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1章 23話  格上との初回顧

ユラは、この声の主が森の変異の元凶だと確信した。それも、破滅の龍王とは全く違う何か。強さも未だわからない。気配も未だ全く感じられない。だが、声だけでわかった。確実にやばいやつだと。


警戒し、立ち止まっていると、再び声が響いた。


「あら、どうしたの? 早くおいで? 待ってたんだから」


逃げ道を探すべきだと本能が告げていたが、同時にその声に逆らうことができなかった。それは、単なる魔力の差ではない。


――これは、“格”が違う。


これは、従うしかないようだ。最悪、逃げ切るぐらいはできるだろう、と覚悟を決める。


僕は、最大級の警戒を張り巡らせながら進んだ。そして、とうとう濃い霧を抜けて、森の本当の中心部に足を踏み入れた。


そこは、先ほどの何もないただの霧の空間とは違い、巨大な石造りの宮殿の内部のような空間だった。石造りの床には、黒い稲妻が走ったような跡が何本も刻まれている。


そして、その空間の奥には、巨大な黒き龍が鎮座していた。機械のような鋼の体から、禍々しい黒い稲妻が湧き出している。これこそが、破滅の龍王。その圧倒的な風格は、ユラの全身を叩きつける。


しかし、そいつを気にしている余裕はない。あの声の主が見当たらないのだ。その、姿が見えない何かを気にしていると、破滅の龍王が唸りを上げた。


「グオオオオオオオ!」


龍王は、アール(ユラ)を排除すべく、その巨体を一気に押し出し、口からは鋼の体から湧き出る黒い稲妻と、純粋な破滅の魔力を同時に解き放った!


(邪魔!今は、龍王なんかと戦っている余裕はないの!)


ユラは手加減する余裕も、構っている余裕もないと判断し、防御を完全に無視して、攻撃に全てを注ぐ。


僕は、強化されたぬいぐるみの剣を素早く取り出し、青属性の氷の魔力を瞬間的に最大出力で纏わせた。


「穿て!」


龍王の魔法と物理的な突進がユラを襲う、その一瞬早く。氷の属性を纏った一撃が放たれた。


その攻撃は、龍王が放った破滅の魔法を撃ち消し、さらに、突進していた龍王に直接叩きつけられた!


ドオオオオォンッッ!!


凄まじい衝撃音と共に、龍王は一瞬で巨大な氷の塊へと包まれ、宮殿の壁まで吹き飛ばされて完全に凍りついた。その一帯は、極低温の氷の魔力で覆い尽くされる。


だが、代償も大きかった。防御を無視したため、龍王の黒い稲妻の魔力がアールの体をかすった。


(!)


ユラは驚愕した。今まで誰もアールの体にかすり傷すら与えられなかったというのに、龍王の攻撃は、アールの防御をいとも簡単に突破し、腕に深い傷を与えたのだ。幸い、ぬいぐるみの体はすぐに傷を再生させた。


とそのとき、声がすぐ隣から聞こえた。


「さすがユラちゃんね。トカゲちゃんを一撃で倒すなんて」


ユラが驚愕して振り向くと、そこには、瞳は赤白い、圧倒的な美しさを持つ女性が立っていた。彼女の衣装は、長い白を基調とした、荘厳で幻想的なデザインだ。大きな袖が特徴的で、「神官」「巫女」「武人」を思わせる和洋折衷の服装と、赤白い瞳、そして醸し出す雰囲気は、彼女が明らかに人ならざる者であることを示していた。その横には、赤く輝く異様な大剣が突き刺さっている。


ユラは、今まで全く気配を感じなかったことに、再び背筋が凍りつく。


そして、女性が静かに手を振ると、宮殿を覆っていた巨大な氷塊が一瞬で霧散し、凍りついていた破滅の龍王も、傷一つなく元の姿に戻った。


リュシエルは、何事もなかったようにまだ、ぐったりしている龍王を一瞥し、次に僕を見ると、にこやかに微笑んだ。


「それじゃあ、まずはそこに座って。お茶でもしましょ」


この女性は、やばい。実際に目の前にしてそのヤバさがひしひしと伝わる。


今までこの世界で強者と呼ばれる冒険者や盗賊、そして、すごい称号を持つセレスやリア姉の強さを圧倒できた実感と自信があった。アールに憑依した僕以上の強者はそうそういない。いたとしても、対抗できるし、会うとしても当分先のことだろうと思っていた。


けれど、まさか、こんなにも早く、しかもこんな場所でアールに憑依した僕以上の強者と会ってしまうとは……。


間違いなく、目の前にいる女性は僕以上の強さだ。それも、絶対勝てる相手じゃない。全力で逃げれば、逃げ切ることはできそうだけど、戦えば確実に負ける。


僕が警戒していると、リュシエルは微笑んで言った。


「そんなに警戒しないで座ったら? 私は、あなたに危害を加えるつもりはないわ」


その言葉に、僕はごくりと唾を飲み込む。僕の本能が、この強大な存在には従うしかないと告げていた。ここは、おとなしく座るしかなさそうだ。


僕は、何も言わずに、彼女の言葉に従った。今はアールの姿なので、椅子に座ると少し高い。そう思っていると、リュシエルはふっと笑みを浮かべた。


「そのままでは、お茶も飲めないし、話もしづらいわね」


女性は、そう言って、僕に優雅な仕草で手をかざした。


ヒュンッ。


思わず目を閉じると、アールに憑依していたはずの僕は、元の本体に戻っていた。アールは、僕に抱きかかえられている形だ。


(な、なんだ...!?)


本体は家で寝ていたはずなのに。リュシエルが、僕の**『憑依』という概念そのものを解体**し、本体を呼び出したのか?


これは、認識を改めないといけない。勝てるか勝てないかどころの話じゃない。逃げることすら、不可能だ。さっき何をやったのか、僕には何もわからなかった。僕の最強の秘密である**『憑依』が、彼女の前では意味をなさない**のだ。


リュシエルは、僕の驚く様子を面白そうに見つめている。


「これで、ゆっくりお茶を飲みながらお話できるわね」


彼女の言葉に、僕は身震いした。この女性は、僕の全てを知っている。そして、僕が想像するよりも、遥かに上の存在なのだろう。






「トカゲちゃん。ユラちゃんにお茶を出してあげて。ついでに私のも」


リュシエルがそう言うと、彼女に回復させられた破滅の龍王が、人型になる。黒と紫の鋭い角を生やし、黒く長い髪、そして片目が赤い竜人の男。その圧倒的な体躯と風格は、少し前の戦闘の記憶と相まって、ユラの肌を粟立たせた。


しかし、その男は、リュシエルの言葉に逆らうことなく、無駄のない動きで僕と女性にお茶を入れてくれる。


(さっき、僕が一撃で仕留めた相手だとはいえ、十分僕の脅威になりうる強さの持ち主。油断したらやられる可能性があるほどの相手だ。そんな龍王が従うこの女性がやばいことは、容易にわかる)


竜人の男は、目の前の豪華そうなカップに注ぎながら、重々しい声で告げる。


「エルフの国にて入手してきました、最高級の紅茶になります」


色は紅茶というわりに緑色。恐る恐る飲んでみると、飲んだことないような味。とてもおいしい。紅茶の癖はなく、ほんのり抹茶のような苦みがあり、飲みやすい味だ。


リュシエルは、カップにを一口。そして、にこやかに微笑んだ。


「気に入ってくれたかしら?」


「……うん。おいしい」


彼女は、満足げに微笑む。


「それじゃあ、まずは自己紹介から始めましょうか。ユラちゃんも気になっているようだし」


(心を読まれている? いや、そこまでは。僕が自己紹介をしたいと思っていることを予想したのだろう。そうでなければおかしい)


「私は、青の大精霊のリュシエル。よろしくね。そして、そこにいるトカゲちゃんは」


リュシエルがそう言うと、竜人の男は、その大きな体躯を少しだけ傾け、重々しい声で名乗った。


「もともと、このエルラード大森林を統べる**『厄災龍』ヴェネス**というものです。「破滅の龍王」ともいわれてます。先ほどは、失礼しました。」


リュシエルは笑いながら付け加える。「さっきは、私がトカゲちゃんに全力で攻撃してみてといったからなの。許してあげて」


ユラは無言で頷いた。


(それにしても、青の大精霊?見た目に青の要素はどこにもないけど……。これが本当にそうだとしたら、他の属性の大精霊、つまり僕と同等の力を持つ強者が、あと六人は最低でもいるということになる。大精霊って、それほど強いのか……。それに、厄災龍ヴェネス。完全に、リュシエルの下僕と化しているようだ)


僕の心臓は、ドクドクと音を立てる。こんな強大な存在が、なぜ僕に会いに来たのか。


「一応、僕も自己紹介しておくと、僕はユラ。こっちがアール。それで、一体なんで僕のことを知っているの?それと、目的は何?」


僕は、敬語を使わずに問いかける。確実に相手のほうが立場は上だろうが、敬語を使うのは性に合わない。ヴェネスは、その無礼さに驚き、恐る恐るリュシエルの機嫌をうかがっている。


リュシエルは、敬語を使わないことを気にせず、僕の言葉に、嬉しそうに微笑んだ。


「ふふふ。ユラちゃんらしいわね」


彼女は、そう言って、ゆっくりとお茶を飲んだ。


「それじゃあ、順番に答えてあげるね。その代わり、後でお願いを聞いてもらおうかな」


リュシエルは、にこやかにそう言った。


(う……選択肢を誤ったかも。完全に主導権を握られた。まあ、正直どうしようもないし、情報を引き出すことが最優先だ)


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