ガイダンス
ディアはよろよろと立ち上がると、地面に落ちている魔法宝石へと近づいた。透き通った葡萄のような色を持つソレを手に取るとほんのりと暖かい。ディアはほっと息をついた。
戦いを経て試験合格に必要な魔法宝石を手に入れることができた安堵が彼女の胸を満たした。しかしその胸につかえるものが一つだけあった。
「ベルはこれからどうするの?」
「私は負けたんだから違う魔法宝石を探しにいくわよ」
ベルは立ち上がり、体を伸ばした。その顔からディアは感情を読み取れなかった。悔しさかのか、焦りなのか。しかしそんなベルの様子を見て、ディアは一つ決心した。それはベルの逆鱗に触れるかもしれない行為だ。
「ねぇ……ベル」
「な、何?」
「私あなたと一緒に入学したい。だからコレ受け取ってくれないかな」
ディアは万力の力を込めて魔法宝石を真っ二つにした。魔法宝石は一見堅そうに見えるが、筋に合わせて力を入れると割と簡単に割れるのだ。そんなふうに魔法宝石が割れた光景にベルはポカンと口を開けた。
「な、何をして……」
「取ってくる魔法宝石の大きさなんて決められてないよね。半分こしよう」
ディアは疲労が見え、ボロボロの顔で微笑んだ。ベルは頭を振った。ディアの行為が信じられなかったのである。ディアの行為は今までの戦闘を無に帰すに等しい行為だ。しかしディアの言葉に一切不真面目な要素はなかった。
「……なんでなのよ」
「私ベルがすごい人だって、戦って感じたの。そんな人と同級生になれたら楽しいよ、きっと」
楽しそうだから、ディアの行動の動機はほとんどこれである。知識欲もコレに繋がる。楽しそうだから知りたいし、学びたいのだ。だから彼女は魔法学校に来た。そして今、ベルと入学するのは楽しそうだから魔法宝石を差し出したのだ。
ベルは口をモゴモゴさせ、しばらくすると溜息をついた。
「あなたには勝てない気がする……わかったわ。ソレもらうわ。一緒に入学させて」
「うん!」
ディアは魔法宝石の片割れをベルには手渡した。ベルはソレを受け取り、しばらく見つめた。するとプッと吹き出した。
「ははは!変なの……私たちさっきまでコレ巡って殴り合ってたのよ?」
「ソレはソレ、コレはコレだよ。さ、早く試験官の先生とこへ行こ?」
ディアはベルの手を取った。そして崖を降りて森の中へと入っていった。再びディアの視界は深い新緑に包まれた。森の多い里で育ったディアにとっては懐かしい匂いのする場所だ。自ずとディアの口が弾む。
「ベルは何の授業を取るか決めてるの?」
「私は魔法兵団に入りたいから……魔法戦闘とか、そっち方面」
へぇ、とディアは声を漏らした。ディアは自分で聞いておいて自信の取りたい授業を決めていないのだ。ディアは顎に手を当てた。
「私は……魔法を知りたいって漠然とした考えできたから……」
「ソレでもいいと思うわよ。一般魔法の授業とかもあるらしいし」
ディアの顔がパァッと明るくなる。ディアはベルと比べると、自分の学業の目的が邪な気がしていたのだ。ベルが魔法兵団に入るという目的があるのに対し、ディアは知識欲だ。しかしソレを認めてくれたことが嬉しかった。
二人はしばらく歩き続けた。森の緑や茶色の景色に見飽きてきた頃、森を抜けた。そして試験開始の場所へと戻ってくる。二人の先に二、三人の受験生がすでに戻ってきていた。彼らの手には紫色の魔法宝石が握られている。
「一番じゃなかったかー」
「競争意識あったの?魔法宝石半分こを提案してきたのに?」
「ソレはソレ」
再びそんな言葉を放つディア。二人はプッと吹き出した。そんな彼女たちの仲睦まじい様子を試験官の教師はじっと見つめていた。そしてディアとベルの手に握られた魔法宝石がえらく小さいことに目をつけていた。その上一つの面がかなり平らで、一つの魔法宝石を半分にしたことは火を見るよりも明らかだった。
「おかえりなさい。受験生のお嬢さん方」
「はい。魔法宝石です!」
試験官に魔法宝石を差し出す二人。しかし試験官はソレを見て溜息をつき、頭を抱えた。
「次からは大きさを規定したほうがよさそうですね。はぁ……合格です」
試験官は重箱の隅をつつくような試験合格のやり方に正直納得がいっていなかった。しかし試験に魔法宝石の大きさの規定がない以上彼女らの合格を認めざるを得ないのだ。ディアは悪戯っぽくベルに笑いかけた。
彼女らの後にも続々と魔法宝石を手にした者が試験官の元を訪れた。彼らは疲弊しきった様子で、濡れタオルのように歩いていた。何人かは合格を告げられるや否やその場に倒れ込んだ。
一足先に合格を手に入れた合格者達は試験時間が終わるまで近くの建物で過ごすことになっていた。建物は丸太を積んだような壁が四方を囲むようなものだった。ディアにとっては木で作られた家は馴染んだものだったのでかなり落ち着くというのが感想だ。
二人が室内を見渡す。すると脛の高さのテーブルに羊皮紙が一ロール無造作に置かれているのが目に入った。
「何だろう、コレ」
ディアが羊皮紙を広げると、二、三十行の文言がみてとれた。一番上の題名を見るとソレが学校のガイダンスであることがわかった。
ディアとベル以外の合格者も彼女らに目を向け、羊皮紙の内容が気になっているようだった。なのでディアは読み上げてみることにした。もう彼らは魔法宝石を求めて競うライバルではなく、同じ学舎で学ぶ友人と言ってもいいのだ。情報共有はあって然るべきである。
「……諸君入学おめでとう。その一、まず言っておくがこの学校は寮のない全寮制である……はい?!」
ディアは素っ頓狂な声をあげた。ガラスのない窓や水のないプールのような意味のわからない表現だったのだ。ベルも、他の合格者達も怪訝な表情を浮かべた。
「つ、つづき読むね?……この学校に於いては制服と講義以外の何も諸君らには与えない。諸君らはこれから三年間、校庭でのサバイバルを行う。校舎で学び、授業以外の時間を校庭という屋外で過ごすのだ。コレは強靭な魔法使いを育成するためである」
「……マジで言ってんのかしら」
ベルが全員の意見を代弁した。その小屋の中にいた合格者全員その後は何もいえなかった。自分たちはどんな苛烈な境遇に身を置くことになるだろうかと恐怖した。
「そのニ、諸君らが履修できる講義は二種類である。必然的に屋外で過ごす時間は長くなるが、そこは努力によって補ってもらう。なお、推薦生は三種類の授業を履修できる……」
ヤバイところに来た、というのが全員の率直な感想だ。しかしどうにも納得がいってしまう。この都市一つ分もの校庭は生徒が自給自足をするためのスペースであり、十分なそのリソースを用意される場所なのだ。