琵琶
鉄道は赤茶色の荒野の中を走っていた。見渡す限り岩山が続き、時折乱雑に作った手掘りのトンネルを通ることもあった。行き先は、ゴールドタウン。金鉱山のために作られた、鉱夫の町だ。貨物車と運転車を含めて、たった5両のぼろい鉄道だ。レールの境目では、車輪がタカンと音をたてるのと一緒に、車体のあちこちからキィとこすれるような音がした。タカン、キィ…タカン、キィ…という音が規則正しく車内に響いた。いつの間にか、琵琶の音も聞こえるようになった。
ジャラリラ ジャリラリ ジャラリラ ジャリラン
ジャラリラ ジャリラリ ジャラリラ ジャリラン
繰り返し同じフレーズを弾いているせいで、車輪や車体が合いの手を入れるかのように聞こえた。音の主を確かめるために、私は二号車の指定席Bを離れ、木を張った通路から前の車両に移動した。
自由席の一号車はぼろ衣を着て、赤い顔をした鉱夫たちと琵琶を弾く老人と黒い肌の踊り子がいた。両端に並んだシートに鉱夫たちが座っており、溢れた者は木の床に座り込んでいた。老人はつるりと禿げており、わずかに黄色い頭皮を晒していた。しわくちゃの顔で、目はほとんど閉じられていた。琵琶の方を見ず、手がひとりでに演奏しているように見えた。床の上にあぐらをかいており、仏教の僧侶のような黄土色の着物はあちこち擦り切れている。琵琶もかなり古いものであることが遠目にもわかるほど、塗料は剥げ、木目はすり減っていた。琵琶の音に合わせて、踊り子はどこかの先住民の踊りを踊っていた。明るい水色の衣装のせいか、今まで見た人間の誰よりも肌が黒く見えた。顔をベールで隠しており、機械のように規則正しく踊り続けていた。鉱夫たちはこの二人を迷惑そうに遠巻きに見ていた。新聞記者という職業柄、不思議なことには首を突っ込みたくなってしまう。私は琵琶の老人に声をかけた。
「あの、すみません。」
しかし、老人はこちらの声が聞こえていないかのように、琵琶を弾き続けた。
ジャラリラ ジャリラリ ジャラリラ ジャリラン
ジャラリラ ジャリラリ ジャラリラ ジャリラン
次は大きな声で話しかけてみた。
「あの、おじいさん。」
いくら琵琶を弾いていても、聞こえないということはないだろうに、老人はこちらに振り向くどころか、眉を動かすことさえなかった。鉱夫たちは面白そうにこちらを見ていた。続いて、踊り子に声をかけてみることにした。
「あのー。」
先ほどと同じくらい声を張り上げ、肩に触れてみたが、彼女も一切動きを止めることなく踊り続けた。私の手は、彼女の腕に振りほどかれてしまった。鉱夫たちは飽きたようで、それぞれ靴ひもをいじったり、指のささくれを引っ張ったりしていた。私は席に戻った。
二号車では二つ後ろのF席の白い肌の口ひげを生やした紳士が、となりのE席の白い肌の老紳士と何やら話していた。さらに一つ後ろのH席では、白い肌に黒い立派な顎ひげを蓄えた紳士が窓の外を眺めていた。汽車は何の変化もなく走り続け、真昼の陽気に当てられた私は目を瞑った。
再び目を開いたのは、ズガンという銃の音が聞こえたときだった。外はかなり暗くなっていたはずである。慌てて後ろを振り返ると、二両目と三両目の間の通路に鉱夫の一人が倒れていた。その奥には一等席の三両目にいた金髪の男が白銀に光る銃を握っていた。三両目には他に客がいなかった。
「こいつは俺の金を盗もうとした。だから殺した。」
金髪の男は唾を飛ばしながら叫んだ。
「お前らもこうなりたくなけりゃ、この車両には近づくな。」
そう言って、金髪の男は窓から死体を投げ捨てた。一両目では、鉱夫たちがざわざわと話し始めた。二両目の後ろでも、ひそひそと話し声が聞こえた。暗すぎる照明の中、私はこのことを手帳に書き留めた。しばらくすると一号車も二号車も静かになった。窓の外には、ごみや煙で薄汚れた街中では決して見られないような満天の星空と月明かりに照らされた赤褐色の大地が広がっていた。月が高くなるまで本を読んだ後、再び眠った。この間にも琵琶の音は止まらず、汽車は同じリズムを刻み続けていた。
ジャラリラ ジャリラリ ジャラリラ ジャリラン
ジャラリラ ジャリラリ ジャラリラ ジャリラン
翌朝、金髪の男の悲鳴によって目を覚ました。日の出の頃だった。物が叩きつけられて、壊れるような音が何度も聞こえた。
「たすけてくれぇ…」
という金髪男のか細い声の後、ダンダンダンと銃の音がした。一瞬、静寂が訪れ、琵琶と汽車の音だけがした。一呼吸置いた後、ゲラゲラと鉱夫たちの醜い笑い声が聞こえた。カチリと鞄の留め具を開ける音、ベチャリと濡れた物を落とすような音がして、服を濡らした鉱夫たちが二両目に入ってきた。
「ひぃっ」
顎ひげの紳士の押し殺したような悲鳴が聞こえた。座席の隙間から後ろを覗くと、鉱夫の一人が赤黒い染みの付いた白銀の銃をカチャカチャと鳴らしていた。顎ひげの紳士は、黒い革の鞄を鉱夫に差し出した。彼らは満足そうにうなずくと、その前の口ひげの紳士たちに銃を向けた。彼らも茶色の革の鞄と、アルミのスーツケースを差し出した。続いて、鉱夫たちは私の方へとやってきた。私はくたびれたブリーフケースを逆さに振った。中から新聞記事のスクラップや会社の書類がバラバラと出て来るばかりだ。彼らの興味を引くようなものは入っていなかっただろう。胸元からよれよれの財布を出して、手のひらの上で逆さに振った。紙幣が三枚と硬貨が大小七枚。鉱夫たちは紙幣と一番大きな硬貨を取り、私の肩を叩いて一両目に戻っていった。汽車の外では、遠くの塔のような岩山から顔を出した朝日が、ごみを燃やし尽くしていくかのように、赤茶色の大地に真っ赤な光を降り注いでいた。こんな時でも、琵琶は鳴り続け、汽車はリズムを刻んだ。
ジャラリラ ジャリラリ ジャラリラ ジャリラン
ジャラリラ ジャリラリ ジャラリラ ジャリラン
一号車では、鞄を漁っている鉱夫たちが指輪だの小切手だのを見つけるたびにどっと歓声が上がった。そのすぐそばで真っ黒な踊り子が踊り、老人が琵琶を弾いているのは大変奇妙だった。カサリと紙の音が聞こえて、座席の間から後ろを覗いてみると、紳士たちがメモのやり取りをしていた。こちらに気づいた老紳士は人差し指を口に当てる仕草をした。
日が少し高くなってきた頃、一号車で争うような声が聞こえてきた。
「それを見つけたのは俺だ。」
「お前はいくつも持っている。」
怒鳴り声がさらに重なって聞こえてきた。
「俺があいつを押さえつけてやったんだ。」
「黙れ。全て俺のものだ。」
争いはますます苛烈になっていき、琵琶の音も聞こえなくなってきた。その瞬間、ダーンと銃の音が聞こえた。一瞬の静寂の後に、凄まじい叫び声が車内に響いた。獣のような絶叫と共に銃声は二発だけ続き、その後は拳が肉体にぶつかる音が何度も聞こえた。おぞましい悲鳴と絶叫の中、後方からわずかに衣擦れの音が聞こえた。老紳士と顎ひげの紳士が黒い銃を構えて一号車の通路に立っていた。鉱夫たちが気づく前に、紳士たちは容赦なく銃を連射した。銃声が止むと、もう怒鳴り声は聞こえなかった。老紳士は銃を構えたまま、私の方へ振り返って尋ねた。
「あなたは今の出来事を新聞に書きますか。」
私が首を横に振ると、彼らは銃を胸元へしまった。私は席を立ち、静かになった一号車へ向かった。琵琶の音はもう聞こえなかった。
一号車は血の海だった。頭を撃たれたものや心臓を撃たれたもの、腹が穴だらけになったものがいた。琵琶の老人にも弾が当たったようで、頭から血を流して動かなくなっていた。琵琶は床の上に転がって、鉱夫の血を浴びていた。しかし、不思議なことに踊り子は倒れることなくその場に立ち尽くしていた。銃弾に当たっていないはずはない。私は踊り子の背に触れてみた。すると、金属のように冷たかった。人間の踊り子と思っていたそれは、琵琶の音色に反応して動く自動人形だった。ぴくりとも動かなくなった人形を置いて、紳士たちは押収された鞄を探した。書類や財布などを死体の山から引っ張り出し、死体のぼろ衣で血を拭っていると、車体が前後に揺れるようになった。わずかだが、血だまりが前方に広がっていった。
「なんだか遅くなっていないか。」
口ひげの紳士がそう言うと、老紳士は一号車の前の運転車のドアに手をかけた。錆びついてなかなか開かないようだ。顎ひげの紳士も手を貸して、何とかドアを開けると、エンジンに石炭をくべようとシャベルを宙に浮かせたままの真っ黒な男がいた。
「自動人形か。」
口ひげの紳士が言った。老紳士は自動人形の手からシャベルを取ろうとするが、びくともしなかった。私も手伝い、総出でシャベルを取ろうとするが、少しも動くことはなかった。老紳士と私が息を切らしてふうふう言っていると、顎ひげの紳士が目を見開いた。
「琵琶だ。」
そう言って、顎ひげの紳士は血に濡れることも構わず、琵琶を持ち上げて弾き始めた。
ジャラリラ ジャリラリ ジャラリラ ジャリラン
ジャラリラ ジャリラリ ジャラリラ ジャリラン
すると、踊り子が踊り始め、石炭をくべる人形も動き始めた。
「なぜ、私はこれを弾けるんだ。」
顎ひげの紳士は真っ青な顔で言った。彼の表情とは逆に、彼の手は慣れた手つきで琵琶を弾き続けていた。
ジャラリラ ジャリラリ ジャラリラ ジャリラン
ジャラリラ ジャリラリ ジャラリラ ジャリラン
「頼む。誰か止めてくれ。」
泣きそうになりながら、顎ひげの紳士はこちらを見上げた。老紳士が琵琶を持つ手を引っ張ってみたが、琵琶が離れることはなかった。この間にも、琵琶は鳴り続けていた。
ジャラリラ ジャリラリ ジャラリラ ジャリラン
ジャラリラ ジャリラリ ジャラリラ ジャリラン
老紳士と口ひげの紳士が手を押さえて、私が琵琶を引っ張ることにした。彼らが指を一本ずつ離すと、琵琶をとり上げることができた。その代わりに、私が琵琶を弾き始めてしまった。
ジャラリラ ジャリラリ ジャラリラ ジャリラン
ジャラリラ ジャリラリ ジャラリラ ジャリラン
もはや、紳士たちは琵琶に触れることを恐れて、近寄らなくなってしまった。私は琵琶を弾き続けた。
ジャラリラ ジャリラリ ジャラリラ ジャリラン
ジャラリラ ジャリラリ ジャラリラ ジャリラン
私の手は止まるどころか、だんだん早くなってきた。
ジャラリラ ジャリラリ ジャラリラ ジャリラン
ジャラリラ ジャリラリ ジャラリラ ジャリラン
車輪の音もだんだん早くなって、タン、タンと琵琶の音とともにリズムを刻んだ。踊り子はくねくねと踊り狂った。
ジャラリラ ジャリラリ ジャラリラ ジャリラン
ジャラリラ ジャリラリ ジャラリラ ジャリラン
窓の外の景色がどんどん早く過ぎていった。雲一つない空は青く、日は高い。そろそろ終点に着いてしまうと分かっているが、手はどんどん早く動いた。
ジャラリラ ジャリラリ ジャラリラ ジャリラン
ジャラリラ ジャリラリ ジャラリラ ジャリラン
町が見えてきたが、汽車は止まる気配がなかった。石炭がものすごい速さでくべられ、炎が赤々と燃えていた。車輪はタタタタタとずれることなく拍を取っていた。踊り子はくるくると回って、今にも倒れてしまいそうだ。
ジャラリラ ジャリラリ ジャラリラ ジャリラン
ジャラリラ ジャリラリ ジャラリラ ジャララン
終わりのフレーズのようなものを弾いた瞬間、汽車は停止板をなぎ倒して岩壁にぶつかった。運転車と客車は全てぺちゃんこになり、一番後ろの貨物車は横転しながら谷底へ落ちていった。私は運良く窓から投げ出され、一週間生死を彷徨った後なんとか生き永らえた。紳士たちは三両目で肉塊となって発見された。あの琵琶は汽車の中で壊れてしまったのだろうか。