艦の方針は艦長が決めるもの
「実験部隊と新型パワードスーツの回収を終えた現在、以降の本艦の行動方針は何も決まっていません」
まぁそうだろう、何と言っても火星の地球連邦軍はアムロイに制宙・制空権を奪われているからな。だから火星を脱出するにしても火星周辺に遊弋するアムロイ艦隊を突破しなくてはならない。いくらキャスパリーグが隠密性能があるからといってたった一隻、しかも武装も殆ど無い試験艦でアムロイ軍の包囲を突破出来るのか?出来なくは無いだろうけど、それは結構勝率の低い賭けとなろう。
会議室はミハイロフ艦長に技研の村田技術少佐、そして特務隊隊長の俺が揃った事でそのまま試験艦キャスパリーグの行動予定を話し合う場となった。まぁそこは艦長が決めるべき事だと思うのだけど、自分の部下以外技研や特務隊まで抱えたとなっては艦長も他者の意見を聞く必要があるのだろう。飽くまで参考、若しくは聞きましたというポーズ作りのためかもしれないけど。
「是非、忌憚無く意見を仰って下さい」
ミハイロフ艦長が掠れ気味な甘い声で言うだけ言ってみな?と俺と村田技術少佐に促す。
そう言われましてもね、何せ俺は今の今まで火星の荒野でぶらぶらしていたのだから現況が良くわからないんだよね、
「現在はアムロイに制圧されているが、いずれ連邦軍が火星奪還に来るでしょう。それまでどこかに身を潜めていれば良いのでは?」
これは俺の偏見かもしれないけど、技術将校は技術の方に思いが偏りがちだ。村田技術少佐も今の状況をどこか他人事のように思っている節がある。
「そう出来れば良いのですが、友軍の反攻がいつなるかわかりません。それに本艦に積載されている食糧等にも限りがあります。どこからも補給が受けられない状況下では本艦の行動も著しく制限されます」
とは副長の李中尉の言。
技研のスタッフや特務隊員は艦の乗組員からしたらお荷物というか厄介者というか、そんなのが増えちまった訳だしな。副長の意見も尤もだ。
「地上軍と合流するのはどうでしょうか?」
「地上軍の司令部とはアムロイにより通信が妨害されて連絡が付いていません。縦しんば付いたとしてもアムロイに傍受される恐れがあります。また、仮に合流出来たとしてその場合本艦の扱いが不透明です。更には本艦は地球連邦軍の最先端技術の粋を集めた試験艦です。もし本艦が敵に鹵獲された場合、これが敵の手に渡る事となります」
俺の意見は李中尉にバッサリと却下された。
そりゃあ俺だって地上軍との合流がベストとは思っていないよ?合流出来たとしてもキャスパリーグは地下のドッグに入れられて身動き取れなくなるだろし、司令部が陥落した場合は副長が言った通り敵の手に渡るだろうからね。
特務隊だけだったら火星地上軍でもコマンドとしての需要もあるだろうけどな。
結局意見は纏まらず、キャスパリーグの行動は艦長に一任される事となった。艦長に近い階級で違う所属の士官が二人もいるとなれば「艦の方針は艦長に」という当たり前な事を俺と村田技術少佐にわからせるためにこうした儀式が必要なのだろう。
〜・〜・〜
客船でもない限り宇宙船の船内とは基本的に狭いものだ。軍艦であれば尚更で、更に駆逐艦ともなれば昔の潜水艦並みとも言われいたりする。だけど、この試験艦キャスパリーグは駆逐艦と同じくらいと言っても兵装は申し訳程度の主砲が一門と魚雷が艦首に左右二門ずつある程度。その他は測定機器やら何やらを積載させるため取っ払われ、艦内の居住スペースは僅かに余裕があった。
なので、俺は士官として個室を与えられ、とはならず。流石にその余裕は無いようで、特務隊は全員が格納庫の一部を待機場所として指定され、そこでキャンプのように寝泊まりしている。
因みに、技研のスタッフも待遇は俺達と似たり寄ったりなのだけど、村田技術少佐には貴重な空室となっていた士官用個室を与えられていた。
とはいえ、そうして格納庫の片隅で無為徒食でいるにも限界がある。技研のスタッフ達は実験データの解析やらレポートの作成やらをこうした時間に済ませてしまえ!と忙しそうにしているから良いのだけど、俺達にはストレスが溜まる。
「隊長、こんな生活いつまで続くのでしょうか?」
格納庫の片隅でそうぼやくのはフリッツ・オルデンドルフ軍曹。ドイツ人だけど日本生まれの日本育ち、松本の出身だ。なんとご両親(ドイツ人)が松本にある曹洞宗のお寺の住職に夫婦で養子になって日本に帰化したのだとか。なのでフリッツ本人もゆくゆくは住職になる気満々で、だけどその前に色々な経験を積みたいと高校卒業して地球連邦軍に入隊したらアステロイドベルトまで来ちゃいましたという男だ。
歳は俺の1個下。体型は上背はあるものの、ずんぐりがっしりとしていて、その金髪を刈り上げた厳つい風貌と合わせてドイツ陸軍のベテラン下士官感を醸し出している。
オルデンドルフ軍曹の言葉で隊の皆の視線が俺に集まる。皆彼と同じような事を考えていたのだろう。
「いい加減、退屈だよなぁ」
「はい!」
で、キャスパリーグと合流してから3日、俺は艦長と交渉して俺達特務隊が新型パワードスーツの性能実験も兼ねた偵察許可を貰う事が出来た。
因みにこの後、オルデンドルフ軍曹が涌井曹長に
「隊長に余計な事言って煩わせるんじゃない!」
と叱責されたのはまた別の話だっりする。