第二話 常夏! プライベートビーチでの汗がしたたるボクの体験、それから逃走劇
あらすじ
トマルアユミは二十五才の高校三年生。そんなカレはライブカメラに写る少女に惹かれ、ライブカメラの情報をたよりにカノジョを特定する。カノジョの名前はキリガクレタラリ、そして同学だとしったカレは久しぶりの登校でカノジョと出会い、下校デートを体験する。ふたりはウマがあい楽しいひとときを過ごす、カレの一言ですべてが一変するまで。カレは尋ねてしまった、「真夜中に腰まで川に浸かってニヤニヤしながらライブカメラ見てるのキミだよね」と。川の中から現れる瓜二つのカノジョ。川のカノジョを助けようとするカレ。豹変したカレを止める陸のカノジョ。しかしカレは川に足を入れ、川のカノジョに引きずり込まれる。陸のカノジョは助けようとするがチカラ及ばず川に引き込まれる。そのとき、陸のカノジョはみじかく、「疾」と唱える。そしてふたりは白い光に包まれた。
……ざばぁーん……ざばぁーん。
気がつくとボクは波に打たれていた。
波はつめたくて気持ちいい。
あたたかい日射しを全身に浴びながらつめたい波をこの身に受ける、
サイコーにゼイタクな気分だ。
ほんのりと熱をもつ砂浜をふとんにしながらボクはまたウトウトしている。
だけどもう起きねばならない。
アタマがハッキリと冴えてきた。
ボクは、ジブンでもよく未だにわからない。
なぜか水中に浮かぶたらりさんの顔をしたカノジョたちが助けを求めていると思いこんでいた。
というよりも惹かれていた。
あんなにもアヤシイ存在だったのに。
……ここまでカノジョたちを疑えるってことは、ジブン正気に戻っているよな。
また、たらりさんを危険なメにあわせたくない。
初対面のヒトを助けることができる善人を。
ヨシッと、まずはたらりさんを探さなくては。
それにしてもたらりさんはドコに行ったんだ。
水中でいっしょに溺れていたときは手をつないでいたキオクがあるんだけどな。
そしてなーんで目が見えないんだ。
どうしてしまったんだ、ボクの視界はいまだに真っ暗なままだ。
ぼとり、ぼとり。
ボクの足元のコゲ茶色のカタマリがある。
視界に意識を向けたときボクの目からハガレ落ちた。
どうなってんだ、このカラダ。
このカタチには見覚えがある。
カサブタだこれ。
いや、でもでもそんなことはどうでもよくなるくらい視界がクリアになってる。
メガネはかけていないけど、すこしボンヤリとしていた焦点が定まっている。
これこそがタダしい状態と言わんばかりだ。
雲ひとつない透明な空の下、砂浜がどこまでも白く輝いている。
砂浜には青々とした背の低いココナッツの木々しかなくて、青空がとても近く感じる。
いまボクは青空のなかにいるようなサッカクを覚えている。
スッゴく、気分がソーカイだ。
それに、見つけた、地平線のカナタに、ずっと遠い砂浜にたらりさんの艶やかな黒髪が見えるぞっ。
はやく会いに行かなければ。
じゃりじゃりじゃりじゃり。
ナミを吸った砂浜が踏まれて歓喜の声をあげている。
そんなことあるはずがないことはわかっているけど。
ボクがたらりさんと再開できたことに、砂の一粒ひとつぶが喜んでいてくれる気がするんだ。
……なぜだろう、たらりさんのまわりが紅く染まっているような。まさか出血しているのか?
まずい、急がないと。
急げ、急ぐんだ、もっとアシ動けよっ。
ハァハァ、すこしずつ、見えてくる。
カノジョのお腹が、黒く、フクらんで。
「ゼェー……ゼェー、キリガクレさん!」
よ、よかった。
カノジョはスゥスゥと寝息をたてている。
その音からは異常さは、感じない。
生きている、まずは安心だ。
だけどモンダイはカノジョの腹部が真っ黒に腫れ上がっていることだ。
不思議なことにニオイはそれほど悪くない。
あれだ、公園の鉄棒を思い出させるさびた金属のニオイだ。
そしてキメ細やかな白い肌とどす黒いカタマリのスキマから深紅の血が絶え間なく流れ出している。
どす黒いカタマリには無数の赤い半円が浮かびあがり、その中心には血でヨゴれたヒトハダに似た色をしたロープがつながっている。
見てはいけない、そう思っているのにそのロープのさきに目が向けてしまう。
だがつい顔をあげて見てしまった。
ロープのさきには女性がいた。
海の果て遠いとおい地平線のカナタにいるがハッキリとボクには見える。
プカプカと水に浮かぶキイロいヒモを、いとおしそうに手探りながらコチラにほほえんでいる。
その整った顔にある小さなシミさえもくっきりと拝見することができる。
そんな巨大な女性が目元だけを水面から出している。
髪の毛をイジル要領でヒモをクルリと弄ぶ一本の指もショーゲキ的な大きさだ。
ツメしか見えないし、そのツメも鈍いギンイロに染めている、渋いな。
これヒモもあの巨人に近づくにつれて大きくなってないか?
そんなふうにじっくりとねーっとりと観察してしまうくらいキミョウな光景だ。
なぜかボクのするどい視線を目が合うと顔を反らしているしブキミさすらも感じさせない。
むしろかわいらしさを感じる。
ボクはギャップに弱いんだ。
キョダイなのに恥ずかしがりや、持ち味をコロすそのシグサに感服だね。
……まぁ、ジブン、ゲンジツから目をそらしてるよな。
なんだかホッコリしてしまっているけど、たらりさんの腫れ上がったお腹アイツの仕業だよなぁ。
放置したらマズイよなぁ。
チラリと肉のカタマリに目をむける。
たたみ一畳の白い砂浜が深紅に染まるほど血を吸っている。
睡眠に必要な最低限の広さが紅くなっている。
だけどたらりさんの顔は痩せこけても蒼白くもなっていない。
つまり、コレはたらりさんの一部ではないんじゃないか。
ボクは赤黒いカタマリと色白の肌の境界にユビを挟みチカラをいれて。
よしっ、いけるぞ。
……メリ…メリメリメリ、ベチン。
カピカピに乾燥したカサブタもどきをツルツルしたお腹からはぎ取る。
うわっ、ケッコー爪に血の粉末がこびりつくな。
しかし、それよりも、思った以上に、この汚物、たらりさんに癒着してたんだな。
カノジョのキズひとつなかったキャンパスを思わせるお腹からうっすらとピンク色の花びらが浮きあがっている。
なめらかでひっかかりのない皮膚が無残にも千切れている。
たらりさんの不安なんてなさそうな安心しきった顔にシワができている。
やっちまったなぁ。
ヒタイになやましげなシワが集まっていき、
ウ、ッう゛ェえ゛えぇえ゛えぇええ゛ん゛。
うっ、キーンと想定外の爆音がっ。
耳をやられた。
コマクがジンジンと焼き付く。
水平線のカナタからだ、コドモが甲高く泣いてる、それもかなりの大音量で。
もしやカノジョの声か、コレ。
あのおかあさんって感じのカノジョがコドモ顔負けの大声をあげてる?
き、気になるぞ、その顔は。
申し訳なさはある、だがボクは好奇心に負けてしまった。
クルリと海を仰ぎ見る。
カノジョはコドモ特有の純粋な憎悪のマナコでぼくを睨んでいる。
目には大粒のナミダを浮かべている。
クチは水中に沈んでいて、見えない。
だけど歯を食い縛って、ウゥゥゥー、ウゥゥゥーと堪えきれないイカリを吐き出している姿が目にうかぶ。
ウゥゥゥー、ウゥゥゥー。
ううう、やっぱり声にだしてるし。
海水をもろともせず声を張り上げている。
そして水面にうかぶカノジョの顔がキカンシャ顔負けのはやさで迫ってきてるっ。
目をパチクリさせているたらりさんを肩にかつぎ上げる。
フシギと肩の古傷が痛くない。
これなら大丈夫だ。
海に背をむけるとソコには地平線のカナタまで砂浜が拡がっていた。
「たらりさん、ボクは砂漠に逃げますっ」
ボクは、一目散に果てしない砂漠を駆ける。
脱兎のように必死にゼンリョクを尽くしてアイツから逃げ切ってやる。
「……いや、わたしも走れるよッ」
しばらくしてカンゼンに覚醒したたらりさんが肩をすばやくタップする。
ボクはたらりさんを拘束していた腕を弛める。
たらりさんは軽やか降りるとすぐさまサッと後ろを振り返る。
たらりさんを右腕と右肩でガッチリ固めたときと触感が忘れられそうにない。
しっとりとした肌が重力でボクの肩に沈みこんだことで知ったボクでも支えることのできる重み。
そして汗で濡れてジットリとしたふたりのなまの皮膚が互いにすべりあうことで感じたやわらかく不定形でなめらかなカノジョの身体を。
「いやらしいカオをしてる場合じゃないよっ。あのヘビオンナ砂浜にジョーリクだよ。トンでもないスピードで追ってくるよぉぉぉ」
ヘビオンナ?走りながらチラリと後ろを振り返る。
「アタマ以外ヘビじゃないか!」
だからアイツは顔を一部しか浮かべなかったのか。
恥ずかしがりやだったからな。
なるほど、それでアイツは水面と平行に泳いできたのか。
スッキリしたな、ギモンが氷解した。
「その通りだよ。ボーソーレッシャ、コッチに突っ込んでくるよっ。ゼッタイ追い付かれちゃうよっ」
たらりさんが必死に走りながらゼツボウ的な現状を言葉に出す。
速すぎる、ものの数分で水平線からの数キロもの距離を詰められてしまった。
ちくしょう、コッチはまだ一キロも海岸から離れてないのに。
もうあと一分もしないで追い付かれる。
ボクの何倍もあるデカイ顔に猛スピードではね飛ばされてしまう。
ボクもたらりさんも木っ端微塵でバラバラだっ。
こうなったら、アレしかない。
「うおおおぉぉおぉぉおぉぉ! ボクをナメるなよっ。イッパツ決めてやるッッッ」
反転攻勢に出る。
アイツに向かってトツゲキする。
アイツに向かってヤツがヘイトを抱いているのは、このボクだ。
たらりさんはカンケイない。
せめて、カノジョは逃がして見せる。
ハダカ一貫でぶちかましてやる。
このボクの捨て身の一撃思い知れっ。
「こぉらららァぁあぁぁッ! ジブンだけイイカッコーなんてっ、ダメだからねっ」
肩を掴まれた。
強いチカラに、真横に、吹き飛ばされる。
なんてチカラだ。
そのスキに白い疾風がボクを抜き去る。
アシはやッ。
ダメだ、バランスを崩したボクでは追いこせない。
あああ、カノジョが直撃するっ。
「あっ、跳んだッ」
たらりさんがギュッと砂場を踏み切った。
空中でくるりと身を翻し、背面跳びに移行する。
まずは砂漠を切り分けて進むアゴの高さを越えた。
そして、目をギュッと閉じてナミダを流しながら、大きく、まるく開いているクチ。
その口内の歯と歯とわずかなスキマに勢いよく飛び込んだ。
「うぎゃゃやゃァァあァああ。背中がっ。アツいアツいアツいぃぃぃ。」
カノジョの叫び声が聞こえる。
ジソク数十キロで喉から胃腸へすべり込んでいるのか。
「うぎ、うぎぎぎぎぎぎぎぎ」
ヘビオンナが苦悶の表情を浮かべている。
眉間にシワがよって歯をギリギリすり潰している。
ズシン、ズシン。
うおおおぉぉぉ、アイツが、グルグルと転がり始めたぞ。
コッチにこない。
ボクが眼中にないのか。
い、いまのうちに逃げたい。
ちくしょう、だけどたらりさんは、見捨てられない。
ヘビオンナのハラのなかでグルングルンとシェイクされているカノジョを。
「……でも、どうすればいいんだよ」
ヘビオンナの体内に侵入するのは不可能だ。
だから横方向に高速カイテンしているカノジョのクチに入る以外に救いだす方法を考えないと。
なにか、ないのか。
はやく思い付かないと、たらりさんがウンメイが二択になってしまう。
あの横回転でバターになるか、そのまえに胃酸で溶かされてしまうかという究極の二択に。
というか、ヘビオンナはあんなに回転してブジなのか。
イタミを感じているんだったら吐き気だって催すんじゃないか?
それなら、アイツのキモチのワルいことを言えばいいんじゃないか。
そして、たらりさんを吐き出させてやる。
「へぃ、そこのオジョーサン。イイカラダしてるねぇ。オニーサンとちょっとゴハンいかない。ボク、ココに詳しいからイイ店を知ってるんだよね。コーカイさせないし、テンゴクに昇るようなケーケン感じたいデショ。ケンコー的はコムギ色の肌をしているねぇ。見ていてオニーサンもゲンキが出てくるヨ。なんだかハッスルしてきたなぁ。そのツインテールも似合っているよ。オトナの顔してるのに、ガクセイみたいな肌してて、コドモみたいなセンスでさ。もうもうタギっちゃうね。ほらこの髪の──」
おろろろろろろろろろろろ。
我ながら勇気のある行動だった。
ヘビオンナが立ち止まった、その一瞬のスキをついて髪の毛に触れた。
やはり、髪の毛は女性のイノチというわけだ。
見ず知らずのオトコに触れられるのはイヤだったのだろう。
ドロドロとした吐瀉物をアタマからかけられた。
酸っぱいニオイがする。
おえっ。
「ぐげぇ」
痛い、クビがポッキリと折れそうだ。
追加で頭上からナニかが降ってきたのか。
押し潰されてうつ伏せになっているからスガタはわからない。
でもわかってしまう、これはたらりさんのカラダだ。
「まだゼーッタイに起きあがったらダメだからね。わかってると思うけど、いまハダカだからじゃないからね。なんとか、なんとかボロボロだけどまだ堪えてるからっ。インナー、ヘビオンナの体内で溶けちゃうトコロをなんとか阻止したんだよ。いままで眠っていたサーファーの才能にカンシャだね。ホーント、スケベな粘液だよっ、まったくもう。まぁ、粘液でベトベトなったおかげでモミジおろしにならずにすんだんだけどさ」
「それはよかったよ。それよりっ、ヘビオンナの様子はっ」
レイセーに考えてみると、いまマッタリと会話してる場合じゃない。
「ジメンにカオから突っ伏してるよ。でもさ、トマルくん。わたしがブジにセーカンしたのにその態度はないでしょ。それはよかったで流しちゃうの、ハクジョー過ぎるよ。わたし、さすがにヘビオンナが元気だったらトマルくん叩き起こして逃げてるよ。イマのカラダを見られるのガマンして。そう、カラダ……」
たらりさんがボクから飛び退く。
ドンッ。
うぐぅ、強いチカラがボクの背中を地面に押し込む。
痛てて、たらりさんの左手か、コレ。
そっとボクの右手にカノジョの右手が重なる。
「急になんだよ……」
たらりさんは返答をしない。
それと対照的にたらりさんのムネの鼓動が激しくなる。
ドクンドクンとカノジョの手のひらが揺れ動く。
ピッタリと貼りついているボクの手にも響いている。
ボクの心臓もバクバクと高鳴りカノジョの手をピクピク震わせる。
ボクもコトバを発することができない。
カゼひとつ吹かないこの静かなビーチでボクたちは鼓動を通してキモチを伝えあっている。
カノジョの火照ったカラダから汗が垂れる。
たらりとボクの身体をすべっていく。
途中でボクの汗と混じりあっていることに気付いてしまった。
ここは陽射しがキツい。
いつまでも居たら熱射病になってしまう。
それにヘビオンナのことも忘れてはいけない。
あいつがいつ起きてくるのかボクらにはわからない。
こんなところ、はやく立ち去るべきだ。
それなのにカラダはいうことを効かない。
いやいや、カラダの主人はボクだよな。
ボクの理性は本能にコウベを垂れてしまった。
認めるしかないか。
もうしばらくココにいても大丈夫だろう。
と信じて、あとほんのすこし、もうちょっとだけこの触れ合いを楽しもう。