閑話 勇者7 闇に呑まれるメリアヘム
ゴールデンウィーク投稿です。
刻一刻と戦闘は激しくなってゆく。
立体映像越しでなく、外からも激戦の音が響いて来た。
そしてそれは、防衛している側の俺達にとって劣勢であると言う事を示していた。
音が近づくと言う事は防衛戦力を突破されたと言う事だからだ。
数はこちら側の方が圧倒的に多い。
魔物を召喚する魔族もいるが、その数を足しても数的有利は覆らない。
しかし、質がまるで違う。
魔族は過剰とも言える雨の如き矢を受けても無傷で進み、剣を肉体で受ける様な化け物ばかりだ。
地球のものより明らかに強力な盾を穿く矢や鉄を斬る斬撃でもほとんどダメージを与えられない。
業火の中も平然と進み、拳で城壁を砕く。
本気の防御、本気の攻撃は当然そんなレベルじゃない。
石畳を蒸発させてしまうような大魔術も防ぎ、分厚い城壁も魔術一発で壊滅に近い状態に追いやる。
一体一体が歩く厄災だ。
その中でも異彩を放つのは豪華な王様の様な格好をした骸骨。
骸骨の様に見える魔族はいるが、それはどう見ても骸骨そのもの。
不気味な事に上陸してからと言うもの、巨大な魔法陣を展開すると動かずにいた。
加えて動かずに居るのに強い。
砲撃をあびせられているが、全ての弾が透明の壁に弾かれ手前に落ちていてた。近接戦闘を試みる人達の武技も全く届かず、骸骨は一瞥すらしない。
加えて幾人かの人達は攻撃を防がれただけの筈なのに倒れてしまっている。
空から降り注ぐ巨大な光柱に呑み込まれ、巨大なクレーターが生まれても骸骨の一定範囲は無傷。
炎の槍も雷も氷の剣の雨も、意にも返さない。
周りの地形ばかりが壊滅的な被害を被ってゆく。
そんな中、一つの大きな動きがあった。
突如、魔族達が一斉に空へと飛び立ったのだ。
その原因は見なくても分かった。
莫大な魔力の高まりだ。
ゾッと寒気の走る、本当に冷気ではないかという程の魔力の気配。
発するのは方向と映像からして骸骨。骸骨とその一帯が激しく発光していた。
「『総員防御態勢!!』、―――隔絶せよ分かたれよ 決して穢せぬ神秘の頂き 神の座す不可侵の聖域 顕現せよ―――”神界“!!」
直後、激しい悪寒に襲われる。
映像では骸骨が黒い霧のようなものを街に噴出させ、霧に触れた結界や建造物が砕け散っていた。
それは凄まじい威力と勢いで、粉々に砕けた結界が滝のように一気に散って逝く。
加えて街の全面へと拡がって行き、無事だった大結界までもが容易く破られてゆく。
また呑み込まれた人は程度の差はあるが、なんと干乾びてしまっている。
無事な人も少なくないが、膝をつく人が多い。
何が起こったのかと状況を注視するも、映像の起点が霧に呑み込まれると映像は霞のように消えてしまい、詳しい事までは分からない。
しかし、都市全体の規模で攻撃され、大被害を被った事は確かだ。
そして遂に霧はここへも到達した。
中央を守る結界は容易く砕かれ、それでもクライシェさんの展開した白いオーロラの様な結界で防ぐが、直撃していないにも関わらず建物全体が揺れる。
まるで地震だ。この建物のみならず大地全体が揺らされているのかも知れない。
天井から塵や細かい瓦礫が降り注ぎ、壁や柱には細かい傷も走り始める。
「そんな! 何千年もかけて強化し続けた世界で最も堅牢な勇者軍本部が!?」
「壁一つとっても儀式魔法の直撃にも容易く耐える盾のようなものだぞ!? 直撃もしていないのに何故!?」
「これが今代魔王軍の四天王バールガンの力だと言うのか!?」
揺れや建物の崩壊が激しくなるにつれ、骸骨、魔王四天王バールガンの攻撃の正体が俺にも分かってきた。
エネルギーが吸収されている。
魔力は勿論、街の様子からして生命力をも奪う霧、いや闇なのだろう。
思い返せば堅牢そうな建築ほど激しい被害を受けていた。きっと、構造上強化の魔法が必須なのだ。だからそれを奪われ崩壊した。
この勇者軍本部も同様。高度な魔術によって支えられていたからこそ、それを失いここまでの被害を受けているのだ。
そしておそらく、この闇は土地全体に作用している。
闇の迫りくる正面からではなく、下からエネルギーが無くなってゆくのが分かる。
「これは、地脈が掌握されている!?」
「馬鹿な! メリアヘムの地脈は何重にも守られている筈! かのカルヴァリエが構築した防衛機構だぞ!」
「防衛機構も魔力を奪われ破壊されたのかも知れません!」
「地脈の魔力で運用されているのだぞ! 魔力を奪い尽くすなど不可能だ!」
「では何故!」
「今は考えている余裕などありません! 総員直ちに広域結界から通常結界へ切り替え! 本部が崩れます!」
クライシェさんの号令で闇に対して張られていた結界が、室内で俺達を囲むように張り替えられた。
そして振動が激しくなり、天井が崩れ始める。
あっと言う間に砂埃と落石で結界の外が見えなくなった。
しかしそれで終わりと言う訳でもない。
揺れが続いている。
床のヒビ割れが激しい。上だけでなく下も崩れ始めていた。
「魔法師団長!」
「“不動壁”!」
足元に平たい真っ直ぐな結界が張られる。
直後、床は吸い込まれる様に下へと崩落した。
その崩落した穴へ、半球状の結界に積もっていた瓦礫も落ちてゆく。
そして惨状が顕になる。
光の結界の外、闇で覆われているにも関わらず、はっきりと燃え盛る街が確認できた。
次々と倒れ、中の爆薬が引火したのか燃えて逝く建造物。塔も教会も城壁も城塞も関係ない。
規模の大きいものほど倒壊してしまっていた。
クライシェさんの結界が最も効果的であったらしく、街中から無事だった人達が次々と結界内に退避してくるが、その人達のダメージが大きいのも見ただけで分かる程だ。
結界や強化魔法をエネルギーが奪われ破られる度に過剰行使していたらしく、血管が浮き上がり破れてしまっている人や充血している人、防御が追いつかなかったらしく青ざめている人や干乾び始めてしまっている人と、ひと目で怪我人病人と分かる人が大多数を占める。
そんな中で結界を張っているクライシェさんが動いた。
「我らが母たる【樹聖神】リュリュリーラよ! 決して邪を寄せ付けない聖なる大樹の神よ! あなたの使徒が願い乞う! この身を手足としどうか救いを!」
クライシェさんに天から強大かつ暖かな光が降り注ぐ。
光はクライシェさんに宿り、クライシェの存在感が何倍にも上昇する。
もはや人では無く、大自然がそこにあるかの様だ。
そして白いオーロラの様な結界の光が増した。
結界は徐々に拡がって行き、生き残った人達を庇護下に置くと共に闇を祓ってゆく。
同時に結界内に入った人達の傷が急激に癒えた。
啞然と見ている事しか出来ない程の凄まじさだ。
しかし魔王軍はそれを黙って見ていたりはしない。
上空から魔族の攻撃が飛来する。
「「「“破城槌”」」」
重く黒い巨大な光弾が次々とクライシェさんの結界に撃ち込まれた。
一発一発当たる毎に激しく揺れる。
結界には徐々に亀裂が生まれ拡がってゆく。
「総員迎撃しろ!!」
「魔術師は結界を破ろうする魔族を直ちに攻撃せよ! 神官は戦士達に強化魔法を! あの闇にも神官の護りが有れば暫くは持ち堪える事が出来る! 戦士は必ず強化魔法を受けてから出撃せよ!」
アシュトンさんとオルゴンさんの号令指示で勇者軍も一斉に動き出す。
強化魔法で光を帯びた人達が次々と闇に飛び込んでゆく。
闇は触れた全ての存在からエネルギーを奪う。
そんな環境が有利に働いていた。
闇へ対抗出来るのはクライシェさんのような神官による神聖な力。
魔族はそれを使う事ができない。
闇に魔族は潜れず、闇に放った魔術は減衰する。
一方の勇者軍には神聖なる護り。
闇に潜り利用する事で勇者軍は環境的優位に立っていた。ほぼ一方的に攻撃出来ている。
しかしそれでも闇に潜るのは損耗が激しい。潜る度に刻一刻と聖なる光は喪われてゆく。
圧倒的な力を降ろしたクライシェさんも顔が険しくなっていた。
やはり強い力には代償が伴うのだろう。
勇者軍の人達の殆どもそれは同様。
皆無理をしている。
傷は治っても万全では無い。
こうして早くも決戦が始まった。
次話も閑話が続きます。




