下,敬具
最終話になります、短い作品でしたがここまで来て頂きありがとうございます。
気付くきっかけはあったはずだ、もっとよく見ていれば、見ようとしていればきっと気がつけたはずなのに。
せめてもっと早く夕日が綺麗だと伝えていれば_。
* * *
高速バスはやけに荒い運転で深夜の西宮線を走る、バスに乗ってからもう3時間ほどが経過しただろうか。暗くなった車内は何人かの呼吸の音が交差していいる、静寂が生み出す騒音のせいで僕はうまく寝付けずにいた、寝付く必要もなかったがあと2時間ほどはバスに揺られることを考えると今寝ておくべきなのだが_________
何度か目を瞑っては開いてを繰り返し4度目ほどで潔く眠ることは諦め暇を持て余した、そう言えばと思い持ってきていた手紙の続きを書く。
“ここに何を綴るべきかと考えた時僕は僕の罪を綴るべきだと思いました。誰に読まれるわけでもないこの手紙に書いたところで許されるわけはないでしょう、それでも僕は、向き合うべきなのです、あまりに遅すぎても、向き合うべきだったんです。“
走るペンが止まり奥深くに閉じ込めていた記憶の扉が開く、思い出したくないもの、思い出してはいけないもの、でも忘れてはいけないあの記憶_。
* * *
薄暗いリビング、差し込む夕陽、家に響く娘たちの泣き声、ただ外を眺める妻の後ろ姿、その後ろ姿はいつもより2回りほど小さく見えた。
その光景を見ていたというのにまだ僕は気付けなかったなどと抜かすのだろうか、気付けなかったのではない気付こうとしなかったんだ気が付かなかったふりをしたのだ。
「どうしたの?」
妻にとっては何よりも恐ろしい言葉だっただろう。明らかに赤く腫れた目元は夕日の逆光があったとしても気がつけるほどだった、妻は笑顔で言った。
「なんでもないよ。」
そんなわけがなかった、それでも馬鹿みたいにその言葉を信じた、妻の顔も見ずに逆光で全て見えなかったことにして何も気づかないふりをして笑い返した、あの笑顔は妻にどう見えていたのだろうか。
あの頃僕は会社の中でも年下で初めて大きな仕事を任された時期で、だから_。だからなんだ、それどころではなかったと?そんなはずはない、あるはずがないんだ。だって家族は僕の何より大切なもので、全てを捨ててでも守りたいもののはずだったから、そのはずだったのになんでわからなかったんだろうか。
僕の行動一つで全てが変わっていたのに、全てを変えることができたのに、後悔なんて言葉で片づけいいものではないだろう。
一度妻から相談があると言われたことがある思えばあれが唯一の救難信号だったのだろう、妻が必死に出した信号を僕は“上司との飲み会“と言う蓋で無理やり押し潰し、隠した、それから数週間後に妻と2人の娘が死んだ。
いや違うただ死んだんじゃない、事故なんかじゃない、ならなんで、どうして死んだ?どうして、、、分かってるはずだろう?僕は誰よりその事実に近いはずなんだから。
警察は事故かもしれないとも言った、でも僕は分かっていた知っていた。
掛かってきた電話が警察からだと分かった瞬間に『もしかして』と思うほど僕は全てに気がついていたのだ。
震える手が真実をなぞり書く。
“妻は自殺した、娘2人を連れて“
バスに揺られながら書いたその事実はひどく歪んでいて読むことも困難だったそれでもこれは事実で、確かにここにある。そのひどく歪んだ事実は薄暗いバスの中で真っ直ぐ僕を見つめている、もう目を逸らすことはできない。
おそらくだがこの時僕は泣いていた、後から手紙の文字がひどく滲んでいるのを見てそれに気がついた。
うっすらと靄のかかった視界から強い光がさす、いつの間にか眠っていたようだバス内には忘れ物を呼びかけるアナウンスが流れている。
視界にかかった靄を指で拭い不意に外を見た、夜が明ける前の数分だけ訪れるあの時間、暗くも明るくもない時間、きっとこの時間にはなんちゃら時のような名前がついているのだろうが僕は知らない、それでも僕はこの時間が好きだった。
妻はこのぐらいの時間から包丁の音を響かせていた、僕らを起こさないように最小限に抑えられたその音は心地よくて僕の夢の中で静かに響いていた。
ぐっと体を伸ばす長時間バスに揺られた体は栄養ドリンクを2、3本ぶち込んで夜通しキーボードを叩いていた時のみたいに酷かった。
朝日を目一杯浴びた体が僕の意図なしに鳴り出す、久しぶりの感覚で一瞬腹痛かと思ったがお腹がすいたらしい、そういえば昨日は丸1日パウチのゼリーを流し込んだきり何も食べていなかった。
適当に1番初めに目に付いた牛丼のチェーン店に入った、あまり手持ちもなかったので牛丼は頼まず格安の朝食を頼んだ、席について数分ほどで店員がお盆を持って近づいて来た、提供の速さに驚きつつも目の前に運ばれた暖かい食事を見て視界が滲む、いつぶりだろうかここ最近の食事は車にガソリンを入れるのと何ら変わらなかった。
味噌汁を1口そそる、想像よりも熱くて舌がぴりぴりした、ごくんと飲み込むと心臓の辺りがじんわりと暖かくなるゆっくりと下に流れお腹がふわりと温まる、もう一口、今度は想像通りの熱さだったがさっきより少ししょっぱい、ぽろぽろとお椀の中に波紋が生まれる。
「おいしい_________。」
流れる涙などそっちのけでご飯に手を伸ばした、湯気が顔にふれる1口また1口、必死に口に運ぶ、どこにでもある300円程度の朝食メニューが僕には酷く特別に思えた。
食事を終え席を立つ、泣きながら食事をしていた僕を店員は訝しげに見つめている、少し恥ずかしくなりそそくさと会計を済ます。
店を出てすぐに僕は歩き出した、東尋坊へ、あの場所へ行くために、かつて妻と見た景色、かつて妻が好きだった景色、そして、妻と娘達が最後に見た景色。
行こう、あの場所へ_________。
30分ほど歩いただろうか、波が岩にぶつかる音がした。
「ついた。」
まだ昼間で、思い出の景色とは少し違っていたがすぐそこに妻の姿が見える程なにも変わっていなかった、海の方へ近づき道中で思いつきで買った花束を地面に置く浜風に吹かれて飛んでいってしまいそうな花束は一生懸命岩場にしがみついている。
その場に腰を下ろし、景色を眺める、昼間に来るのは初めてでこんなに広かったのかと真上から見下ろす太陽に気付かされる。
一息大きく深呼吸をする、空気が美味しいとはきっとこう言うことなのだろう、吸い込んだ空気がゆっくりと全身を駆け巡る、この時に心で絡まっていた糸がするっと抜ける感覚がした。
カバンを開け、手紙を取り出す、妻が僕に宛てた手紙だ、手紙というより遺書なのだろう。
どんなことが書かれているのだろうか、大方僕への罵倒だろう、なぜ助けてくれなかったのか、なぜ気づかないフリをしたのか、あなたが手を差し伸べてくれれば、、そんなとこだろう、当然だそれだけの事をしたのだ、どんな呪いでも覚悟は出来ている。
短く息を吐き出し手紙を開く、妻の筆跡が僕にあの声を思い出させる、柔らかくてどこから冷たくて耳によく馴染むあの声、彼女は最初に
「ごめんなさい」
と言った。
訳が分からなかった、その手紙には僕を責める言葉などひとつもなくただ感謝と謝罪を繰り返し綴っていた。
手紙を3周ほど読み返してやっと理解できた、妻は僕を恨んでなどいなかった、恨むどころか彼女の言葉一つひとつは僕の心を優しく包んでくれた。
でも彼女がいくら僕を許しても僕自身が許してくれない、彼女の言葉は罵倒へと変換され心臓の奥深くに刺さる。
手紙1枚にびっちりと詰められた優しい罵倒は最後に言った。
「幸せになって」
その言葉は変換されずそのまま僕の心を殴った残酷で優しい呪いが僕にかかる、彼女の最後の願いが僕を呪った、もう手紙はどこからか降ってきた雨のせいで所々滲んでしまっている。
いつの間に時間が経ったのだろう空は夕焼けのオレンジで塗りつぶされていた。
「幸せになってか、、大層な遺言だなぁ」
呟いた独り言は誰に届くことも無く波の音に流された。
きっと今のシーンには夕焼けよりも雨が似合う、それなのにそんなことはどうでもいいと僕を無理やり照らす夕焼けを不覚にも綺麗だと思ってしまった。
スマホを取り出し夕焼けに向けシャッターを押す、やっぱり肉眼より綺麗には見えなかった。
そうだ、なら、早く行こう_______。
今度こそみんなに伝えよう「夕陽が綺麗だよ」ってそしてみんなで見ようこの夕陽を
手を繋いでみんなで__________。
1歩ずつ夕陽に近づく
あと少して掴めそうなほど近くに来た時ぐるりと世界が回った、夕陽はそんなこと気にもとめず僕らを照らしている
「あぁ本当に綺麗だな_____。」
僕は思った僕の書いていた手紙はきっと遺書だったのだろう、僕は初めからこうするつもりだったんだ、また僕は気付かないふりをしてここまで来てしまった。
でも、僕の予想は少し外れた僕は罪に耐えきれず死ぬのでは無い、ただ家族に夕陽を見せに行くんだ、だから手紙の最後はこう綴った
”僕は妻と娘と綺麗な夕陽を見てきます。それが僕にとって1番の『幸せ』だから”
ここまで読んで頂き本当にありがとうございます。
今作品が処女作となりますがこれかも小説を書いて行けたらと思います。
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繰り返しありがとうございました。