夏のホラー2020作品~廃駅と良心~
俺はサクマ。
しがないフリーターだ。
某一流大学を卒業した後、俺はあてもなく全国放浪していた。
といっても、特に何かしたかったわけじゃない。
明確な目的があったわけじゃない。
ただ、俺としては大学を終えて社会に封じられる閉塞感がたまらなくイヤだったのだと思う。
まあ、親には既に社会不適合者の烙印を押されているが、学生の頃から続けている動画広告とアフィリエイトの収入で即座に飢えることはない。
それでも、贅沢できるほどの資産があるわけではないので極力節約はしている。
因みに車は持っていない。
あった方が良いのだが俺には絶対無理だった。
というのも、俺はとある因果に巻き込まれ、運転が困難になったからだ。
……皆は覚えているだろうか?
20××年7月9日の多重人身事故。
サマーフェスと花火大会に加えて、ゲリラライブを行ったアイドル実況者の噂を聞きつけた観客が帰宅ラッシュ時と重なり駅に溢れかえったのだ。
駅職員の初動判断と情報不足で入場制限が遅れたことも起因となり、駅内の人の渦に拍車がかかった。
結果として満員の駅のホームからこぼれ落ちた34名が特急列車に轢かれるという前代未聞の悪夢に陥ることになった。
そもそも人間の行動心理として、1ミリも隙間がない電車でも、この電車に乗れなかったら重要な会議に遅れるとなった場合、無理矢理、是が非でも乗ろうとする者が必ずいる。
その結果潰れる人、零れる人が居たとしても……。
そのときは遅刻>他人への思いやり、といった思考になっていて本人は気付かない。
その人にとっては後にニュースになって初めて気付いたと言うくらいの良心だろう。
だからこそ、この駅には憑いている。
ここまで恨みと怨嗟の充満した駅は他にひとつしか知らない。
まあ、そのひとつは都市伝説ではあるが……。
とにかく轢死、圧死、などで100名以上の死傷者を出した、その痛ましい事件の3日後、この駅は1ヶ月封鎖されたのだった。
駅がひと月も閉鎖されることはそうそうない。
では何故か?
事件後3日連続で人身事故が続き、7月9日の悪夢と同じ轢死した34名の尊い命が失われた為だった。
しかも、その34名全てが飛び込みによるものと見られている。
そんな恐ろしく悲惨な状況からオカルトに興味があるないに関わらず、この駅を忌避し、次第に廃れていった。
そして鉄道会社は急ピッチで最寄り駅を新設し、この駅を完全閉鎖する決定を下したのだった。
そして事件から3年後の今日は廃駅となる最後の日。
奇しくも7月9日に終えるこの駅に3分後、最終電車が到着する。
時刻は23時57分。
俺は誰もいないホームの白線を踏みしめる。
すると突如として雷鳴が轟き、横殴りの雨が打ち付ける。
鉄オタがいない、見物客がいない、見放された駅の最後。
そんな状況に俺は絶望する。
「ごめんなさい……許して下さい……助けて」
命の灯火が消える瞬間になって、どうしようもなく懇願する。
あの日……便乗実況動画で人を集めたのが悪かったのか、事故で阿鼻叫喚の現場映像をテレビ局に売ったのが悪かったのか。
それともあの妊婦を押しのけたのが………………数え上げれば切りがない後悔の念。
俺は最終電車に乗らなくてはならない。
そうしないと、親類縁者が俺と同じ目に遭う。
駅に取り憑く呪いの怨嗟は留まることを知らない。
俺が乗らなかった場合、俺はコイツらに殺される。
そしてそうなった場合、俺は3年前の7月9日のアノ日に戻される。
そして戻ったアノ日から今日までの3年間をなぞり、絶えずコイツらに憑き回され、再び生き地獄を味わうことになる。
それはかつて縁者であった友人の遺した手記によって深く重く理解している。
だから、俺の意思で行動する事が、次の地獄へ進む唯一の救いなのだった。
地獄がやってくる。
警笛を鳴らしながら最終電車がホームに侵入しゆっくり到着する。
異臭を発するその電車は黒く邪悪な柔肌で紡がれた異形の魑魅魍魎でできていた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」
あまりのおぞましさを発する電車を前に俺は血の気を失い、体中の穴という穴から体液が流れ出る。
電車が停まり、ドアが開く。
そこから漏れ出す熱く寒い瘴気に俺は震え出す。
限界だった。
「イヤだ、イヤだ! イヤだぁァァ――――――――――!!!」
俺は堪えていた嗚咽をついに、決壊させ狂乱し叫びまくる。
『電車に乗るマナーを犯すことなかれ』
手記の最後に血文字で書き殴った友人の遺言。
それはこれから起こる地獄の軽重を決める不自由の選択であった。
マナーの悪いモノは深淵の地獄を、とコイツらから聞かされ続けている。
だから、俺はせめて……せめて少しでも楽な地獄を、とここまで堪えた。
でも駄目だった。
この地獄は―――――――――――――――禍々しすぎる。
何度も何度も何度も何度も何度も、この場から逃げる救いを思い描く。
しかし、その度に必至に、すがるように、祈るように、全力でここに踏みとどまる。
それは親族への贖罪だった。
繰り返される地獄の中、俺は微かな希望を掴んでいた。
新たな親族をつくり、新たな命をつくる。
こんな俺でも幸せになれるんだ……そう思っていた。
しかし、俺が新たな縁者をつくることこそがコイツらの狙いだったのだ。
絶望が追い込みをかける。
俺が地獄の底だと思っていたのは深淵の入り口だったのだ。
そんな俺に救いはない。
だから……俺は俺を終わらせる。
「ごめんな、許してくれ〇〇。せめて××の怨嗟は断ち切るから……」
時刻は深夜0時。
7月9日に取り残された廃駅と俺は世界から隔絶される。
乗車ベルが鳴り響く。
一度だけ振り返り、現世を愛おしむと俺は足を送り出す。
この電車に乗れば俺は電車の一部となり、未来永劫苦しみ続ける。
万一、いや、億に一、兆に一分の確率で、神様がいて、神様の救いがあってこの地獄から転生したとしても俺はこの先二度と人間になることない。
それはコイツらから伝えられたことである。
コイツらと無間の刻を苦しみ続ける。
そして膨大な、果てない転生を繰り返してようやく無へと還るのだ。
「―――――――――――――――」
ドアが閉まる。
体中の毛穴からニタニタと嗤いの囁きが聞こえてくる。
しかし、それはこれまでに比べれば生易しいことで人のイナイ目の前の席に座ると、俺は深い、深い眠りへと堕ちていくのだった。
そして俺は今日、人間としての最後を迎えたのだった。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
他の作品も執筆中ですので、よろしくお願いします。