2章 3話「ジエンペラー」の鬼怒 サイド
俺は――ごく普通のサラリーマンだった。
毎朝満員電車に押しつぶされ、上司に怒鳴られ、夜遅くにコンビニ弁当を食って寝る。
そんな、どこにでもいる中年。
特別な才能なんてないし、努力家でもない。
ただ一つ特徴があるとすれば――金髪で顔が怖い、それだけだった。
父親が外人だったから、髪が金で、目つきも鋭い。
会社ではよく「鬼の木戸さん」なんて呼ばれてた。
でも実際は、犬も逃げるほど小心者だ。
ホラー映画も見られない。
注射も嫌い。
……そんな俺が、異世界転移した。
気づいたら、見知らぬ草原に立っていた。
見上げれば二つの月、見下ろせば巨大な角を持つウサギが走っていく。
正直、パニックだった。
だが――スキル欄を見て、俺は思わずガッツポーズをした。
> 【スキル:絶対強者】
……強そうだ。
これ、絶対強いヤツだ。
小説で読んだやつだ!
勇者かチートだろ、これ!
そのときの俺は本気で思っていた。
「やっと人生逆転のチャンスが来た」と。
テンプレ通りに冒険者ギルドに行き、テンプレ通りに登録し、テンプレ通りに初依頼を受けた。
――そして、テンプレ外の現実に叩きのめされた。
ウサギだ。
ただのウサギ型の魔物。
名前は《ホーンラビット》。
見た目は可愛いが、爪が鋭い。
俺は、初手で腕を引っかかれた。
血が出た。
痛かった。
パニックになって剣を振り回したけど、全然当たらない。
魔法? 詠唱? なにそれおいしいの?
……結果、俺はウサギから逃げた。
帰り道、ステータスを見直した。
HPは半分。
スキル説明を読んでみた。
> 【絶対強者】
> 「使用者を“絶対強者”に見せる」
――見せるだけ。
その瞬間、俺の中で何かが死んだ。
強者じゃない。
“強そうに見える”だけ。
つまり、俺はただの強そうな雑魚だった。
とりあえずこのスキルはOFFになっていたのでONにしておいた。
なにかいい方向に変わるといいなとお守り程度の気持ちで
だが、悲劇(喜劇)はここから始まった。
次の日、魔物討伐をあきらめ森で薬草を採っていたら、強そうなゴブリンの集団に遭遇した。
筋肉モリモリのリーダー格が俺を見て――逃げた。
あいつら、全力で。
いや、こっちが逃げたいんだけど!?
俺、今、丸腰だぞ!?しかも、ウサギすら倒せないんだぞ!
そしてその少し後、森で別の冒険者パーティがたまたまその様子を見たいたらしく、こう話していたらしい。
> 「ゴブリンエンペラーを見たんだ。Aランク級の化け物だ!」
> 「俺たちは4人がかりでも手も足も出なかった。さすがに死んだと思ったぜ。でも、そこに金髪の大男が現れて、その男が睨んだだけでゴブリンエンペラーを追い払ったんだ!」
> 「あれは間違いない、彼が真の冒険者だ!」
……その“真の冒険者”とやらの、俺です。
ただ立ってただけです。
ゴブリンを前にしたとき、本当はすぐにでも逃げ出したいと思っていて、でも恐怖で逃げることすらできなかった俺です。
誤解なんです。
それから噂は瞬く間に広がった。
「金髪の男がAランク魔物をたやすく退けた」
「最強の力を持つ伝説の男」
「恐怖をまき散らす王の中の王」
「帝王――ジエンペラー」
俺は、なぜかそう呼ばれるようになった。
最初は笑ってたさ。「いやいや、勘違いだよ」って。
でも、誰も信じてくれない。
むしろ、「謙虚さすら帝王の風格」とか言われた。
……どう反応すればいいんだよ。
そこから、地獄のような“昇格”が始まった。
Cランク。Bランク。Aランク。
気づいたらSランク冒険者になっていた。
討伐数ゼロ。
討伐痕跡もゼロ。
代わりに、なぜか森で“氷漬け”にされた高位魔物が見つかるたび、偶然俺が第一発見者になる。
「またジエンペラーが一夜で討伐を終わらせた」
いや違う。
俺は薬草を採ってただけだ。
氷漬け誰? 犯人は誰なの??
いつしか、歴代最強の剣士、とか二つ名に「ジエンペラー」とかつけられてしまった。
すごい名誉だ。だが、全然うれしくない。俺は弱いし、心も強いわけじゃない。それに、腰に異世界らしく剣を携えているが、全く使えない。
やすそうなガラクタ屋で買った、見た目だけ豪華な剣だ。性能は低いだろう。
スキルを発動すれば今のところみな逃げていくが、誰もが俺より実際は格上。
本当に気が気じゃない。
当然ランクも上がれば、討伐依頼の難易度も上がり、何度か目の前に強そうな魔物と遭遇したり、俺の名を聞いて挑みに来たものなどがいたが、「絶対強者」という名の威圧で戦いもせずになんとか勝ち進めていた。
さらに、この勢いを加速させることがつい最近起こった。
最初にギルマスに会ったとき、俺はただ挨拶しただけだった。準超越級に最も近いと言われたもとSランク冒険者で未だ、このギルドの最強を冠するギルマスに。
少し、俺が強者ではないと見抜いて相談に乗ってくれるということも期待しながら。
なのに、あの大男が青ざめて言った。
「な、なんというオーラだ……勝てるイメージが一切浮かばない」
以来、ギルマスは俺を見るたびに背筋を伸ばす。
「ジエンペラー殿。今日もご機嫌麗しゅう」
……いや、麗しくねぇよ。
お腹痛いんだよ。
薬草しか食ってねぇんだよ俺。
しかし、俺の内心とは裏腹に、俺はギルマスが勝てないほどの強者と噂が流れ、さらにギルマスも否定しないせいで、その噂は瞬く間に広がり、この国、サンセット最強の男なんて言われて。
そして、今日も――。
ギルドに入った瞬間、拍手と歓声が起きた。
「ジエンペラー様だ!」「最強の男だ!」
やめてくれ、こっちは胃薬が欲しいんだ。
そんな中、目の前で騒ぎが起きていた。
顔の怖い冒険者と、ぬいぐるみを浮かせた少女。
なんだあれ。ぬいぐるみ。異世界にぬいぐるみがあるんだな。というか浮いてるんだけど⁉
喧嘩か? 喧嘩はやめような? おじさんそういうの苦手なんだよ。
……なのに、なぜか、受付嬢が俺を見て叫んだ。
「ちょうどいいところに! ジエンペラー様、助けてください!」
俺は思った。
“なにも良くない”
だが、周りの冒険者たちは口々に言う。
「帝王が動くぞ!」
「Sランク様の手ほどきだ!」
「嬢ちゃん、死んだな!」
ああもう、どうしてこうなる。
逃げられない。
俺は、ただ重いため息をついて、言ってしまった。
「……訓練場を借りる。観客はなしだ」
カッコつけた。
いつものようにカッコつけてしまった。
なんで言った俺!?!?
いや、今さらこの威厳あるキャラを撤回できない!
そして今、訓練場。
俺の正面に立つ少女――ファイ。
小柄だが、尋常じゃない魔力を感じる。
まるで、炎そのものだ。
いや、炎どころじゃない。灼熱の神だ。
無理だ。勝てるわけがない。
「どうする。このまま戦うか?
俺とて無駄な戦いはしたくない。逃げてくれても構わないが」
頼む、逃げてくれ。お願い、逃げて。
俺、帰って平和に薬草採りたいの。
だがファイは、真っ直ぐ俺を見据えて言った。
「逃げるなんてできないわ。プライドが許さない」
終わった。
この世界の人はプライドが好きすぎる。
「本当にいいのだな。戦いは一瞬で終わる。始まれば無事では済まん」
俺は、スキルを全開にした。
体の芯から“絶対強者”の威圧を放出する。
これで逃げてくれ。お願い、ビビって帰ってくれ!
……だが、彼女は笑った。焼け石に水とはこのことだ。
「そうかもしれないわね。なら、全力で行かせてもらうわ!」
炎が爆ぜた。
空気が歪み、石床が焼ける。
あ、無理。死ぬ。確実に死ぬ。
――そして、俺の記憶は、そこで途切れた。




