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三話 回想2 始まりの記憶.

眩しい。


強すぎる朝日が、まぶたの裏を突き刺す。助かったのか?一体、どうなった?


視界がぼやけ、体の感覚が鈍い。まるで水の中で漂っているように、すべてが曖昧で、何かがおかしい。


そこでようやく意識が完全に覚醒したんだ。視界が少しずつはっきりしてくる。


ここはどこだろう?病院ではないよね。天井は病院のような無機質な白ではなく、温かみのある木製だ。見覚えなんてないや。体を動かそうとしても、まるで自分の肉体ではないかのように、思うように動かない。


やっとの思いで片腕を持ち上げる。見えたのは――あまりにも小さく、肉付きの薄い、幼児の腕だった。いや、赤ん坊のそれに近いかもしれない。


(……僕の、なのか?)


あの巨木の下敷きになって、生きているほうがおかしい。ということは――転生。


その瞬間、転生したという驚きや死んだという事実よりも、違うものが胸の中で冷たく走った。


(キラピピがいない。僕の最高のぬいぐるみが)


ぞくり、と背筋に冷気が駆け抜ける。


目の前の現実、肉体の異常、言葉が通じない不安。それらすべてよりも、ぬいぐるみがないという事実のほうが、よほど致命的だった。


胸の奥で、呼吸のリズムが崩れていく。腕の中にあるはずの柔らかさがない。眠りに落ちるときに寄り添う、あの安心感がない。世界の重心が外れて、すべてが不安定だ。


(キラピピと……もう、二度と会えない……?)


改めてそれを実感すると、胸が裂けそうになる。確かに転生し、二度目の人生が歩めることは奇跡だ。それはありがたい。だけど、心の支えであった、愛するぬいぐるみを失った事実に、僕の鼓動は鋭い針のように突き刺さる。涙は勝手に零れ落ち、頬を濡らしていく。前世での大学生としての心でどれほど冷静さを装っても、今は無力な赤子にすぎない。涙が溢れる。身体に精神年齢が引っ張られているからか止まらない。いや、関係ないかもしれない。


その時、規則正しい足音が近づいてくる。


「……」


僕は涙を拭いもせず、だが、泣き続けることを止めた。感情に任せて理性を手放すことは――前世の僕の矜持が許さなかった。悲しむこと、感情を表に出すことは気にしないが切り替えは大切。それで声のあるじはだれだろう。


「……?」


柔らかい声色の言葉が降る。意味は分からない。外国語か?


近づいてきた人物の耳は、光を受けて細く尖っていた。――エルフ。


(そうか、ここは海外でもない、異界だ。)


僕を包んでいた、ここは元の世界と同じ地球で、いずれキラピピと再会できるという甘い幻想は、完全に砕け散った。ここは、紛れもない異世界だ。


改めて部屋を見渡す。豪奢ではないが、質素でもない。家具の材質は手作りの温もりを残し、壁には美しい絹の布が掛かっている。そばに仕えるエルフのメイドがいることから、この家は間違いなく貴族階級。しかし、生活水準や技術水準は、前世より後れているように見えた。そして、ある最悪な仮説が、冷たい氷の塊のように胸に突き刺さった。


(もしも……この異世界に、ぬいぐるみそのものが存在しない世界だとしたら?)


想像した瞬間、全身の血の気が引いた。


世界は白黒に色褪せ、意味を失う。前世での努力――有名大学で素材と魂を研究し、最高のぬいぐるみを追い続けた日々――すべてが、砂塵のように宙に散ってしまったように感じた。**「愛するものがない」**絶望は、命の危機よりも遥かに重かった。


だが、この無意味な絶望に沈み続けても、意味がない。


――異世界だからこそ、できることがある。


幼い体の奥深くに、確かに前世にはなかった違和感がある。それは熱い、奔流のようなエネルギーだ。温かく、しかし、まだ制御できない。


(魔力……!)


そうか、ならば可能性は広がる。前世で「魂の存在」を追い求めた僕の夢――意思を持つ究極のぬいぐるみを、この世界でなら、魔法の力を使って本当に作り上げられるかもしれない。それに、もしこの世界にぬいぐるみがないのならば自分で作れば良い。素材や道具があるかはわからないけどなんとしてでも。


レポートに追われ、アルバイトに縛られ、時間を切り売りしていた前世。充実していたようで、結局は夢に全力を捧げられなかった。そして、何もできずに死んだ。


だが、今度こそ違う。この生では、誰にも邪魔されない。ぬいぐるみのために――ただ、それだけのためだけに生きる。他者からの評価も、社会的な地位も、僕の夢の前には塵芥に等しい。


そう固く誓ったその瞬間、


『――スキル《ぬいぬい》を習得しました』


頭の奥底――まるで魂の膜を叩くように、澄んだ音が響いた。

心臓が跳ねる。直感で分かった。これは、僕がぬいぐるみを自由に創り出すための力だ。


世界に絶望しかけていた僕にとって、それはあまりにも大きな希望だった。

誰にも奪われず、誰にも否定されない。僕だけの、最高のぬいぐるみを――心ゆくまで作ることができる。


『ぬいトピア計画』。

[最強]で[最可愛]のぬいぐるみを作り、そのぬいぐるみたちと僕による理想郷を築き上げる。

この新たな人生の目標が、生まれたばかりの心に深く刻み込まれた。金も、地位も、人も――すべてはそのための道具でしかない。そうだ。異世界はぬいぐるみのために全てを利用する。


その日から、僕はぬいぐるみを創るためスキルに没頭した。

幼い体では負担が想像を絶するほど大きく、魔力を枯渇するとすぐに尽きて意識を失うだけでなく、副作用がひどい。だが関係ない。

それでも、理想の最強で最可愛なぬいぐるみを形にするために――成功するその瞬間まで、僕は魔力を絞り尽くすのだった。



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