一話
僕は魔法学校へ通うことにした。理由は単純であって明快で、僕が魔法を学びたいと思ったからだ。それ以下でもそれ以上でもない。いずくんぞ、それ以外で魔法学校を志す人間がいるだろうか。
だが、ある人間は僕に対して疑問が募るはずだ。魔法の勉強など小学、中学となかったはずなのに、なぜ高校生の代で魔法学校へ通おうとしているのか。
確かに、その通りである。この疑問に答えるにはまず、先程着いた嘘を撤回する必要があった。僕は魔法を学びたいとは思っていないのだ。先述したものは魔法学校への面接で阿諛した偽りの文章だ。そして、親にも述べた偽りの文章でもある。本当の理由は、普通になるのが怖かったからだ。普通に人生を全うしてきて、僕はこれでいいのかと不安になった。一般的な生き方をして一般的に死んでいく。そんな淘汰される存在に僕はなりたくないと思った。僕は子供なのだ。僕もほかの人間のようになにか理由があればよかったのだけれど、そういう人生を歩めなかった。仮に魔法学校への道を進んだことが他の人間との差別化に成功できたとしても、指針がないようでは意味が無い。だから、この道へ進んだのも徒労であると言える。それでも来てしまった理由は、僕が子供だからに尽きる。
ところで学校が指定した場所に来た訳だが、驚くべきことにそこは建物がない荒野だった。校門はあって、睡蓮魔法学校と校門には記載されているのだが、一体これはどういう了見であるのだろうか。ほかの入学生も、もれなく困惑しているようだ。一瞥したところ、百人はいるだろう。
「ねぇ、君、この近くに睡蓮魔法学校ってあるよね?というか、君も生徒じゃないかい?」
「そ、そうですね。生徒です。ここだと聞いていたんですが」
女性に話しかけられたので敬語で返してしまう。いやはや、僕は女子がどうにも苦手らしい。それにこの女はどうも無垢な瞳をしている。汚れて狡猾な僕には眩しくて話しづらかった。
「なんだよー生徒ならそういう話はやめた方がいいと思うよ?君も私と同じ授業を受ける身なんだから、多少は仲良くする気概を持った方がいいよ」
むべなるかな。
「でもここであっているんだよね。あっていなかったら私が通おうとしていた学校は存在しないということだから詐欺になってしまうよ。これって訴訟できるかな?」
「校門があるのでそれは無いと思いますが」
「冗談だよ冗談。だからそう敬語を使わないでほしいな。それとも仲良くする気なんてないって感じ?」
「いや、あるよ。わかった。敬語で話すのはやめよう」
どうせすぐに話さなくなるだろうし。
「おぉ喋れるんじゃん。一瞬ロボットかと思ったよ。敬語しか話せないようになってるロボット。通称敬語ロボ」
「そんなのがあるのか?」
「ないよ?もちろん」
なんだこの女。
「そう、かっかしないでよ。私たちが受けるべきなのは学科なんだから」
「まぁ、そうだな」
適当に流そう。
それにしても。建物がないとは不思議なものだ。まさか校門だけ施行して、建物を作るお金がありませんでした、だなんてことはあるまいし。あったらそれこそ詐欺だもんな。
でも不思議なのは、この状況に全員が困惑しているということだ。確かこの学校は三年制だったはず。ならば、先輩方がいなければならない。それなのに誰も状況を把握していないというのは不可解だ。
「定刻になりましたため、これより睡蓮魔法学校の入学式を始めます」
声が聞こえた。ただ、音の発生源が見当たらなかった。なんというか、上から聞こえるような。上?
「あれ見てよ、人が宙に浮いてる」
そう彼女が指を差して言うため、その指に準えて視線を移すと、確かにそこには杖を持って宙に浮いた人間がいた。
「まず、最初に。これから皆さんは魔法を使うわけですから、魔法の可能性について考慮すべきです。例えば、このように宙に浮いている可能性、も考慮すべきです。皆さんを空中で眺めていましたが、私の存在に気づいたのはたった一人しかいませんでした。それ以外の人間は喧騒を作るばかりで、魔法の可能性についての思慮を怠っていました。これでは良くないのです」
30代前半のように見えるその人は空中で私たちにそう言った。
「もちろん、入学したばかりですから、これから慣れていけばいいのです。ただ、私が悪者であったとしたら、今頃みなさんは殺されていてもおかしくはありませんでした。これからは、魔法と共に生きることとはどういうことかについて日頃より考えて、この学校生活を過ごしてください」
なるほど、と僕は感嘆する。確かにそれもそうだった。空を飛んでいるという事実に気後れしてしまったが、魔法というのはこういう使い方もあるというのを考慮するべきだった。凝り固まった思考と、固まってしまった体というのは魔法の前で無力である。
「さて、皆さんは今校門を潜れないでしょうし、校舎を見ることも出来ないと思います」
校門を潜れない?そんなまさか、と思い校門を越えようとすると硬い壁が頭へぶつかった。痛い。
「可愛いね。私はさっきやっていたから気づいてたよ」
だったら最初に言ってくれよ。
「今から皆さんに魔法が使える杖をお渡しします。こちらを持つことで、魔法の壁の邪魔を受けなくなり、ご入学ができます」
空中から先生が地面に降りてきた。
そして杖を振るうと、生徒全員の頭上から魔法の杖が現れた。慌てて僕は両手でそれを受け取る。僕は一応魔法学校へ入るならと素養をつけるために、魔法の杖の形状を眺めていたのだが、これはネットで見ていたのと形状が異なるような。
「おぉ、これがソメイヨシノの杖なんだ。ニワトコの木とはやっぱり違うねぇ」
「ソメイヨシノ?ニワトコの木じゃないのか?」
「違うよ。ニワトコの木は外国で使われるポピュラーな杖だけど、日本で使う杖はソメイヨシノの杖なの」
「それはどうして異なるんだ?」
「私も詳しくは知らない。ヤード・ポンド法とメートル法の違い?みたいな感じらしいよ」
わかるような、わからないような。
とにかく性能に問題がないのなら、別にいいのだが。
「では、入学してください」
杖を持つと壁もなく校門を抜けられて、荒野の前に学校の建物が見えた。なるほど、魔法で学校を見えなくしているのか。
「ご入学おめでとうございます。私は教師の屋根川と言います。この学校は三年制で、一年と二年と三年で違う場所の睡蓮魔法学校へ通ってもらいます。違う場所である理由は、魔法の扱う大きさが異なるためです」
それで一年生しかいないのか。
「先生、それでも通う場所を三点用意するというのは費用がかかりますし、先輩がいた方が、人間が、いえ、生徒が学びやすくなると思うのですが」
いきなり質問が飛び驚いて音源を向いてみると、そこには目の死んでいる少女の姿があった。
「この場で質問をするとは、さすが私が空を飛んでみていたことを見破った唯一の生徒だ。いいでしょう、詳細にお話します」
この子がか。確かに異質な雰囲気を感じる。周りと違うような雰囲気だ。偏見だが、優等生に違いない。
「先程話した通り魔法を扱う威力が学年ごとに違います。ということは、もちろんながら学ぶことも違うのです。現代、魔法の技術というのは機密事項となっています。ここで先輩が学ぶ先の技術を後輩に教授してしまうと困るのです」
「それはどうしてですか?」
「もし、一年生で退学をされてしまった場合、二年生や三年生で学ぶ知識すら手にいてれしまうと、魔法の情報は機密であるのに、卒業生じゃない人間が全てを知ってしまうということになります。これは情報漏洩と違いないのです。皆さんは退学をすることがないとは思いますが、万が一の時を考えてこういったスタンスを取っています」
「退学する時とはどういう時ですか?」
物怖じせずに質問を続ける。気になるところだが、立て板に水によく話せるな、この子。
「そうですね、例えば魔法を乱用してしまった場合です。魔法は無限の可能性があるのですから、人を殺す可能性もあります。もしそういったことをなされた場合、退学とさせていただきます」
「ありがとうございます」
なるほど、人を殺すね。僕は人を殺そうだなんて野望を抱いたことは無いけれど、確かにそういうこともありえるといえば有り得るのか。いや、きっと他人に迷惑をかけるなと言うだけの話であるのだろうけれど。魔法というものをたやすく扱うな、ということなのだろう。道具は使いようだ。
それでは、授業を開始します。