ボッチ61 ボッチと別れの挨拶
ゾロ目投稿です。
この世のあらゆる苦しみから解放された。
空は青く澄み渡り、青々と茂る草花は爽やかな風にふわりと揺れる。
ああ、世界とはこんなにも綺麗だったとは。
絵画よりも繊細で、宝石よりも色とりどりの美しき世界。
便器に跨がりながら、俺はそんな当たり前にあったものにやっと気が付いた。
同時に心の余裕、ゆとりの大切さに。
広い心さえ持てば、広い世界に受け入れられている事にも気付けるのだ。
そしてそれがさらなる心の余裕へ繋がる。
幸せとは、幸せである事に気付く事で得られるものかも知れない。
手に入れ無くとも、ただ気付けば良いのだ。
例え人一人さえ居なくとも、美しき世界はそこにあった。
そんな和式の便器の上で悟っている俺の目前に立ち続ける女神様。
これまでそれどころじゃなくて意識していなかったが、流石に恥ずかしい。
今までも全裸とかを見られ続けているが、限度というものがある。
「あの、女神様?」
そして何より、客観的に見て女神様がヤバい筈だ。
明らかにオープンなHENTAIである。
『すみません。もうすぐお別れだと思うと、あなたの姿を見ていたくなって』
しかし、そんな羞恥心も女神様への見方もその突然の回答に全て消えた。
悲しそうに笑うその姿が、幻聴や別の意味で有る可能性を許してくれない。
「えっ? お別れって一体?」
『流石に無理をしてしまいました。あなたに降臨して、私に残されているエネルギーは極僅かです。もう直、私は永い眠りに就くでしょう。短くても百年か千年、あなたとはもう、お別れです。今生で会う事はもう無いでしょう』
「そんな! 俺のトイレの為に!!」
『ふふ、そこは世界の為にと言ってください。でも、あなたらしいですね』
女神様はとても嬉しそうに笑う。
静かな笑いだ。でも、心の底から嬉しそうに、女神様は笑った。
そんな姿に、こんな状況にも関わらず見惚れてしまった。
『もう私は、あなたの行く末を見る事は出来ません。ですが、見てきた様に分かります。あなたはこれからも、知らずに多くの人を救うのでしょう。あなたの周りは、あなたが気付かずとも、きっと笑顔が絶えない。どんな絶望もあなたは忘れさせて、無かった事にしてくれる。
どうかこれからも、私の知るあなたでいて下さい。それだけで、万事上手く行く筈です。何事も心配は要りません。ただ、自分を信じて。
そして世界をどうかよろしくお願いします。あなたならきっと、救える。絶望の連鎖を断ち切る事が出来る。ありがとう、私の勇者』
そう言って女神様は俺の頬に触れた。
俺はそこで初めて、頬が濡れている事に気が付いた。
女神様は、悲しそうにもしていないのに。笑顔を向けてくれているのに。
「俺の方こそ、ありがとうございました……こんな俺に、付き合ってくれて……」
『どうか最後の瞬間まで、こうさせてください』
「…はい…」
暖かい風が高原の草花をふわりと揺らす。
涼しい高原も、風が流れる様に時も移ろう。
人が立ち止まっては行けないと背中を押す様に、決してその流れを止めない。
時は無慈悲であり、慈悲深く優しい。
「女神様……」
だから俺も前に進まなければならない。
別れの挨拶から、もう大部分経ったのだから。
いつまでも、立ち止まっている訳にはいかない。
女神様も、それは望んでいないだろう。
「聞き難いんですけど、いつ頃眠りに就くんですか?」
おかしいなと思った時には既に昼になっていた。
女神様の姿は全然消える気配が無い。
それどころか、以前よりも濃くはっきりと見えてすらいる。
『……あのような事を言っておいて言い難いのですが、多分眠りに就きません。寧ろ調子が良いくらいです……』
「それはそれは…」
絶対に喜ぶべき事なのだろうが、気まず過ぎる。
それこそ一旦消えてから戻ってきたら、奇跡が起こったと感動の再会になるのだが、ずっと顔を突き合わせたまま時が経過するのは何かが違う。
感情の切り替えが上手く出来ない。悲しみの終点も喜びの始点も曖昧だ。
呑み込まれるような感情が行方不明で、こっ恥ずかしさの方が大きい。
めでたしめでたしで終わらせられない何かが有る。
取り敢えず今は尻を拭こう。
もうカピカピだ。
「えっと、それで、大丈夫って事で良いんですよね?」
『はい、何故か消耗はありません。神力に不足はありません』
「なにはともあれ、本当に良かったです。はい…」
『はい…』
「『……』」
やはり気不味い。
間違い無く喜ばしい事なのに、気不味さが抜けない。
まずは会話をどうにか続けなければ。
「そう言えば、何か俺も神力を獲得したみたいですよ?」
『…十中八九、それが原因ですね』
「なるほど…」
『……』
「……」
「『はは…』」
やはり会話が続かない。
徐々に目線も合わなくなってくる。
『えっと、神力とはこれまた凄い力を手に入れましたね』
「文字通りに神の力的なやつなんですか?」
『はい、神力とは文字の通り神の力です。人々の願い、祈りから生じる神々からすれば信仰エネルギーとでも呼べるものになります。形が違うだけで、魔力と似たようなものと考えても間違いではありません』
「どこが違うんですか?」
『違いは沢山有りますが、神力は魔力よりも純粋なエネルギーであるとされています。例えるなら、魔力が電力であるとすると、神力は原子力です。ある種そのままのエネルギーです。使い難く使い易い形に持って行くまでにも手間がかかります。そんな純粋故に強大な力を持つものの非常に使い難いエネルギーが神力です』
この解説が会話であるかは微妙だが、数時間ぶりに長文のやり取りが出来た。
この流れを途切れさせてはいけない。
いつも通り話していれば、きっと本当のいつも通りに戻るまでの時間も短くなる筈だ。
このまま話を変えるのに限る。
内容も女神様を消耗させなかった神力の事であるし、本当に女神様と別れる事が無いようにする為にも必要な話だ。
この心境下で覚えているかは兎も角、損は無いだろう。
周り道かも知れないが、それでも構わない。
なんてったって、俺達には時間が有るのだから。
次話は節分に投稿予定です。




