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34話  地下への道

僕たちはシーラという案内人を得て、ノルト家の屋敷に秘された「宝庫」へと向かっていた。


「こっちよ」


 シーラの足取りに迷いはない。先ほど見せた深い絶望や、押し寄せたであろう数々の感情は、今はいったん心の奥底へ押し殺したようだ。  感情を殺す。それは昔の僕自身にとって覚えがあることだが、彼女の場合はそれが「得意」というよりは、あまりに過酷な日常の中で「慣れてしまった」のだろう。今の僕は感情を押し殺すなんてことは一切しないけどね。廊下の奥へと淡々と進む彼女の細い背中を、僕はリュリュと共に追った。


 辿り着いたのは、一階の、何の変哲もない突き当たりだった。壁には、高価そうでも貴重そうでもない、どこにでもありそうな平凡な風景画が一枚、所在なげに掛けられている。


「この絵画の裏に、隠し扉があるの。父と、執事のウラヌスシアしか知らないはずだけど……いま亡き弟が、前に命がけで見つけてくれた場所よ」


 シーラは淡々と説明しながら、絵画を壁から丁寧に外した。 「弟は、私のように賢いというわけではなかったけれど、勘だけは人一倍優れていたの」  ぼそりと、独り言のように彼女が呟く。その言葉の裏には、自分にはない「野性の鋭さ」を持っていた弟への、羨望と深い愛惜が混ざり合っていた。


 剥き出しになった壁面。そこには、肉眼では見落としてしまいそうなほど小さな鍵穴が、ひっそりと口を開けていた。


 カチッ、と小さな金属音が静寂に響く。  シーラが差し込んだ目立たない鍵が回り、彼女が壁をゆっくりと押し込むと、石造りの壁が音もなく奥へとスライドした。


 ギィィィ……。


 重厚な扉の先には、暗く、そして底冷えする地下へと続く石造りの階段が続いていた。  一段ずつ降りるたび、湿り気を帯びた冷気が肌を刺す。しかし、その先に広がる光景を目にした瞬間、寒さなど忘れてしまった。


 空間の中心に、銀貨、金貨、さらには白金貨が、文字通り山となって積み上げられていた。無造作に散りばめられた宝石たちは、薄暗い地下室の中で互いの輝きを反射し合い、辺りを非現実的な、どこか狂気を感じさせる光で満たしている。


「すごい……。これだけあれば、僕の計画も、一気に進む」


 思わず、独り言が漏れた。  これだけの資金があれば、一体どれほどの規模のことができるだろうか。国を丸ごと買い取ることすら、決して不可能ではないと思えるほどの、圧倒的な黄金の質量。


 そして、その山の中には、金目のもの以外にも古めかしい本や、正体不明の素材が混ざっていた。  鈍く光る頑強そうな鱗。透明度の高い水晶のような結晶。そして、光を吸い込むような、不気味なほど真っ黒な金属。  直接的には、どれもぬいぐるみとは無縁の「硬い物質」にしか見えない。  だが、僕の目には違う風に見えていた。このおおきな鱗はぬいぐるみの「外殻」に、黒い金属はぬいぐるみ剣の「芯材」に、宝石は可愛らしいぬいぐるみのための「ネックレス」や「瞳」に――。


 間接的に、それらは僕が目指す「最高のぬいぐるみ」のために、必ずや役立つだろう。  魔力を含んだ書物も、新しいスキルのヒントになるはずだ。


「ここには、父の秘密も隠されているはず……。今までは父に悟られないよう近づかなかったけれど、もう、どうだっていいわ」


 シーラは財宝には目もくれず、それらの山に埋もれた雑多な「書類」を震える手で見つめていた。彼女にとっては、黄金の山よりも、父の悪事の証拠こそが価値のあるものなのだろう。


 しかし、僕にとっては、それはどうでもいい他人のドラマだ。  カーキの悪事? 勧善懲悪? そんなことはどうでもいい。  シーラの言う通り、ここにはカーキを破滅させるための資料が山ほどあるのだろう。だが、簿記や経済学に疎い僕には、それはただの「紙のゴミ」にしか見えなかった。たとえ知識があったとしても、僕の優先順位は変わらない。


 僕の目的は、僕だけの楽園――「ぬいトピア」を実現するための資金集め。  そして、僕に敵対意志を見せた者を排除すること、ただそれだけだ。  正義の味方ごっこなんて、やりたい奴がやればいい。


「ぬいレイ、やって」


 指示を出すと、たくさんのぬいレイたちがどこからともなく表れて亜空間に回収していく。  大量の金貨、精緻な細工の貴金属。それらが消えるたび、僕の脳内で資産計画が形作られていく。 見ていて爽快だ。 リュリュも、満足そうに瞳を紅く輝かせた。


「フフフフフ……。これこそ、わたくしにふさわしき光景。罪深きカーキの財宝は、すべて我らがぬいトピアの礎となる。当然の報いですね!」


 リュリュが誇らしげに宣言した、その時だった。


 背後の空気が、一瞬にして凝縮されるような奇妙な感覚に襲われた。それは、殺気というよりも、物理世界の常識を無視して迫る、特定の波長を持つ何かが空間を切り裂くような、極めて異質な感覚だった。まるでリュリュのように影に潜む気配。


僕は、咄嗟に手のひらに魔力の流れを凝縮させ、青い光と共に愛用のぬいぐるみ剣を出現させる。思考よりも早く、振り返るよりも先に、迫り来る「何か」の正確な軌道に向かって、剣を払った。


キンッ!


甲高い金属音が、財宝の光が満ちる地下室に、乾いた破裂音のように響き渡った。



◇◇◇◇◇◇


キンッ!


甲高い金属音が地下室に響き渡った瞬間、僕は反射的に振り返った。ぬいぐるみ剣が弾いたのは、黒光りする短い投げナイフだった。それは音もなく、正確に僕の心臓があったであろう位置を狙っていた。ぬいぐるみに心臓なんてものはないが、その暗殺の意図は明確だ。


「暗殺者……?」


言葉にするまでもなく、状況を理解する。  ノルト家に雇われた刺客。財宝回収に意識が向く、最も無防備な一瞬を狙い澄まして仕掛けてきたのだ。


 次の瞬間、僕たちの足元の影が生き物のように蠢き、床から黒い泥のようなものが這い上がってきた。それは瞬く間に蛇のような形状を取り、僕たちの足首に絡みつく。


「ダークバインド」


 女の声だった。  落ち着き払った、氷のように冷たい響き。  暗闇の奥から響くその声と共に、影の蛇は僕たちの動きを封じようと、ギリギリと締め上げる力を強めてきた。


(……暗殺者。つまりカーキに雇われた『サシガメ』という刺客か。僕の平穏を乱す敵、すなわち、ただ潰すべき対象だ)


「フン。この程度の低級な闇で、このわたくしを繋ぎ止めようとは。愚かさの極みね」


 リュリュは退屈そうに言い放つ。彼女の体から溢れ出した微かな魔力の波動が、影の拘束を紙切れのように霧散させた。この種の闇属性や呪縛の魔術は、もはやリュリュの庭のようなものだ。


だが、僕はリュリュとは違う、より直接的な方法を選ぶ。ただただシンプルな力技。


パァン!


僕は、体に凝縮した魔力を一気に纏わせ、その放出の衝撃波で影を弾き飛ばした。周囲の空気が震え、地下室の土埃が舞い上がる。


しかし、その混乱の隙を突かれた。  シーラが捕らえられたのだ。シーラは得意の風魔法で回避を試みたようだが、暗殺者が使う影属性の魔法は特殊すぎた。風に干渉せず、物理を無視して伸びた影の手が、あっけなく彼女の体を宙に吊り上げる。


「えっ……!?」


 シーラの悲鳴が石造りの壁に反響する。


「やはり一筋縄ではいかないね。この獲物の対価は、もう少し積み増してもらわないと割に合わない」


声は、再び影の中から聞こえた。そして、声の主は、僕へと襲いかかってくる。


その気配の消し方は、驚くほどリュリュに似ていた。風切り音一つ立てず、暗闇に溶け込んだまま放たれる短剣の連続攻撃。僕の急所を、針の穴を通すような精度で狙ってくる。


 だが、僕にとっては――一切の脅威にならない。


僕はぬいぐるみ剣に極低温の氷属性を纏わせた。  刃を交えるたび、相手の体温と魔力を凍らせ、動きを鈍らせる冷気の檻。正面から迫りくる数条の銀光をすべて受け止め、相手の体勢がわずかに崩れた瞬間、カウンターの一撃を叩き込んだ。


「っ……!」


 氷の魔力が炸裂し、小柄な人影が勢いよく後方へ吹き飛んだ。  叩きつけられた衝撃でフードが脱げ、ようやくその姿が露わになる。暗殺者、サシガメ。闇と同化するための機能的な漆黒の装束と、魔道具の気配を纏った女。


 サシガメは空中で体勢を立て直し、壁に叩きつけられながらも猫のようなしなやかさで着地した。彼女は激しく咳き込みながら、驚愕の入り混じった目で僕を凝視する。


「なっ……なぜ。私の動きを、攻撃を……。完全な死角からの、気配を断った一撃だったはずなのに。完全に読めているというの……?」


「そうだねー。君の気配消しはなかなかのものだけど、僕のような最強で最可愛なぬいぐるみの前では、そんな小細工は意味をなさないんだよ。……常識でしょ?」


 僕は氷の剣を無造作に構え、淡々と告げた。事実を言ったまでだが、彼女にはそれが最大の屈辱に聞こえたのかもしれない。


「くっ……。こんな化け物だなんて聞いてない。でも、速さがダメなら……!」


 サシガメが再び姿を消す。床の影に溶け込んだようだ。  直後、僕の全方位から無数の短剣が飛来した。逃げ場を塞ぐような、死の包囲網。  だが、僕は動かない。慌てて回避する必要すらない。


(本物は、一つだけ)


 僕はただ、ゆっくりとぬいぐるみ剣を一閃させた。  幻影の短剣が僕の身体をすり抜けて消える中、ただ一つだけ実体を伴って迫る刃を、正確に弾き飛ばす。


 カキンッ!


 弾かれた短剣を、影から飛び出したサシガメが即座にキャッチし、そのままゼロ距離での連撃に繋げてくる。その身のこなし、ナイフ捌き、確かに一流の暗殺者だ。  だが、僕はノールックでそのすべてを受け止める。


 短剣とぬいぐるみ剣がぶつかり合い、地下室に火花が散る。


「どうして……視てさえいないのに!」


「君は気配を隠すのが得意なようだけど、僕には君の魔力の流れが、暗闇の中の松明よりもはっきりと見えているんだ。それに――」  僕は一度、背後の影で愉悦に浸っているリュリュに視線を向けた。 「影の扱いなら、リュリュの方が数段上だしね」


 僕はぬいぐるみ剣にさらに魔力を込め、彼女を押し戻す。


「くっ……このままでは……」


 サシガメは再び影に潜んでの離脱を試みる。だが、僕はそれを許さない。


サシガメは、再び姿を消そうとする。だが、僕は、それを許さない。


「拘束(ぬいぐるみ生成)」


僕がそう唱えると、サシガメの足元から一瞬で糸が噴き出し、強靭な布と糸が瞬時に彼女の足首を床に縫い付けた。これはスキル「ぬいぬい」の応用だ。ぬいぐるみというより糸や布を瞬時に生成する。僕のぬいぐるみの強度は並みの耐久性ではない。ぬいぐるみを生成できる効果範囲等の縛りがあることがネックだが、生成される布の強度は、僕の魔力に比例する。並の物理破壊や術式では、解くことすら叶わない「最強の檻」だ。


「なっ……動けない……!?」


 サシガメの顔に、初めて本当の焦燥が浮かぶ。

「さあ、おしまい。」


僕は、拘束されたサシガメに向かって、氷の魔力を纏ったぬいぐるみ剣を容赦なく振り下ろそうとした。


その寸前。


ビカッ!


サシガメの右目が、まるで漆黒の闇を極限まで凝縮したかのように、禍々しい光を放った。


「!?」


僕は、その瞬間、未知の攻撃に本能的な危険を感じて、即座に距離をとった。


しかし、どうやら逃げるのが間に合わなかったようだ。一歩退いたその直後、僕が持っていたぬいぐるみ剣が、魔力を根こそぎ奪われ、一瞬で蒸発するように霧散した。さらに、僕自身の体内の魔力も、わずか1パーセント以下とはいえ、ごっそり奪われていくのをはっきりと感じた。同時にぬいぐるみによる拘束も発散してしまう。


サシガメは、その隙を逃さず、瞬時に影の中に隠れた。


僕は、失われた魔力の感覚を無視し、即座に頭の中で状況を分析していた。


(今、目が光ったと思ったら、ぬいぐるみ剣の魔力を一気に奪われ、剣が消滅した。それに、僕自身の魔力まで持っていかれた。あれは、間違いなく魔眼の効果だ。魔力を直接奪い取る、厄介な能力……)


僕は、眉をひそめた。


(僕にとって雑魚であることに変わりはないけど、影に潜まれて魔力を奪う魔眼を持つ。僕が正面から相手をすれば、時間を浪費し、魔力を削られる。これは、最も非効率的な戦いだ。時間がかかりそう。それに敵とは言っても、よく考えたらこいつはただカーキに雇われただけの暗殺者。僕が自ら裁きを下すまでもない。これはリュリュのほうが相性は良さそう)


「リュリュ、あとは任せた。僕は先に地下に行ってる。」


僕は、リュリュに告げた。


「フフッ。わたくしの出番ということね」


リュリュは、そう言って、不敵な笑みを浮かべた。


僕は、影に捕まっているシーラの拘束を解き、そのまま部屋を出ていく。


「あ、ありがとう……」


シーラの声が聞こえたが、僕は、それには答えず、ただ地下へと向かう。サシガメは、僕を襲うことなく、僕はそのまま地下へと向かっていった。





紹介

暗殺者「サシガメ」  

見た目は少女であり、右目の魔眼が特徴。

見た目の割には年齢は高く、戦いの経験は豊富。

お金次第ではなんでも依頼をこなす。

だから、多額の報酬を払うカーキに今は雇われている。

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