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1章 30話 情報収集

リュリュと僕の話し合いは、肝心なところに進む。


「それにしても……」


 リュリュは、ぬいレイから共有されている映像――カーキとウラヌスシアの会話、その中でも決定的な部分が切り取られたハイライトを指で示した。


「それにしても、あのノルト家当主カーキ。最初はさ、『お金のために協力してくれるかもしれない、まだ話の通じる貴族かな?』って、ほんの少しだけ思ってたんだけど……これはもう、予想通りというか、予想以上に悪質だね」


 軽口のような言い方とは裏腹に、リュリュの目は真剣だった。


 ユラは、映像に映る二人のやり取りを、頭の中で改めて反芻する。


 ウラヌスシアと名乗る執事は、詳細こそ語られていないものの、明らかに表沙汰にはできない計画を進めている。その口ぶりには、長年水面下で積み重ねてきた悪意の手応えがあった。


 一方のカーキはどうか。


 地下で“何か”をやっていることを、隠す気もない曖昧な言い回し。暗殺者サシガメを実際に雇っているという事実。そして何より、ユラたちに対して意図的に争いの火種を投げ込み、利用しようとしていたこと。


 偶然でも誤解でもない。明確な意思をもった敵対行動だった。


 ユラは椅子の背に深くもたれかかり、胸の奥に生じた感覚を静かに見つめる。


 それは、怒りではなかった。激情に身を任せた憎悪でもない。


 ただ、自分の計画を理不尽に乱されることへの不快感。排除すべき障害を障害として認識したときに生まれる、冷え切った判断。


 初めて転生してから味わう、完全に理性的な敵意だった。


「……僕自身、あるいは僕の大切なものに手を出そうとするなら、容赦はしない」


 声は低く、淡々としていた。


「徹底的に潰す」


(誰かに――それも理不尽に――僕の計画を邪魔されることも、僕自身に危害が及ぶことも、絶対に許せない)


 思考は冷静に、しかし確実に加速していく。


(カーキは、僕に対して明確な敵意を向けた。暗殺者を差し向けるということは、つまり“敵認定”だ。そしてその過程で、僕のお金を奪い、場合によってはリア姉やルルアにまで影響が及ぶ可能性がある……)


 その可能性を想像した瞬間、ユラの中で迷いは完全に消えた。


 ユラの瞳の奥に宿る、研ぎ澄まされた冷光に、リュリュは息を呑む。


「えっ……ユラちゃん?」


 今まで何度も修羅場を見てきたはずの彼女でも、これは初めて見る表情だった。


「僕のお金が取られないように」


 ユラは、画面から視線を外さずに続ける。


「それから、僕の本体が暗殺者に襲われることが、万が一にも起きないように。今夜、この件は徹底的に潰す。いいね、リュリュ?」


(今回は、いつもの冒険者や盗賊みたいな“獲物”じゃない。明確な“敵”だ。敵は、確実に潰す。それだけだ)


 短い沈黙の後、リュリュは戸惑いを残しつつも、ゆっくりと頷いた。


「……もちろんです。襲われる前に襲う。倍返し、じゃなくて事前返しですね」


 そして、少しだけ言いにくそうに付け加える。


「でも、暗殺者が狙っているのは、ユラちゃんのお金じゃないよ? 本来は国に納めるはずの税金、だから……」




◇◇



 そのまま二人は、ぬいレイが映し出し続けるカーキ邸内部の映像に、再び意識を集中させる。


 スクリーンに映ったのは、先ほど一瞬だけ確認できた、カーキの息子と思しき少年だった。


 全身は傷だらけで、衣服は破れ、血と泥にまみれている。その瞳には、生きていると感じさせる光がほとんど感じられなかった。


 兵士たちに両腕を掴まれ、ずるずると床を引きずられていく。


 向かう先は、屋敷の奥。重い扉の向こうに口を開ける、いかにも怪しげな地下への階段。


 その光景は、ノルト家という屋敷が抱える異常性を、雄弁に物語っていた。


「ユラちゃん……これ、何してるんだろ……?」


 リュリュの声には、いつもの軽さがなかった。


「なんか……すごく、嫌な予感がする」


「……異常だね」


 ユラは低く呟く。


「まさかとは思うけど、あの息子を使って人体実験でもしているのかもしれない」


 冗談めかす余地は、どこにもなかった。


 リュリュも、神妙な表情で頷く。


 さらに画面の隅では、少年を庇おうとしたらしい一人の執事が、兵士たちに取り押さえられている様子が映っていた。


 必死に抵抗するも叶わず、彼もまた地下へと連行されていく。


 その光景を見つめながら、ユラは静かに思考を巡らせる。


(改めて考えても、このノルト家……いや、当主カーキは、どう考えても異常だ)


 ぬいレイが集めてきた情報。


 頻発するメイドや執事の失踪。彼らの疲弊した表情、抑えきれず漏れる愚痴。屋敷全体に漂う、言葉にできない不安の気配。


 それらを繋ぎ合わせれば、答えは一つしかなかった。


 表向きは善良で有能な当主。その仮面の下で、巨大で、取り返しのつかない悪事が進行している。


(正義感の強いヒーロー気質の主人公なら、きっとこういうのを放っておかないんだろうな)


 悪を許さず、不幸な人々を救うために立ち上がる。


 物語としては、美しい。


(でも、僕は違う)


 ユラの思考は、冷たく割り切れていた。


(他人の不幸なんて、僕には関係ない。どうでもいい。ただ、自分のために動くだけだ)


 悪いことをしている連中の方が、往々にして金を溜め込んでいる。


 だから襲う。それだけの話だ。だから、今さっき映像で連行された者や、被害を被っている者たちを救おうなんて思ってもいない。


 ユラは、静かに結論を出し、次の段階へと思考を進める。


(敵の本拠は、表の屋敷じゃない。間違いなく地下だ)


(でも、地下への入り口が分からない。しかも侵入者対策が厳重で、ぬいレイでも深部までは覗けない……)


 制約条件を一つずつ洗い出し、突破口を探す。


 これは、ユラにとって初めての“明確な敵”との戦い。


 そして同時に、過去最大規模となる、貴族の屋敷からの“資金集め”でもあった。


 すべては、他の誰のためでもない。


 自分自身のために。


 ユラは、静かな決意を声に乗せる。


「よし。今から、作戦会議を始めるよ。リュリュ」

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