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「ミナ・シュヴァリエ。第二王女でありこの学校の生徒の一人でもあるフラン・イリアス王女殿下を殺害しようとした疑いにより、貴様を魔法学校から追放する」
つい先日まで私は、自分の身に何が起こるのかをまったく想像できていなかった。
主席での卒業を来月に控え、既に王宮の守護術師としての地位が内定している。
それだというのに、ここ、イリアス王立魔法学校の大ホールにて、私は、校長であるグラン・スフィールに学園からの追放を言い渡されていた。
「イリアスの下級貴族である貴様は、その類稀な才覚によりこの学校で常に上位の成績であり続けた。だが、そんな優秀な人間であろうとも、王女を、この学校の生徒を殺そうとするような野蛮な思考を持っているとわかった以上は処罰に掛けなければならない」
私はそんなことをしていない。
思わず、そう口を開きそうになった。いや、実際そんなことは一切していないのだが、いくらそういったところで今さら何の意味もないことを理解している。
アンナだ。
アンナ・ロザリア。
ロザリア家の令嬢で、現当主はこの国の宰相を務めている上級貴族、グザヴィエ・ロザリア。王宮とのかかわりが深く、この学園にて第二王女であるフラン・イリアスの次に影響力のある人物。
そんな人物に、私は完全に目を付けられていた。
「先日の事だ。といっても、お前にとっては馴染みの深い話だとは思うがな。この学園に魔物が侵入したのだ。南部大陸にしか生息しないといわれているローゼスハウンドの、とりわけきわめて危険な個体だったと聞いている」
「……続けてください」
「ああ、そのローゼスハウンドが現れた場所は丁度このホールの前あたり、フラン様の演説が行われた後だったそうだ。それの何が問題か、お前にならわかるだろう? ミナ」
それの何が問題だったか。
簡単な話である。
「その個体を飼育していたのが私であり、当該個体の行動は全て私の管轄下にあったことです」
「その通りだ。貴様の飼育していたローゼスハウンドが、これまで一度も折を破ったことはないというのに、偶然にもフラン様が演説から変えられた時に脱走をし、彼女の元に現れた。事の詳細はこうだと聞いているが、」
つまり校長は、私の飼育している個体であるローゼスハウンドが逃げ出し、その上王女を襲おうとしたことについて、私の責任を取ろうと考えているのだ。
だが、ハウンドが逃げ出したことなど、事件が起きるまで知らなかった。
別棟にいた時に外で騒ぎが起きていることを知り急いで向かうと、その中心にローゼスハウンドと王女がいたのだ。
私は驚き、その場でローゼスハウンドを制圧しようとした。
しかし、そこにちょうど現れたアンナが私よりも早くハウンドを殺し、すぐに王女の元に駆け寄ったのだ。
それからの事はほとんど覚えていない。
ローゼスハウンドを失って、茫然自失だったのだろう。
ただ一言、アンナが私に発した言葉だけは覚えている。
『いい気味ね、奴隷女』と。
そのたった一言で、これらの件を企てたのが彼女なのだとわかった。私を貶めたいがために、王女を救うという自作自演に出たのだ。
元々私とアンナは仲が悪いわけではなかった。それに、何か確執があったとかそういう事もない。
いつの間にか学内で疎遠になっていたと思ったら、軽い嫌がらせのような物が始まったのだ。
そしてそれから二年程が経って、今回の大きな事件が起きた。私からすれば、全く持ってわけのわからない話だ。
しかし、周りからの見え方は異なる。
周りはアンナの嫌がらせなんか知らないし、彼女を品行方正で文武共に成績優秀な宰相令嬢だと思っている事だろう。
つまり、どこの家の出蚊もわからない下級貴族の私の信用など、アンナに対する物と比べればないに等しいのだ。
「……誰かが勝手に鍵を開けたという可能性はないのですか?」
「口答えをするな!! お前のような位の低い者が高い者に恨みを募らせるのは当然のことだが、それを行動に移すのは間違っているといっているのだ。ここは、そのような愚か物が在籍していい学校ではない」
校長がそういうと、いつの間にか増えていた見物人たちからヤジが飛んだ。
その一つずつを聞くことはできなかったが、ほとんど全てに嘲笑が混じっている事だけは受け取れる。
私は、もうこの学校にはいれないのだ。
低階級の人間など、この学園の中だけで見れば一般市民と何一つ変わらない。
おまけに王女様を殺そうとしたなんて噂もついてくるのなら、いよいよ命すら狙われかねないわけだ。
「結論は出たか? 元より一つしかないはずだがな」
私にできる選択は最初から一つだけだったのだ。
「……命令を、受け入れます」
「よろしい」
校長の息を吸う声が聞こえた。
私は、今ここに宣言されるのだ。
王女を殺害しようとした謀反人であり、学園に仇なす賊の一人だと。
「それでは――かの者、ミナ・シュヴァリエを、王女殿下、フラン・イリアスの殺害を企てたとして王立魔法学校から追放することを我が名において宣言する!!」
魔法が好きだった。小さい頃からずっと、もっとたくさんの魔法を学びたいと思っていた。
そのためにしてきた勉強や修行が身を結んだからこその魔法学校の入学だと思っていた。努力が功を奏しての首席なのだと思っていた。
だが、この国においてはそんな物微塵の影響力もない。
ただの階級一つで、ただの一言で、ただの噂程度の物で。
私のような下級貴族やそれ以下の地位の人々は、一瞬にして人生を失ってしまう。
むしろ、王族の殺害を企てたというのにこの程度の処遇で住んでいるのは奇跡なのだ。
本来なら極刑か、その場で殺されてもおかしくない程の大罪なのだから。
「何をしている、ミナ・シュヴァリエ。貴様はもうここの生徒ではないのだ。さっさと出ていけ」
校長の冷たい視線は、もはや人間を見るものではなかった。
そのうち地方にも私が王女を殺そうとしたという噂が広まることだろう。
もし仮にそうなれば、私の家そのものが解体されるか、一家全てが極刑に掛けられるかもしれない。
アンナの企みは、全て成功してしまった。
私に唯一与えられた魔法と才能だけが、お父様を喜ばすことができたから。
もっと褒めてもらいたかった。魔法が好きだから。自分の好きな事で自分の好きな人が喜んでくれる。
それ以上に幸せな事なんてない。
心の中が渦を巻いているみたいにいろいろな感情があふれてくる。
もう自分が何をしたかったのかなんて忘れてしまった。この場で狂乱して校長を殺してしまおうか、そんなことも考えた。
けど、全て心の渦の中に消えていった。
今残っているのは、この情けない自分の姿を引き擦ってこの場から今すぐに離れたいという気持ちだけだ。
震えている足を引きずるように歩き出す。これからどこに向かおうか。そんなことも考えられない。弱々しい一歩だった。
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初心者&見切り発車です
なにとぞなにとぞ