合流
試験艦キャスパリーグは艦底から四本のアウトリガー型の支脚を出し火星の大地に着陸した。
ホオジロザメにも似た艦形、その外観は周りの風景に溶け込むためのカメレオン機能を解除しているようで只々黒い。艦の大きさは既存の駆逐艦と同じだ。
支脚を伸ばして着陸したキャスパリーグは、その艦底にある資材搬入用のゲートを開いた。
「実験用装備と調達した物資の搬入に掛かれ!」
特務隊の涌井曹長が指示を飛ばすと部下達が動き出す。予め準備していたから人員も含めて30分も掛からず作業は終了。
「世話になったね、中尉」
俺は火星に来てからの一ヶ月の間行動を共にした火星地上軍のランドシップチリバーブ号の船長アレクセイ・クリヤノフ中尉に感謝を込めて右手を差し出した。
クリヤノフ中尉はロシア系の熊の如き体躯をした気の良い30絡みの男だ。その丸顔はくりくりした双眸が愛嬌がある。チリバーブ号は第869特殊任務群が請け負った新型パワードスーツ性能実験のために火星地上軍からチャーターしたランドシップで、火星での移動などに協力してもらっている。火星での勤務が長いクリヤノフ船長は火星の地形を熟知していて、こちらの要求に応えて荒地に高地に海上にと技術将校の無茶振りに見事な操船技術で付き合ってくれていた。
「私は自分の船を操っただけですからね。何という事は無いですよ。御剣大尉こそあの技術少佐の無茶なリクエストに付き合って大変でしたでしょう?」
クリヤノフ中尉はそう言って俺の右手を握った。俺はまぁそうですねと消極的に同意。お互いに今後の武運を祈り敬礼して別れた。
クリヤノフ中尉は俺達と別れた後は原隊に復帰するのだという。まぁ元の所属がそうであるし、火星地上軍もアムロイ軍との戦闘を継続中だからそうするのが筋だろう。
ただ、現在火星の制宙・制空権はアムロイ軍に握られている。その監視態勢は荒いだろうけど地上での移動も細心の注意がいる。中型ランドシップともなれば衛星軌道上から察知される恐れがあるし、火星の上空には大型空母が滞空して地上の動きに睨みを効かせている。
とはいえクリヤノフ船長は火星の地理地形を知り尽くし、操船技術も確かで有能な船長だ。彼の部下達も優秀な事はこの一ヶ月で俺も知っている。きっと彼等は持てる知識と技術を活かして難局を乗り越えるだろう、と思う。
〜・〜・〜
実験した試作兵器と、今日までに火星開発公社の大規模土木工事現場から接収した2発の土木工事用小型核爆弾のキャスパリーグ艦内への収納を終え、俺達特務隊と国防技術研究所から派遣されている技術陣も艦内へと急ぐ。
全員を収納すると艦底のゲートが閉じられると、キャスパリーグは離陸する。艦の外殻はおそらくカメレオン機能で周りの風景に溶け込み、地上に残るクリヤノフ船長達からはもう空と見分けがつかなくなっているだろう。
俺はキャスパリーグのインド系と思われる年増美人な曹長に副官の美濃部と共に艦内の士官室へ案内された。
俺達特務隊員の今着ているのは茶褐色の迷彩戦闘服で、頭には同色のキャップを被っている。軍艦の艦長と会うのにあまり相応しいとは言えないけど、ここは既に戦場だ。制服なんてそもそも持って来ていないから先方もうるさい事は言わないだろう。
士官室にキャスパリーグの艦長と副長と国防技術研究所の技術少佐が入室する。
「気を付け!」
年増美人な曹長の号令で俺と美濃部はすかさず座っていた椅子から立ち上がると姿勢を正す。
「試験艦キャスパリーグ艦長に敬礼!」
着帽なままの俺と美濃部は上座に立つ艦長へ挙手の敬礼。
艦長はサーシャ・ミハイロフ少佐といい、制服の上からでもわかるグラマラスな肢体に艶と少し癖のある金髪をショートにしたロシア系美人。キャスパリーグの性能試験の責任者でもあり技術将校でもある。
「大尉、お疲れ様。ごめんなさいね、遅れてしまって」
敬礼を終えた俺達に掛けた声もちょっとハスキーでセクシーだ。歳の頃は、アンチエイジング技術が発達している現在にあってちょっと確かな事は言えない。見た目は20代後半とだけ、でも少佐で艦長だからきっともう少し上なんだろうなぁ。