の脈に、触れる。

――微かに首を振る。


――「……うそだろ……」


スマホを取り出す。

震える指。

だが――画面を見つめたまま、動かない。


――逃げる。

――振り返らない。


「……呼べなかった……」


青年が、嗚咽混じりに言った。


「救急車……」

「警察……」

「頭では分かってたのに……」


《残り10秒》


俺は、歯を食いしばった。


「……それで……」

「一生、背負うつもりだったのか……?」


青年は、黙って頷いた。


その目は、怯えよりも――

諦めに近かった。


「……毎日……」

「ニュースが怖くて……」

「人の顔、まともに見れなくなって……」


少女が、淡々と言う。


「でもね」

「それで、死んだ人は戻らない」


《残り5秒》


正論だ。

反論できない。


でも――


俺の頭に、最初の男の顔が浮かんだ。


子どもを殴りながら、

自分を正当化していた、あの目。


そして、今目の前にいる青年の、

壊れそうな表情。


「……クソ……」


俺は、カードを見つめた。


《有罪》

《無罪》


“結果”だけを見れば、有罪。

でも――


俺が裁いているのは、

本当に“罪”なのか。


それとも――

“人”なのか。


《残り1秒》


俺は、震える指で――

一枚のカードに触れた。


光が、空間を満たす。


青年の目が、大きく見開かれる。


「……え……?」

「……ちょ、待――」


言葉は、最後まで形にならなかった。


身体が、ゆっくりと光にほどけていく。

悲鳴でも、感謝でもない、

意味を持たない息だけが漏れた。


次の瞬間、そこには何も残らなかった。


静寂。


《裁定完了》


俺は、しばらく動けなかった。


「……今の……」

「……俺が……」


言葉が続かない。


少女が、いつの間にか隣に立っていた。


「後悔する?」


「……分かんねぇよ……」


「そう」


少女は、それ以上何も言わなかった。


終わりのない問いに、答えはまだない。次の審判が、静かに迫っている。


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