1章 27話 母(エリス)、父(アストル)サイド 憂鬱な勤め
母、父サイド。
馬車の車輪が、乾いた石畳を静かに刻んでいた。
窓の外には、黄昏の光を浴びた麦畑が広がっている。
「……それにしても、前の視察先は、本当に当たりが強かったわね」
母・エリスは、扇で口元を隠しながら深く息をついた。
父・アストルは、苦笑を浮かべながら答える。
「ああ。書類上は問題なかったが、態度が問題だったな。
まるで私たちが国の回し者ではなく、搾取者だと言わんばかりだ」
「本当に……。公爵家を何だと思っているのかしら。
民を守るために、どれだけ裏で調整していると思っているのに」
エリスの声には怒りよりも疲労が滲んでいた。
「まあ、気に病むな、エリス。我々は、ただ国から与えられた仕事をこなしているだけだ」
アストルは、そう言って、エリスの手を優しく握る。
「……そうね。それにしても、次のノルト家も、そう簡単にはいかなそうね」
エリスは、不安そうに窓の外を眺める。
「ああ。悪い噂も、逆に良い噂も共に絶えない。裏で何かをやっているとも聞くし、民からの信頼は厚い良き貴族とも。本当に得体の知れない貴族だ。」
「早く終わるといいけど……」
「大丈夫だ。我々が、きちんと仕事をしてくればいいだけの話だ。それに、ユラとリアも、今日はいないのだからな。早く帰って、二人の顔を見たいだろう?」
アストルの言葉に、エリスは、フッと笑みを浮かべた。
「そうね。あの子たちが、今日も家で元気にしていることを祈るわ。でも、リュリュは頼りないけどセレスがいれば安心ね。」
そんな会話の最中、馬車はゆっくりと速度を落とした。
ノルト家の門が、夕陽を背に静かに開かれていく――。
ノルト家の大きな門をくぐり、馬車を降りると、あらかじめ待っていた兵士が丁寧に二人を迎え入れた。
「アストル様、エリス様、ようこそノルト家へ。当主のカーキ様がお待ちです」
案内された屋敷は、想像以上に整っていた。
壁の装飾は華美ではなく、無駄のない整然とした美しさ。
ただ、どこか“人の気配”が薄い。
部屋の中央には、一人の男が座っていた。
年の頃はアストルと変わらない。片目に黒い眼帯をつけている。
だが、その笑みは完璧に作られたもののように整いすぎていた。
「ようこそお越しくださいました。アストル様、エリス様。
長旅でお疲れでしょう。どうぞおかけください」
低く落ち着いた声。
エリスは礼儀正しく微笑みながら応じた。
「ご丁寧にありがとうございます、ノルト=カーキ様。お元気そうで何よりですわ」
「おかげさまで。ささ、どうぞ。お飲みください。私の領地で作られた自慢のお茶です」
カーキは、そう言って、執事に指示を出す。執事は、二人にお茶を淹れてくれた。
「いただこう」
アストルが、お茶を一口飲む。
「いただきますわ」
エリスも、お茶を一口含むと、驚いたような顔をした。
「どうですかな?」
カーキが、得意げに尋ねる。
「とてもいい味ですね。これは、最近有名なナタの葉の紅茶に、良質なはちみつが入っているのかしら?」
「おお、さすがでございます、エリス様。まさか、そこまで見抜いてしまうとは。おっしゃる通り、これは私の領地でとれたナタの葉の紅茶に、最近エドナ商会で卸してもらったはちみつを入れさせていただいています。ご満足いただけて何よりです」
「ええ。とてもおいしいわ」
アストルも、頷く。
「それで、今回いらしたご用件は、この時期というところから推測するに、様子見と税金のお話といったところでしょうか?」
カーキは、話を本題へと進めた。
「ええ。話が早くて助かりますわ」
「それでは、こちらをお納めください」
カーキが指示をすると、執事が、あらかじめ用意していた白金貨十二枚と、今年度のこの領地のお金の動きがまとめられた資料を、テーブルに置いた。
「確認させていただきますわね」
エリスは、そう言って、資料に目を通し始めた。
◇◇
エリスは、差し出された資料に目を通してた。その間、カーキは、一言も発さず、静かに待っている。やがて、エリスが顔を上げた。
「……ご確認いただけましたか?」
カーキが、穏やかな口調で尋ねる。
「ええ。書類のほうに不備はありませんでしたわ」
「それはよかった」
カーキは、心底安堵したような表情を浮かべた。しかし、エリスの表情は、どこか晴れない。
「ですが、申し上げにくいのですが……」
エリスは、少し言い淀んだ。
「国で税が、今年も引き上げられてしまいまして。さらに**50%**増やされてしまい、白金貨十八枚になってしまって……」
瞬間、部屋の空気が張り詰めた。
カーキの口元の笑みが凍りつく。
「五割、だと……? それはさすがに許容できない数字だ! それでは私の生活どころか、領地の民の生活にどれほど影響が出ることか!」
怒声が響く。
だが、アストルは静かにそれを受け止めた。
「理解しております。しかし、こらは国の命令です。
我々も抗うことはできません。私にはどうしようも...申し訳ない。ですが、払っていただけないとなると……」
アストルの言葉に、カーキは慌てて首を振る。
「いやいや、こちらこそ大変申し訳ない!ついかッとなって。 あなた様方に非がないことは分かっています。すべては、国を操る王族のせいだ。アストル様もエリス様も、わざわざこんな嫌な役をやらされて、私以上に大変でしょう。あなた様方が我慢しておられるのに、私が払わなかったら、ただのわがままですな。お支払いします」
カーキは、そう言って、執事を呼ぶ。執事が、追加で白金貨六枚を用意し、テーブルの上に置いた。合計で十八枚だ。
「どうぞ、お納めください」
カーキは、そう言って、白金貨の山を二人に差し出した。
「ありがとうございます」
エリスとアトラスは、驚きと安堵の表情を浮かべた。
「それにしても、王族は一体何を考えていることやら……。ほかの貴族も、不満が溜まっているでしょう」
カーキは、そう言って、深くため息をついた。
アトラスは、静かに頷く。
「ええ。その通りです。反王派閥の勢いが、日に日に増しています」
「やはりそうですか……。しかし、実際のところは、反発するより逃げる方が利口なのでしょうな」
「そうですね。王派閥は強力で、特に、王国最強の騎士団の存在が、あまりにも大きいでしょう」
アトラスは、そう言って、窓の外に視線を向けた。
「いったいこの国は、どうなってしまうのやら……。我が領地だけでも、おっと。暗い話になってしまいましたね」
カーキは、そう言って、場の雰囲気を変えようとする。
「それで、このあとは、私の領地と屋敷の視察ですかな?」
「ええ。その通りです。許可をいただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろんですとも。どうぞ、よくご覧ください。最高のおもてなしをさせていただきます。案内人には、私の信頼できる執事をつけさせていただきます」
すると、カーキの横にいた執事が、一歩前に出た。高齢だが、鍛え抜かれたような体つきの男性だ。
「ウラヌスシアと申します。どうぞ、よろしくお願いいたします」
執事は、丁寧にお辞儀をした。
「こちらこそ、よろしくお願いいたしますね。それにしても、ウラヌスシアさん、すごくお強そうね」
エリスは、そう言って、ウラヌスシアをじっと見つめる。
「いえいえ。さすがに、かの有名なエリス様ほどではございません」
ウラヌスシアは、そう言って、静かに微笑んだ。
◇◇
エリスとアトラスは執事のウラヌスシアに案内されながら屋敷の中、周囲を一通り視察していた。
そして、ちょうど視察が終わり元の部屋に戻ろうとを歩いていると、何やらカーキの執事たちやメイド、兵士たちが慌ただしく動いているのが見えた。彼らの顔には、焦りの色が浮かんでいる。
すると、一人の兵士がカーキに駆け寄り、耳打ちする。カーキは、小さな声で命令を下した。
「なるほど。至急捕らえて、厳重に監視しろ」
兵士は、一礼して去っていく。カーキは、イライラしたように、ぼそりと呟いた。
「まったく、こんなタイミングで抜け出すとは。煩わしい……」
エリスは、その様子を見て、眉をひそめた。
「何かありましたか?先ほど何か兵士が伝えに来たようですし、場内も慌ただしいようですけど」
カーキは、にこやかな顔を取り繕い、エリスに答えた。
「ああ、いえ。こちらの問題でして。どうやら、私の息子がどうも問題を起こしているようでして。こちらですぐに解決しますので、どうぞお気になさらず、視察をなさってください」
アトラスは、カーキの言葉を疑うように、周囲を見回した。
「しかし、かなりそれにしては慌ただしいようだ。よければ私たちも手を貸しましょうか?」
「いえいえ! 本当にお気になさらず! お二人の貴重な時間を奪うわけにはいきません」
カーキは、そう言って、丁寧に断った。
「そうか……」
アトラスは、それ以上は言わなかったが、その表情には、不信感が浮かんでいた。
一応人物紹介
ノルト カーキ 貴族の当主
ウラヌスシア カーキに雇われの戦歴の護衛




