7話 冒険者、盗賊狩り編1
夜の森は、静かに息をしていた。
木々の隙間から覗く月光が、銀色の霧のように地面を撫でる。
虫の声、草を揺らす風、どこかで鳴くフクロウの声。
すべてが、息を潜める僕たちを見守っているようだった。
「……目的地に到着。準備できたリュリュ?」
僕はアールの姿で呟く。胸の奥で魔力が脈打つ。
ぬいレイネットワークを通じて、盗賊たちの拠点と冒険者たちの動きはすでに把握済み。完璧だ。
本体の僕はベッドの上で熟睡中。誰も気づかない。これも完璧。そして、現在、盗賊のアジト付近に息を潜めている。
「じゅ、準備なんて全然できてませんからね!?」
背後でリュリュが、声を震わせながら僕を抱えている。肩が小刻みに揺れるたびに、アールの中で振動が伝わる。
「なんで私が……っ。こんな危ないことしたくないです。おうちに帰りたい」
リュリュは、今にも泣き出しそうな声で騒ぎ立てている。契約書を見ないからこうなるんだよ。
「契約書にちゃんと書いてあったよ。“活動協力”って」
「詐欺です! それ、絶対詐欺!」
僕が作った契約書の内容には、『スキルについて一切しゃべらないこと』、そして、『ぬいトピアのために活動を協力すること』と、堂々と書いてあった。詐欺のように小さくわかりづらくなんて書いてない。ほんの少しでも読んでいればすぐに気が付くほどに。
もちろん、契約書には魔法がかけられていて、必ず守るようにされている。違反すると全財産没収の契約。だから、リュリュは僕に協力するしかないのだ。抜け道はあるけど、リュリュは見落としが多いから、絶対に気がつかないだろう。
「ユラちゃん、やっぱりやめましょうよー!それにユラちゃんは戦えるんですか?リュリュは何もできませんよ」
リュリュは、震える声で僕に訴えかける。
「大丈夫だよ、リュリュ」
僕は、落ち着いた声で答える。
「作戦はちゃんと考えてあるから。でもとにかくこの姿の時はアールと呼んでね。間違えないこと」
「うっ~」
リュリュの小声が夜に溶けていく。
でも、そんな文句を言いながらも、彼女は僕を落とさず、慎重に抱えてくれている。
――怖くても、ちゃんと支えてくれるのが、リュリュの良いところだ。
いや、一人じゃ不安だからというだけかもしれないけど。
「それに報酬も一部あげるから。リュリュは何もしなくていい。ただ、“見てるだけ”」
「報酬は欲しいです。でも見てるだけでも怖いですーっ!」
「ほ、ほんとに百人くらいいますよ……?あれ、絶対無理ですよ……」
「うん、百人ちょっと。あと、奥に五人は少しだけ他の雑魚とは違うね」
「分析してる場合じゃないですってぇ!」
そのときだった。洞窟の外の道を、一行の馬車が通りかかった。
木箱を積んだ商人たちの一団。
夜の街道を急いでいたのだろう。
だが、運の悪いことに、彼らは盗賊たちに見つかってしまった。
「おい! 客が来たぞォ!」
「へへっ、金持ちの匂いがするな!」
盗賊たちがどっと笑い声を上げ、松明を掲げて馬車へ突進していく。
商人たちは悲鳴を上げ、慌てて馬を返そうとするが、すでに遅い。
松明の光が照らす中、逃げ遅れた一人の護衛が地面に倒れ、剣が血に染まった。
その瞬間、リュリュが息を詰めた。
「ひ……ひどい。ひどいです…!リュリュあんな感じになりたくないです」
リュリュは完全に自分の心配しかしていなかった。
助けを求めて叫ぶ商人たちの声を完全にスルーし、涙目で僕にしがみつく。
まあ、僕も赤の他人がどうなろうと気にしないけど。でも、思うことが一つ。今宵の僕の報酬が増えた。
「リュリュ、静かに。声が漏れてる。」
「漏れてるって何ですか! 私の命が漏れそうです!」
僕は冷静に盗賊たちの動きを観察する。
商人たちは全員捕らえられ、馬車ごと洞窟の中に引きずり込まれていく。
護衛らしき兵士たちも、あっという間に叩き伏せられた。
どうやら、この盗賊団はただの野盗ではない。
隊列、動き、武器の質――すべてが組織的だった。
「ふむ……やっぱり噂通り、ただの盗賊というより訓練を受けた集団みたいな感じだね。」
僕がそう呟くと、リュリュは僕のぬい体をぎゅっと握りしめた。
「だから危険なんですよぉっ! あんな人たちと関わったら、ほんとに終わりますって! ユラちゃん、お願い、帰ろう……ぬいぐるみ作って平和に暮らしましょう……」
彼女の声は震えていて、涙で頬が光っている。
けれど、その“他人のために涙を流す”わけじゃないのが、リュリュらしい。
「ねえ、あの人たち、助けなくていいの?」
僕が試しに聞くと、彼女は一瞬だけ沈黙し――
「む、無理です。それにそんなことどうでもいいです。リュリュの心配をしてください。ユラちゃんだって、リュリュが死んだら、困るでしょ。誰がユラちゃんのご飯運ぶんですか!だから、リュリュの命第一です」
「……うん。」
思わず苦笑がこぼれる。
彼女はドジで、怖がりで、どうしようもなく自己中心的だ。
でも、それが妙に安心する。
“人間らしい”というより、“リュリュらしい”という言葉がぴったりだった。
「まあ、そんなこと言ってたらそろそろだ。今、冒険者たちが近づいてる。あと少しで、盗賊とぶつかる。」
森の反対側――松明の光が点々と動いている。
「……彼らが動いたら、僕たちも動く。混乱に乗じて、内部に潜る。完璧でしょ?」
リュリュは、唇をわななかせながら僕を見た。
「……完璧って、言葉の使い方、絶対間違ってます……」
茂みの奥から、突然、金属のぶつかる音が響いた。
遠くで誰かが叫ぶ。冒険者たちが到着したのだ。
焚き火の光が、一気に乱舞する。
「始まったね」
僕は草の陰から、洞窟の方へ目を向ける。
炎の中で剣光が交差し、盗賊の怒号が響く。
そして――。
「作戦開始だよ、リュリュ」
「ううぅ……しっかり守ってくださいね。それと報酬もたくさんください……!」
改めて考えると、意外と僕と気が合うのかもしれない。自分勝手でわがままなところとか、お金に目がくらむところとか。




