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父が亡くなったのだと妹から連絡があった。父の死因は転落だそうだ、お酒に酔った勢いで橋から落ちてしまった、と。父はアルコール中毒であったため、いつしかそうなってもおかしくはなかった。自分はしばらく家族とは会っていなかった。父や母とはもう会うこともないと思っていたし、妹から連絡があったこと自体が意外だった。今は、娘との二人暮らしである。妻は7年前に亡くなった。あまりにも早い周囲の死に、「死」という概念が変わりつつあったが、私にとって死とは仕方のないものだという認識はずっと変わっていなかった。葬式には行った。久しぶりに会う親族は自分のことを嫌なことを見るような目で見ていた。私が前科持ちだからだ。関係ない、自分には関係ない人達だ。もう二度と会うことはないと誓った。娘を家に返したあと、居酒屋に一人で出かけた。ひとりで飲みたかった、お酒だけが自分を慰めてくれる気がしたからだ。しばらく飲んだ。おそくなるまえに帰らなければ、娘はもう寝たのだろうか。帰れなくなる前に、帰ろう。外は雨が降っていた、それも、歩いて帰るには支障がある程の量だった、自分は傘を持っていなかった。ちくしょう、こんな時に限ってよ。大きめな声で言ってやった。
「なぁ、あんた、あんた、傘がないのかい?突然降り出したからなぁ。」
「あぁ、雨予報なんてなかったからね。」
「俺の傘、貸してあげようか?」
「いいのかい?ふたつ、あるのかい?」
「いや、これ一本しか持ってないよ。」
「じゃあ、君はどうするんだい。」
「それは後で考えればいいさ、でも、傘を貸すには条件があるよ。」
「いくらだい?」
「いやー、お金なんかに興味はないかな。たださ、もうちょっと俺との飲みに付き合ってくれればいいのさ。あと何杯かね。」
「ちょっとだけ、なら。」
「きまり、いいノリだね、俺もさ、ちょっと人と話したい気分でね、よろしく頼むよ、俺吉田な。」
吉田は感じのいい人だった。自分の話をよく聞いてくれたし、彼自身の小話も面白かった。いつしか自分は、自分の過去の罪や謝罪の念について彼に話をしてしまった。なんだか初めて会った気がしなかったのだ。
「吉田さんなら、僕のこと、なんでも受け入れてくれるかい?」
「受け入れるさ、友達だからね。」
「僕はここでひとつ、友人に打ち明けてしまいたいことがある。このことは、僕を常に苦しめるんだ。今後長い友人関係が続くとして、僕はこれを隠しては君とは仲良くできない。だから、今、打ち明けてしまいたいんだ。」
「言ってみな。酒の席だ、明日には忘れてるかもな。」
「吉田さん、僕は、実は前科持ちなんだ。」
「へー、どんな?」
「殺人未遂。」
「そんなに殺したい相手がいたのかい?」
「んー、今となってはわからないや。」
「君は、殺しはしないよ。そして殺されない。」
「どうして?」
「僕にはわかるんだ。」
「驚かないんだね。」
「じゃあ、俺も1つ打ち明けたいことがあるんだ。いいかい?」
「なんだろう。」
「僕は、タイムトラベラーさ。」
「まさか、吉田さんやっぱり面白いな。」
「君は、未来で、多くの人から恨まれているんだ。」
「冗談はやめてくれよ。酔いが冷めてしまうよ。」
「でも君には使命があるんだ。その使命を果たすまでは君は死ぬことはできなんだよ。実際、君はいつも死ぬか死なぬかの中で不自然な程に生き残ってきただろ?」
「使命?」
「そう、使命。」
「それは、なんだい?」
「2045年の5月5日、君は、ある女性から交際を申し込まれる。その申し込みを断ってくれればよい。」
「ええと、それだけ?」
「そう、それだけ。」
「死ねないほどの使命といいつつ、そんなもんなんだな。」
「それが、重要なんだよこれが。バタフライエフェクトってやつさ。」
「わからない、教えてくれよ。」
「たぶん、この時代の人に説明してもわからないよ。」
「じゃあ、分かるように説明してくれ。」
「それは、できないよ。」
「なぜ?」
「いろいろできないこともあるんだよ。」
「じゃあ、交際する。」
「それはだめだ。」
「そっちだけの条件を飲めなんてフェアじゃないな。」
「わかったよ、君には分からないとおもうけどね。未来はちょっとした現象によって変化してしまうんだよ。そして、その多くは、大した問題じゃないんだ。未来ってのはおよそ方向が決まってて、その方向にさえ向かっていれば、問題ないんだよ。たまたま、君が交際を申し込まれるのを断ることが、その先の人類の未来を分けてしまうキッカケになる事象だったんだよ。そこに理由はないんだよ。」
「もし、交際を断らなかったら、どうするの。」
「この世が嘘に塗れた世界に変わっていくんだ。」
「ふーん」
「でも、今このことを話したことで、ちょっと未来が変わってしまったかもしれない。」
「そんな些細なことで変わるもんかね。」
「少なくとも、女が交際を申し込んでくるのが5月5日ではなくなった可能性が高い。前後2ヶ月は気をつけていた方が良い。」
「吉田さんは、どうしてそんなに詳しいの?」
「それも言えないや。」
「言えないことが多いね。」
「守秘義務があるんだ。」
「公務員みたいだな。」
「公務員だからね。」
「そうなんだ。」
「とにかく、交際してはダメだ。」
「その女の子はさ、特徴とかはわからないんですか?その子じゃない子から交際を申し込まれたらお付き合いしたいし。名前とか。」
「背は高い、知ってる限りではいつも灰色のスーツを着てた。あと、20代。名前は言えない。」
「背が高くて、灰色のスーツを着ている20代の女性なんていくらでもいると思うけどな。」
「とにかくさ、ダメなものはダメだよ、未来を良い流れにしていくには、君がこの誘いを断ることが1番手間がなくていいんだよ。」
「ふーん。」
吉田はそれからも話を続けた。とにかく2045年の自分が、20代のスーツを着た人からのお誘いを断ることができればそれで良いと吉田は言い続けていた。
その日は、日が昇るまで語り明かした。
「吉田さん、今日は楽しかったよ。」
「こちらこそ、あとは未来の君と飲んでくるね。」
「そうなんだ、ところで、未来の僕とはどういう関係で?」
「君と僕は、ただの友人さ。昔のな。」




