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上,拝啓

エピローグから本文まで来て頂きありがとうございます。


“こんにちは“


 書き始め方がわからず試し書きのように挨拶を綴った。


“僕には手紙を届けるような人間はいません、元から片親で女手一つで育ててくれた母は僕が自立したと同時に安心したように旅立ちました。血のつながった親戚もいません、なのでこの手紙はこれを最初に読んだどこかの誰か宛です“


 とりあえず説明をと思い文を書き連ねたがこんなもの、読む人がいないのに書く意味があるのだろうかと思いながら久しぶりに書いた自分の文字を眺めた。

 家族しかいなかった自分には家族を失った悲しみを分け合う友人も親もいなかった。

 ただ、何かに気持ちを吐き出したくて、書き始めた気持ちを殴り書くだけの手紙、手紙という程にすれば誰かと悲しみを分け合える気がした。


“僕は家族を失いました“


 初めて形あるものになったその事実を見てそれが事実であることをようやく理解した。


 あの日からはもう数週間が経過していた。もう全員分の死亡届を提出しこの手で3人分の骨を拾ったというのに、まだ理解できていなかった。買い物に行けば子供らが好きだったお菓子をつい手に取ってしまうし、いつも妻に頼まれていた牛乳を買い足してしまう、おかげで冷蔵庫には賞味期限均等に開いた牛乳が鎮座している、最初の方のは開かれることもなく賞味期限が切れてしまった。

 ペンを握ったままあの牛乳たちをどうしようかと考える、しばらく出番がなかったせいでペンを握った手はそれがペンであることをもう忘れてしまっていた。浮いていたペン先が紙に落ち黒い点が滲む、もう消せない点を睨みとりあえず考えなしにペンを走らせる。


“僕の家族は本当に楽しい家族でした、特別お金持ちだったわけでもない、大きな家でもなくあまり住みやすくはない住宅街の端っこにこじんまりと立つ小さな家で妻と娘2人と暮らしていました。

 妻は僕とは真反対の性格でとても楽しい人でした、長女は僕に似てしまい少し物静かな子でしたがしっかりと妻の遺伝子も受け継ぎ優しく楽しい娘で小学生に上がったばかりでした、次女は妻の遺伝子を多く受け継ぎ元気でユーモアのある子でした、次女は幼稚園の年小さんで最近仲のいい友達が増えてきたばかりでした、家族との生活は毎日毎秒、僕の人生の中で最も幸せな時間を積み上げていきました。

 みんなに会いたい、ただもう一度抱きしめたい、この家は僕1人には広すぎる、毎朝目を覚ますと台所から包丁の音が響く気がする、手を繋いで起きてくる娘たちの足音が聞こえる気がする、こんなにも鮮明に思い出せるのに、どこを探してもどこにもいなくて、みんなの骨を拾ったことを思い出す、なんで、どうして僕も連れて行ってくれなかったの?__。“


 紙に点々と波紋が生まれる、紙がこれ以上濡れないよう机の端に避けペンを手放す。誰もいない部屋をただ眺める、誰もいないことはわかっているはずなのに未だに部屋の隅から隅まで見渡しみんなを探してしまう。


 そうだ、娘たちはかくれんぼが好きだった。


「お父さんが鬼ね!」


 聞こえる聞こえるはずがない声が鮮明に聞こえる。両手で目を覆い声を出して数える。


「いーち、にーい、さーん、よーん、ごーお、ろーく、なーな、はーち、きゅー、じゅう!」


「もーいーかーい」


 娘たちは声で場所がバレないようにいつも『もーいーよー』とは言はなかった、大丈夫この沈黙はいつも通りだ。


「よーし」


 いつものように腕をまくりリビングを一周する、長女はいつもカーテンの裏に隠れる、明らかに膨らんだカーテンを毎回見て見ぬふりをして一度通り過ぎる、次女は机の下にがお気に入りだがいつも少し足が見えていた、くすくすと笑う声が聞こえる__はずだ。


「ここか!?」


 いないとわかっているソファの下を勢いよく覗く、視界の先に見える次女の足がビクッと動くそれに今気づいたフリをしてゆっくりと近づく、見つける順番はいつもバラバラにしていた確か前回は長女だったので今回は次女が先だ。


「そーこだー!」


 笑顔で机の下を覗く、いつもならニコニコした次女が嬉しそうな悲鳴をあげながら台所の妻の元へ逃げていく、いつもそうだった。

 だが、そこには誰もいなかった。


「おかしーなー」


 その声が少し震えていることに気づかないふりをした。いやそうだ次女は長女よりもかくれんぼが上手で時折場所を変えていた、きっと今日は違う場所なんだ、なら先に長女を見つけに行こう。

 いつもカーテンに隠れる長女をカーテンの上から勢いよく抱きしめて見つけるのがいつもの流れだ、長女はそれが嬉しくていつも同じ場所に隠れる、隠れていても早く見つけて欲しくて少し顔を出したり、わざと音を立ててくすくすとわらっていた。今日はそんな音は聞こえなかったがきっとカーテンの中にいるはずだ、長女は次女よりも甘えん坊でいつもぎゅーを迫ってきていたから。


「こーこだなっ?」


 勢いよく、優しくカーテンを抱きしめる、思い描いていた大きさのものがそこにはなく行き場に困った両の腕はただ空間を彷徨った。


「あれ、おかしいなぁ」


 視界が滲む、声が震える、長女を抱きしめるために屈めた体が膝から崩れる、もう流れるほどの水分は自分の中には残っていないと思っていたのに、どこからか溢れ出すこの涙は、残り少ない体の栄養を無理やり外へと絞り出した。


 滲む視界の先に妻の部屋が見える、ふらふらと立ち上がり部屋に入る、ふわりと妻の使っているシャンプーの香りが僕の体を通り過ぎる、妻とすれ違った気がして振り返るがその先の景色を見る前に妻はもういないことを思い出す。


* * *


 妻の部屋から見つけ出した手紙であろうものを机の端に置き、書きかけの手紙と向き合う。


“少しでも残っているものがないかと妻の部屋を探してみました。妻が生きていた気配が消えないよう、丁寧に、慎重に。

 手紙を見つけました、妻から僕に宛てた手紙でした、僕にはまだこの手紙を読む勇気がありません。これを読んでしまったら気づいてしまうから、思い出してしまうから。“


 昔の夢を見た、あれはみんなで公園に行った帰りだった薄暗くなった帰り道は少し怖くて娘2人を妻と挟んで手を繋いで歩いた帰り道、会話の中で不意に妻が言った。


「久しぶりに旅行行きたいね。」


 旅行という聞き慣れない響きに娘たちが嬉しそうに騒ぎ始める、娘たちが生まれてから育児もあり行けていなかった旅行、旅行好きな妻とは娘たちが生まれる前、年に一度か二度のペースで旅行に行っていた。


「どこに行きたい?」


 僕が尋ねると、妻はしばらく悩み娘たちの顔をみながらいった。


「東尋坊の夕焼けみんなで見たいな。」


 家族旅行で福井かとも思ったが結婚前にも2人で訪れた思い出の地で妻のお気に入りの景色の一つだったものあり賛同した。

 何年も前の記憶だ、思えばああしてみんなで歩いたのはあれが最後だった。


 行こうと言っていた旅行、結局行けずに終わってしまった。全ての思い出が過去形になる、先などない、いつかなどない。

 それでも、今からでも遅くないだろうか。いや違う、全てが遅かった遅すぎたんだ、だとしても家族と交わした約束を守りたかった妻の笑顔を思い出したかった。


 妻からの手紙、それから書きかけの手紙とペンを鞄の中に丁寧に仕舞い込み玄関に立つ。

 気のせいだろうか、きっと気のせいだ、それでも、気のせいでも幻聴でも確かに聞こえた。


「いってらっしゃい_。」


 笑顔で振り向き家のどこにいても聞こえるように大きな声で言う


「いってきます!」

前半ご愛読頂きありがとうございます。

次で完結になります、更新は少し時間がかかるかもしれませんが気長に待ってただけると幸いです。

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