7話 能力の確認とやらかし.
僕の願いが通じたのか、リア姉がすぐに戻ってきた。手には温かいスープとパンが乗ったトレイを持っている。
「ユラ。ここに置いとくね。ちょっと片付けしてくるから、いい子で待ってて」
そう言って、リア姉は食事を机に置くと、再び部屋を出ていった。さりげなく、扉を凍らせて。
「……」
監禁? 僕が部屋から出られないじゃないか。まあいいけど。
それにしても、部屋の外がうるさい。全く、何をやっているんだ。多分、リア姉が父さんや母さんを足止めしに行ったのだろう。母さんと父さんがリア姉を叱っているような、そして、リア姉がそれを無視し、ついでにメイドも拘束している光景が、容易に目に浮かぶ。
そんなことよりも、ご飯だ。僕はスプーンを手に取ると、温かいスープを一口すくった。
「いただきます」
うん。おいしい。温かいスープが喉を通る。
そのぬくもりが、まるで現実に引き戻してくれるようだった。
生きてる――そんな当たり前の感覚が、少しだけ、胸に沁みた。料理はいつもメイドのセリスが作ってくれるんだ。セリスの料理は最高。そういえば、リュリュは料理できないんだっけ?
熱々のスープを飲み込みながら、僕はふと思い出した。そうだ、気絶する前、『スキル「ぬいぬい」の詳細が確認できる』と、頭にアナウンスがあったっけ。
あの時は全然気にする余裕がなかったけど。
僕は、スプーンを持つ手を止め、改めてスキルについて確認してみようと意識を集中させた。
すると突然、目の前に半透明のスクリーンが現れた。それは、まるでゲームのステータス画面のようだ。僕はスプーンを持つ手を止め、スープの入った器から目を離し、そのスクリーンに釘付けになる。
スキル[ぬいぬい]
効果0「起源のぬい」:(有効回数:0回)(スキルを使えるようになるにはこの効果を発動する必要がある。)
自分だけの、特別なぬいぐるみを生成
生成には膨大な魔力が必要だが、非常に強力な力を持つ。(すべてにおいて非常に高い耐性を持ち、自動修復、高い機動力、効率100%の魔力伝達効率など)
ぬいぐるみに憑依して、自由に動かすことも可能。
効果1「ぬいぐるみ生成」: 魔力を消費してぬいぐるみを自由自在に生成。
効果2「ぬいセカ」:
信頼関係を築いた相手や、倒した相手を模したぬいぐるみを生成。(サイズは手のひらサイズより少し大きめ)
生成したぬいぐるみはその模した相手の能力を完全に再現できる。 ただし、ぬいぐるみを作りたくないと思ってしまうような可愛くないあるいはかっこ悪い相手だとぬいぐるみが作れいない。
「……なるほど」
僕は思わず声に出していた。
そうか、あの時僕が作ったのは『起源のぬい』だったんだ。そして、このスキルは、その『起源のぬい』を作って初めて正式に解放されるものだったらしい。だから、六年間、僕が魔力をひたすら使い続けたのは、このスキルを解放させるための、言わば「魔力溜め」だったということか。
それにしても……『起源のぬい』の能力、すごい。この能力は一度きりでもう使えないようだけど、自動修復に、効率100%の魔力伝達効率。そして、僕がぬいぐるみに憑依して動かすこともできる……。これなら、脆弱な僕の体でも、ぬいぐるみを介して思う存分に戦うことができる。
つまり、僕がこのぬいぐるみに憑依すれば、疑似的にではあるが、僕自身が求めていた意志を持つ最強で最可愛で最高のぬいぐるみになるということだ。まだ、魂とはという難題の解にはたどり着いてないが、それでもついに僕自身が憑依することで夢である最高のぬいぐるみの完成だ。
まさか、自分自身がぬいぐるみになるというか憑依することで夢が実現するとは思ってなかったけど。まあ、でも、いつかは僕の憑依なしで意志を持つぬいぐるみの作成はあきらめない。
そして、他の二つの効果。『ぬいぐるみ生成』と『セカぬい』。
『ぬいぐるみ生成』は、単純に魔力を消費して、ぬいぐるみを自由に作れるってことか。これで、ぬいぐるみのないストレスから解放される。たくさんこれからぬいぐるみを作ろう。
そして、『セカぬい』……。
「信頼関係を築いた相手」や「倒した相手」を模したぬいぐるみを生成できる? しかも、その能力を完全に再現?
……これ、かなりやばいスキルかもしれない?今までスキルを解放するのにすごい大変だっただけはある。
しかも、最後に「可愛くない、あるいはかっこ悪い相手だと作れない」と書いてある。僕の美意識に反するものは、ぬいぐるみにならない。これは、まさに僕のためのスキルだ。
このスキルさえあれば、「ぬいトピア」を実現できる。お金も、人員も、すべて手に入れることができる。
そして、朝食を食べ終えて改めて考える。
まずは何しようかな。
やってみたいことはたくさんある。
そうだ、まず、この子の名前を決めないと。
名前を付けるのは重要だよね。
特に、意味はないけどなんとなく。
そして、肝心の名前なんだけど、もう決まっている。『アール』。英語で言うところの「R」だ。
僕にとってそれは、最強、そして理想の実現を意味する、特別な文字。この世界を一緒に過ごす**最高の『分身』**の名前に、これ以上ふさわしいものはない。
理由は話すと長くなるが、簡単に言うと僕の前世のある業界でよく使っていたセカンドネームだ。
「アール、これからよろしくね」
そう呟くと、僕が抱きしめているアールが、ほんのりと温かくなった気がした。その瞬間、目の前のスクリーンに新たな表示が現れる。
どうやら、アールの詳細ステータスが見られるらしい。僕は迷わず「詳細」という文字をタップする。
アールの詳細ステータス
名前: アール
種族: なし
属性: なし(青)
魔力量:0(+測定不能)
スキル: なし(ぬいぬい)
称号: 原初のぬいぐるみ、ぬいぐるみ★(+...)
うーん? よくわからない。どういうことだ?正直これじゃあ強さがわからない。 それにかっこ内の表記は…ああ、なるほど。憑依状態のときのステータス、つまり僕自身のステータスが加算されるということだね。ということは、僕の属性は青なんだ。初めて知った。そういえば、リア姉や両親も青属性だったね。
家系的なものだろうか?青属性というのは水魔法と氷魔法が使える属性だ。結構応用がきいていい属性だと思う。
それにしても、魔力量が「測定不能」って……。しっかりしてよ、ステータス。全くもう。これじゃ、自分がどれだけ魔力を使えるのか、正確に把握できないじゃないか。
すごい気になっていたことなのに。今自分の魔力量がどれくらいか知りたかった
。きっとすごい魔力量かなと期待していたのにまさかの測定不能。測定できないほど魔力量があるということ?
まあいいや。とりあえず僕の魔力量はかの有名な数字53万ということにしておこう。流石に僕の魔力量が実際にたった53万のはずはないけど。
でもカッコいいよね。僕の魔力量は53万です。キラン と言ってみたりしてみたい。
次に、この「称号」ってなんだろう? アールは二つの称号を持っているようだ。すると、その詳細がまた新たに表示された。
称号詳細
原初のぬいぐるみ: すべての味方のぬいぐるみの全能力を1.2倍にする。
ありとあらゆる超特殊攻撃に耐性を持つ。
ぬいぐるみ★: どんな汚れもつかず、常に最高の状態を保つ。
イメチェンや服の変更が自在に行える。
「……え?」
僕は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
「原初のぬいぐるみ」の能力、やばすぎる。「すべての味方のぬいぐるみの全能力を1.2倍」? これは、アールが僕の隣にいるだけで、僕が今後作るぬいぐるみが全部強くなるってことか。それは、想像以上の効果だ。1.2倍はあんまりすごくないように感じるかもしれないが、ゲーム好きの方ならわかるだろう。基礎能力を底上げする1.2倍がどれだけ大きく、どれだけ強力な「壊れバフ」か。これで「ぬいトピア」計画が、一気に現実味を帯びてきた。
後半に書かれている「超特殊攻撃に耐性を持つ」という部分は、正直よくわからない。超特殊攻撃って何? 時間停止とか? いや、そんなものが実際に存在するとは思えない。科学的にありえない。でも、これくらいレベルの理不尽な特殊攻撃に耐性がある、ということなのかな。……まぁ、いざというときに役立つかもしれない。
あとは「ぬいぐるみ★」についてだね。
「どんな汚れもつかず、常に最高の状態。イメチェンも服の変更も自在……」
これは完璧だ。 衛生面、デザイン面、すべてにおいて最高の機能。イメチェンも可能。気になる。試しにツインテールから僕と同じようなサイドポニーテール(高め)にしてみる。これは!?確かに僕を模したようなぬいぐるみだなとは思っていたけど、髪型を一緒にするともう完全に僕を模したようなぬいぐるみだ。可愛い。でも、ツインテールのほうがぬいぐるみはいいね。もとに戻す。
それにしても、称号に付属能力があること自体驚き。スキルでいいと思うんだけど。何か違うのかな?
まあ、考えても仕方ないね。だって、まだこの世界の常識全く分かってないもん。あとで調べてみよう。
ということで、次はさっそくこの最高のぬいぐるみ(アール)に憑依してみよう。自分がぬいぐるみになるなんて、考えたこともなくはないけど、まあそれはそれとして。
さて、どうやるんだろう?
頭の中にスキルと能力のリストはあるけれど、詳しい操作方法は書かれていない。僕は目を閉じて、アールに魔力を流すような、意識を移すようなイメージをしてみる。
次の瞬間、まるで、もう一人の自分がいるかのような感覚。そして、そのもう一人の自分が、ゆっくりと僕の意識を吸い込んでいく。
「……っ」
目を開ける。
先ほどまでとは異なった視界。少し視点が下がったが、しかし、視野が広い。僕は、今、僕の本体に抱きしめられている。僕は、僕の体から意識が抜けて、アールの体に憑依できたようだ。
「……」
言葉にならない感動が込み上げてきた。
……感覚が、違う。
手を動かしたつもりなのに、動くのは“ぬいぐるみ(アール)の腕”。
軽い、けど確かに自分。息がない。心臓の鼓動もない。
――なのに、確かに“生きている”。
そして何よりすごい万能感だ。これまでの僕の体は、ただでさえ脆弱で、少し動くだけで疲れてしまうほどだった。だけど、このぬいぐるみの体は、まるで羽のように軽い。何でもできる気がする。
空中にだって、どこへでも行ける気がする。それに、第五感ともいうべき感覚もある。
僕は、アールの体を操作し、ふわりと宙に浮いた。そのまま、高速で部屋の中を縦横無尽に飛び回る。
「……本当にできた」
楽しさのあまり、僕は笑みを浮かべる。ベッドの上をくるくると回り、天井に近づいてみたり、床ギリギリまで降りてみたり。速度を上げて、部屋の端から端まで一瞬で移動する。
楽しい!久しぶりの体を自由に動かす感覚。本体は体力がなくベットの上から基本降りれなかったから、余計に自由に動き回るのが楽しい。
それに、空中を浮くなんてロマンの塊。まだまだ、動ける。
僕は喜びのままに、さらに加速した。そして、そのスピードに対処できる能力というか経験などあるはずもなく勢い余って、部屋の壁に激突。
ドオォォォンッ!
「……え」
僕は、その場で動きを止める。ぶつかったのは、屋敷の柱の部分だ。柱は一番頑丈な部分。さらに、この屋敷、アルヴェイン家は、耐久性をあげるために屋敷の壁や柱はすべて魔力で強化された、相当頑丈な素材と結界でできている。
そんな壁の特に頑丈な柱部分がはずなのに、音を立てて沈んだ。
……沈んだ?
感覚的には触れただけのはずなのに。
僕は笑おうとして――笑えなかった。
僕がぶつかった場所には、きれいに、そして大きくへこんだ痕が残っていた。
「……うそ、やっちゃった……」
僕はぶつかった衝撃も、痛みも全く感じていない。アールの体に傷は一切ない。だけど、この凹みは……。
この小さな、可愛らしいぬいぐるみが、これほどの破壊力を持っているなんて。さすが僕が作った最高のぬいぐるみ。ていうかそんなこと思っている場合じゃない。
「……」
僕はへこんだ柱を見つめ、どうしようか考える。きれいに可愛いアールの形にへこんだ柱。どう考えても僕がやったことだ。リア姉に何て説明しよう。リア姉には怒られたことはないけどさすがに不安。
「……見なかったことにしよう」
切り替えていくしかない。ポジティブに。
きっと、いや絶対に、リア姉なら許してくれる。
ここで修理しようとしないのがユラクオリティ。いや、そもそも、魔法について知識が0だし、修理なんてできないけど。
それよりも、まずは気になることがある。僕の意識はアールに憑依しているけれど、僕の本体は、今どうなっているんだろう? こういう時は普通本体は寝ているのが定番だと思うけど。
ふと、自分の本体に視線を向ける。
ベッドの上で、僕の本体が必死に手を伸ばし、僕……アールを捕まえようとしている。その動きは、まるで自分自身のようだ。でも、表情はいつもと同じく、いやどこかそれ以上に無表情で、どこかぼんやりとしている。
「……え、動いてる?」
僕は驚きを隠せない。確実に意識はいまこのアールのぬいぐるみの体にあるのに、本体が勝手に動いているなんて、普通あり得ない。
僕はとりあえず、本体に捕まってみることにした。すると、本体は僕を両手でしっかりと抱きしめた。その抱きしめ方はは、僕がアールを抱きしめている感触と、同じだった。
「この状態で、ステータスを確認……」
僕は、アールの姿のままで、自身のステータス画面を呼び出した。
スキル「ぬいぬい」
効果0「起源のぬい」:(使用済み)
…
じっくり見ていくと見つけた。
僕が起源のぬいぐるみつまりアールに憑依中、本体はいつもの行動を予測して自動で動く――らしい。
つまり、僕が意識を抜いても、寝て、食べて、着替えて……勝手に生活するってこと?
やば。もう一人の僕、完成してるじゃん。
すごすぎる。
これなら、僕がアールとして活動している間も、本体は食事をしたり、着替えをしたり、日常生活を送ることができる。
「いや、ちょっと待って」
僕は慌てて続きの文章を探した。こんな便利な能力に、制限がないわけがない。
『しゃべることができないこと、スキルや魔法が使えないこと』
「……なるほど。制限は流石につく感じだね」
確かに、会話ができないのは致命的だ。言葉のやりとりはすべて、**『いつも通りの無口なユラ』**として通す必要がある。そして、何よりスキルや魔法が使えないのは、戦闘においては大きなハンデになる。まあ、この本体の体で戦闘なんて前提としてできるかという話だけど。
でも、たとえ制限があたとしても便利だ。
この能力があれば、二つのことを同時に行える。僕はアールとして、お金稼ぎや情報収集をしながら、本体は家での生活を送れる。これなら、親やメイドたちに僕の活動がバレる心配もない。
「それにしても、このオートモードって、どこまで賢いんだろう?」
僕は試してみることにした。
「……おはよう」
アールの姿のまま、僕が本体に話しかけてみる。
すると、本体は何も答えなかった。やはり、喋ることはできないようだ。だが、反応はするようで頷く。これならしゃべれなくても最低限は大丈夫そう。
次に、僕は本体の腕を動かそうと試みた。しかし、腕はびくともしない。僕がアールに憑依中、意識的に操作できるのは、アールの体だけだ。でも、痛みは連動しているようで本体の腕を少しつまむと痛みを感じる。痛い。ということはもし万が一本体に何かあったら気が付くことができる。
「……これは、本当に、便利」
僕の『ぬいトピア』計画は、着々と現実味を帯びてきている。この能力があれば、誰にも邪魔されずに、僕だけの理想郷を作り上げることができる。
登場人物
アール ユラの最高傑作のぬいぐるみ。起源のぬいぐるみ。




