Sランク鑑定スキルを持つ娘は、王家の秘密に触れてしまった
私は成人式を迎える一か月前、15歳になる直前に、Aランクの鑑定スキルが発現しました。
5歳の洗礼式のとき、「魔法適性はありません」と宣告されて以来、一族の中で“はずれの子”として見られていました。
「魔法の適性がない上に、スキルも発現しなかったらどうしよう――」
そんな不安を胸に抱いていたので、スキルが発現した瞬間は、本当に嬉しくてたまりませんでした。あのときの喜びは、今でも忘れられません。
鑑定スキルはレアスキルに分類されます。
中でも、人物鑑定が可能なBランク以上の鑑定スキルを持つ者は、貴族社会において重宝される場面が多くあります。
父はとても喜び、私をS級鑑定士、称号『賢者』を持つ者にするため、ダンジョン産の高級アイテムを探し始めました。
私は、それまで冒険に出たこともなく、ましてやダンジョンに入った経験など一度もありません。
ただ、ダンジョンの最奥にある宝箱から、スキルアップアイテムが入手できると、父から聞かされたのです。
スキルアップアイテムは高ランクの冒険者や貴族の騎士、王宮魔法士の方々が財産を投げ打ってでも手に入れようとするほどの貴重品だそうです。
鑑定士である私がそれを求めるなど、本来は口にすることさえはばかられる行為でした。
しかし、アルガス王国において私の家は、“財力のハスター侯爵家”として知られていました。
父は有力貴族の威光と資金力を背景に、相場の三倍という価格でスキルアップの指輪を手に入れたのです。
こうして、スキルアップの指輪を身に着け、鑑定スキルはSランクとなり、さらなる上位スキル“解析”が発動したのです。
とはいえ、アイテムによって得たSランクであるため、王国から公式に『賢者』の称号が授与されることはありませんでした。
それでも、非公式ながら“現代に存在する三人目の賢者”として、そう呼ばれるようになっていきました。
父が持ち込んできた幾つかの依頼をこなすうちに、私の名は貴族の間で徐々に広がり始めます。
かつて“いらない子”と思われていた私が、今では“世界に選ばれし者”と呼ばれている。
それがたまらなく嬉しかったのです。
まるで世界のすべてが、祝福してくれているように感じました。
私は、舞い上がっていました。
そして、輝いていた瞬間はすぐに終わりを迎えました……知らなくてもいい……知ってはいけない秘密を知ってしまったのです。
その日、王妃様からのお召しにより、隣国から持ち込まれた宝石の鑑定を行うため、王宮へと参りました。
鑑定は無事に終わり、退出しようとしたその瞬間、勢いよく開け放たれた扉から、幼い王子お二人が飛び込んできたのです。
「お母様! 兄様が……兄様が……!」
第二王子のクラウス様が、息を切らしながら王妃様へ訴えかけておられました。
そのすぐ後ろから、侍女が二人駆け寄り、第一王子・カイル様の側に膝をついて付き添いました。
「殿下っ! 殿下、大丈夫ですか!?」
王妃様は冷静に状況を把握しようと、侍女たちに目を向けて説明を促されました。
「先ほどまで、西の庭園でお二人で遊ばれておりました。
お部屋へ戻る途中、カイル様が急に苦しそうにされ、そのまま走り出し、こちらに参りました」
報告を聞いた王妃様は、すぐさま声を鋭く発されました。
「――侍医長を呼びなさいっ!」
続けて、クラウス様の前に膝をつき、両肩に手を置いて、目線を合わせながら優しく語りかけられました。
「大丈夫、大丈夫ですよ、クラウス。お庭で何かあったのですか?」
クラウス様は混乱の中、かすれた声で答えました。
「……わからない……兄様、なにか……食べてた……」
その言葉に、王妃様はすぐさまカイル様のもとへと移動され、問いかけました。
「カイル、あなた、いったい何を食べたのです?」
しかし、カイル様は「う……うぅっ、痛い……ッ!」と腹部を抱えてうずくまり、苦しみに言葉もままならないご様子でした。
「――ソファーに運んで」
王妃様の指示に従い、侍女たちがカイル様をそっと抱きかかえ、ソファーに横たえました。
その様子を見つめながら、胸中はざわついていました。何かできることはないか。
ほんの一瞬、迷いもありましたが、意を決して言葉を発しました。
「……何を食べたのか、分かるかもしれません。鑑定いたしましょうか?」
王妃様は、すがるような声で、
「――お願いします」
と仰いました。
私はすぐにカイル様の前に歩み寄り、右手のひらを静かにかざし、鑑定スキル発動の言葉を口にしました。
「鑑定ッ!」
それと同時に背後で、小さく「あっ」とつぶやく声が聞こえた気がしました。
説明のつかない不安が胸をよぎりましたが、それを振り払い、ソファーの前に膝を落としました。
そして、苦しむ王子のお腹のあたりに手をかざし、心の中で解析スキルを唱えたのです。
鑑定士がスキル発動の際「鑑定ッ!」と声に出すのは、言葉にしていない時は鑑定を行っていないことを周囲に明示するための、暗黙のマナーです。
他人のステータスを簡単に見れてしまう高ランク鑑定士は、秘密を抱える者にとって、時に脅威となります。
ですが当時の私は、周囲から感謝されることに浮かれ、人の役に立てるならと、安易に行動してしまいました。
本来であれば、もっと慎重に状況を見極めるべきだったのです。あの時の未熟で軽率な判断を、私は今でも深く後悔しています。
「……クロウーメの実を口にされたようです。下剤などに使われる素材のようですが、食用には適していないようです」
解析スキルが示した内容をそのまま読み上げました。
何気なくカイル様の顔に視線を移したその瞬間、目の前に浮かんでいたステータスパネルがザザッと左右に揺らいだのです。
次いで、ビョーンという独特の音とともに、偽装スキルが解除されました。
【名前】カイル・アルガス の表示が消え、
【名前】カイル・パルマス という文字が現れたのです。
その名を目にした私は、あまりの衝撃に息を呑み、咄嗟に顔を伏せました。
偽装スキルの解除音は、鑑定者にしか聞こえないはずです。
それでも、あの場にいた全員、王妃様もその音を聞いたのではないかと錯覚に襲われ、私の胸は恐怖と混乱で締めつけられていきました。
その時、「失礼いたします」と侍医長が入室されました。
視線を伏せたままカイル様の側から静かに立ち上がり、侍医長と場所を入れ替わるようにそっとその場を離れました。
侍医長に申し送りをするため、もう一度だけ口を開きました。
「クロウーメの実を召し上がったようです。それ以上のことは、わかりません」
「承知しました」
侍医長は一礼して落ち着いた口調で答え、動揺を誰にも悟られないように静かに後ろに下がったつもりでした。
その直後、王妃様がやさしく微笑みながら仰いました。
「さすがですね、エレナさん。侍医長も来てくださいましたし、ここはお任せして、少し隣のお部屋でお話ししましょう」
言葉と眼差しから、王妃様が私の見てしまった真実にすでに気づいておられるのだと、すぐに悟りました。
優雅で落ち着いた所作はいつもと変わらないものでしたが、なぜか、その静けさがいっそうの恐怖となって私の指先を震わせました。
「クラウスをお部屋まで送ってあげてください。私は隣の部屋におります。しばらくの間、誰も入ってこないように」
「かしこまりました」
王妃様と侍女たちとのやり取りが、まるで水の中を通して聞こえてくるような、遠い響きに感じられました。
私はただ、呆然としながら隣の部屋の扉を開き、静かに振り返る王妃様に導かれるまま、あとに続いていくしかありませんでした。
「お掛けになって、エレナさん」
王妃様は立ったまま、にこやかな表情で席を勧められました。
部屋の一番奥、窓の反対側に置かれたテーブルの奥の椅子を指し示しながら、早く座るよう優しく促されました。
「は……はい」
かろうじて声を絞り出し、おずおずと椅子に腰を下ろしました。
部屋の角にあたる場所、テーブルの奥に座り、その横に王妃様は立たれたまま。
逃げ場のないその配置に、緊張と恐怖が押し寄せ、手が小さく震え始めました。
「見ましたね」
その一言を聞いた瞬間、全身の毛が逆立ち震えが走りました。喉はひどく渇き、舌がうまく回らず――
「なッ……何も、見ておりません……」
それだけ喋るのが精いっぱいでした。
「わたくしも鑑定スキルがあれば、エレナさんが嘘を仰っているかどうか、すぐに分かりますのに……」
「……」
柔らかな口調に、責めるような鋭さはありませんでした。しかし、だからこそ心に深く刺さるのです。
「学園時代は一年ほどしかご一緒できませんでしたけれど、わたくしが公爵家、エレナさんは侯爵家で、お茶会で何度かご一緒しましたよね。
ですからエレナさんもご存知なのでしょう?
わたくしも、身びいきしすぎていた自覚はございましたからね。想像されている通りだと思いますよ」
(そんな……これ以上 これ以上聞いてはいけない……)
「ア……アレクシア様……」
声を震わせながら、言葉を紡ぎました。
「きっと私には想像もつかないような、深いご事情がおありなのでしょう。
学園時代から、アレクシア様の凛としたお姿に密かに憧れておりました。王妃様となられた今も、私にとって特別なお方です」
心の中の必死の訴えを、言葉に変えていきました。
「決して……決して、王妃様を裏切るようなことはいたしません。
鑑定士とは……鑑定士とは、鑑定した方の秘密を、決して口にしない。それが鉄則なのです。
でなければ鑑定士で、生きていくことなどできないのです」
気持ちを落ち着かせようと、ひざの上で震える手をぎゅっと握りしめました。
「私はアレクシア様のお味方です。そして、カイル様のお味方です。決して他言いたしません。死ぬまでこの胸の内に閉じ込めます」
そう申し上げると、王妃様は微かに笑みを浮かべて、静かに言葉を返されました。
「ふふ……あの頃は、緊張した様子で皆さまの輪に加わりながら、あまりお喋りにならず、お淑やかに座っているだけの可愛らしい方だと思っておりましたの。
けれど、死の気配が迫ると、こんなにもお喋りになるのですね……少し感動いたしましたわ」
笑顔のまま、王妃様は少し声の調子を下げて続けられました。
「カイル王子の味方――そうおっしゃいましたね? 信じても……よろしいのかしら?」
「もっ、もちろんでございます!」
「わたくし、あの子にすべてを与えてあげたいのです。この国も、手に入る限りのすべてを……。
あの子は、お兄様とわたくしの、たった一つの愛の証なのですもの。
なによりも愛おしく、大切な存在なのです」
そこまで言って王妃様は口を閉じましたが、瞳は静かに狂気の色を帯びておられました。
“邪魔する者は許さない”言葉にせずとも、強くそう語っていたのです。
(聞いてはいけなかったのに……)
「だっ、第一王子のカイル様が次期国王におなりになるのは、当然でございます……」
私の言葉に、王妃様は再び笑みを浮かべて、やさしく頷かれました。
「ふふふ、そう……そうですわよね。わかりました。わたくしたちの仲ですもの。何も知らなかったことにして差し上げますわ」
王妃様は私の手をそっと取り、やわらかく包み込むように言われました。
「これからも、わたくしとカイルの力になってくださいね……あなたの忠誠を、信じておりますわ」
そして、穏やかに言葉を締めくくられました。
「さあ、お話はおしまいです。今日はお疲れになったでしょう? 気をつけてお帰りなさいな」
ゆっくりと私のそばを離れ、窓際に置かれた呼び鈴を鳴らされました。
「失礼いたします」
間もなく、侍女が扉をノックし、部屋に入ってまいりました。
「気分が優れないようですの。馬車までお送りして差し上げて」
「かしこまりました」
私は足元の震えを何とか抑えながら椅子から立ち上がり、侍女に付き添われて、王宮を後にいたしました。
帰宅後、自分ひとりの胸の内に収めておくことがどうしてもできず、王妃様との約束を破って、父にすべてを打ち明けてしまいました。
「……よく話してくれた。お前を生かしておくわけがない。準備をするための時間稼ぎだ。我が侯爵家にも手を打ってくるはずだ」
父の表情は決して動揺することなく、覚悟を決めているようでした。
「お前は一刻も早く国を出なければならない。弟のオズマールの元へ行け。あいつは偽装するためのアイテムを扱っている。
名前を変え、妹のレステラのところへ向かうのだ。そこまで行ければ、そう簡単に見つけることはできないはずだ」
夜のうちに私は国外へと脱出しました。
その後、父は王家への反逆の罪を着せられ、私の婚約者のいるリミスター伯爵家と供に、やむなく決起することとなりました。
パルマス公爵家は当然王家側に付き、王国は二つに割れ、内戦へと発展していきました。
財力で勝るハスター家は序盤こそ優勢に戦いを進めておりました。
しかし、父には商才こそあれど軍才には恵まれておらず、戦局は次第に傾き始めます。
最後の望みをかけた決戦に敗れ、父とクリフォード様――私の婚約者は、捕らえられた上で公開処刑に処されました。
こうして、アルガス王国において、ハスター侯爵家とリミスター伯爵家は完全に滅びました。
10年後、玉座に就いたのは、かつて第一王子と呼ばれたカイル王子。アルガス王家の王統はパルマス公爵家とすり替わったのです。
後に侯爵家の反乱の真実が明かされますが、カイル王によってすべては握り潰され、封じられました。
アルガス王家とは、すなわちパルマス公爵家のことである。それが、かの国の公然の見解となったのです。