ボッチ6 ボッチと二日目の朝
「……」
ぼんやりと目を開くと紫から水色に変わる空に、茜色が差し始めていた。
不思議な景色だ。
空に一点、アンティークかつファンタジーなランプが浮かんでいる。
太陽が昇るのと共にランプの明かりは弱くなってゆき、世界は明かりを強めた。
こう言うときはこう言えばいいのか?
「…知らない天井だ」
そう言うと、声が降りてきた。
『おはようございます』
女神様だ。
そうだ。俺は昨日急にクラスまるごと死んで、転生して、はしゃいで疲れてテントで寝ていたんだっけ。
テントの内装は透明にして外の景色にしたからこう見えるのか。
「……色々あったな」
『寝ぼけてないで起きてください。タダ=ヒトリさん』
「誰がタダ=ヒトリだー! 俺の名前は多田倭文だぁー!!」
寝ぼけた耳にも聞こえてきたその言葉の暴力に、俺はガバッと布団から起き上がり反論した。
確かにそうとも読めるけど、その間違いは許せない!
『すみません。起こすための冗談です。マサフミ=オオタさん。まさかここまで反応するとは思ってもいませんでした。もしかしてこれでイジメられたことでもありましたか?』
「いえ、別にそんなことはありませんでしたけど。イジメとして触れてくれる友人以下もいませんでしたし……」
そう読める事と、その内容、そして自分の状況が運命付けられているように思えて嫌だっただけだ。
実際に言われたことは一度もない。
『……なんかごめんなさい』
「余計に悲しくなるので謝らないでください……。
それで、なんの用ですか?」
『とりあえず朝の挨拶をしただけです。実は転生担当の女神って暇なんですよね~。ほら、異世界転生何て毎回毎回起きる現象ではありませんし、転生した後は基本見守る事しかできませんから』
「そうですか……暇潰しで人の心を抉らないでください」
『あはは、まあサポートもしてあげますから。そうですね~、魔術の使い方とかスキルの使い方とか教えますよ』
サポートもじゃなくてサポートをしてほしい。
まあ好意として受け取ろう。
「じゃあお願いします。でもまだ起きたばかりなので、もうちょっと後にしてもらっても良いですか?」
『勿論です。では暫くしたらまた声をかけます』
さて、まずは顔を洗おう。
テントの中で水を出すのは嫌なので外に出る。
薄い霧を含んだ空気が冷たい。目を覚ますのには最適な風だ。
起きたときよりも明く、空を見るといよいよ朝を迎える様子が見てとれた。
幸い朝日は山に隠れてまだここには昇りきっていない。
せっかくなので異世界の日の出を見にテントの裏に移動する。
昇る前に顔を洗っておこう。
水晶玉で水を……洗面器無かったな。
いっそのことペット皿に顔を突っ込むか?
水飲む容器で顔を洗うのは嫌だな。
「そうだ……」
俺はバッと服を全て脱ぐ。
そして水晶玉を頭上に。
「出よ水!」
溢れる冷たい清水。
それが頭から滝のような勢いで俺の身体中を流れ落ちる。
眠気も何も押し流されてゆく。
「あばばばばっっ!!」
慌てて水を止める。
頭が覚醒して一気に現実に目覚める。
また馬鹿なことをしてしまった。
「へっくしっ! 寒っ!」
そう後悔していると、不意に暖かい風が吹いた。
山の縁が朝に染まっている。
ついに異世界の日が昇るようだ。
そしてゆっくりと光が差した。
道を作るようにこちらまで延び、飲み込んでゆく。
暖かな太陽だ。俺は今までこれほどまでに優しく暖かい太陽を見たことが無い。
冷えきっていた体が暖められてゆく……あぁ、冷えていたせいでそう見えただけか。……よく見たら地球との違いは見受けられない。
なんか体が暖まって心が冷えた気がする。
知らない方が良いことって本当にあったんだな……。
「まあ良いや、このまま朝食にしよう。
いただきます」
アイテムボックスからあの無くならないパンを取り出してかぶりつく。
外で食べる日の出を見ながらの朝食も良いものだ……びしょ濡れで無ければだが……。
そう言えば朝食自体食べるのは久しぶりな気がする。
俺、朝には腹が減らないタイプだからな。活動量が少ないからか? それが今日自然と食べているのははしゃいでいたからかも知れない。
よくよく考えたら、昨日あんなに肉を食ったのによく朝食食えるな。自分でもビックリだ。
「ごちそうさまでした」
でも何だかんだパン一つ分で満足して朝食を終えた。
む、なんか食ったら今度はトイレに行きたくなってきた。
そう言えば昨日は全く出していない。
さて、トイレはどうしたものか?
「流石にアイテムボックスにトイレが入っていたりしないよな……あった」
まさかと思いアイテムボックスを探ると当たり前のようにトイレが入っていた。
白い大理石らしき物で作られた和式トイレだ。
何故このご時世に和式にしたんだ?
とりあえずそれを出して地面に置くと、そのまま地面にめり込んで固定された。
和式の癖に高機能だ。
出来ればこの機能の代わりに洋式トイレにしてほしかったが、きっと好意でトイレまで準備してくれたのだから文句は言わない。
「和式ってこう使うんだっけか?」
少し戸惑いながらも用を足す。
ふぅ、すっきり。
「あっ、トイレットペーパーが無い!」
アイテムボックスを探るが、これは無かった。
……トイレよりも、くれるんならトイレットペーパーの方が欲しいと思うのは俺だけだろうか?
『すいません。トイレットペーパーを渡すのを忘れていました。でもその和式トイレにはウォシュレット機能がついているので、それを使ってください。“いざ天国へ”と叫べば発動します』
「いざ天国へ!」
随分と恥ずかしい発動方法だが、死活問題なので実行する。
ぷしゅーっ、と汚れを局所的に射ち流す清水。
はぁぁ~、天国へ昇りそうな気分だ。
ふぅ~、すっきりすっきり。
流石は転生の女神様、天国への導きかたを熟知している。使い方まで教えてくれたし……。
…………ん!?
「め、女神様っ!?」
俺はバッと股間を隠す。
ふ、服は? あっ、今俺全裸だ!
『はい、なんでしょう?』
「ももも、もしかしなくても見てましたっ!? ずっと!?」
『勿論見てましたよ。いやぁ~、まだ幼さがギリギリ残る年頃とは言え、全裸で和式トイレで踏ん張ったり、ウォシュレットで恍惚とする姿は見苦しかったですが、ちゃん見守っていましたよ』
「…………」
羞恥心で死にそうだ。色々な事がこんがらがって頭の中がチカチカする。
女神様の異常な行動にも突っ込む力が湧かない程だ。
きっと声だけじゃなくて女神様の姿もあったら俺は今頃羞恥で死んでいる筈だ。いや、昨日の時点で死んでいたかもしれない。
『まあまあ、神は人々を見守っていますから。全ての人の失態も神々には筒抜けですから気にすることはありませんよ。神に見られるのは当然と言っても過言ではありませんし。
証拠にほら!』
女神様がそう言うと、涙で霞む視界に何かが無数に映し出された。
同じクラスの神藤、いつもクラスの中心にいるイケメンリア充野郎ががベットで眠っている。
その両隣には見覚えの無い美女が……。
ギラリと刺し貫く視線で他の映像を覗く。
男子の隣には見覚えの無い美女。
女子の隣には見覚えの無いイケメン。
それぞれ同じベットで眠っている。
………………。
「……あの、ナンですか? このハニーでトラップな状況は?」
俺は静かに、精神肉体共に静かに問う。
羞恥心? ナンだソレ?
『召喚術式って隷属の効果が無いですから。とある世界で起きた召喚勇者のよる一国奴隷化事件、それ以来勇者を無理矢理従わせる方法が無くなり、自主的に協力してくれるよう仕向けるようになったんですよ。例えばこのハニートラップのように。
と言っても彼らの場合、勝手に美女とイケメンがベットにもぐり込んだだけですが。今回は異世界転移じゃなくて異世界転生ですからね。流石に一晩でハニーなことは起こりませんよ。家族友人知人との別れだけでなく自らの死までも経験したのですから』
…………。
「つまりその内、ハニーなことになると?」
蛇の睨みを内包する眼で女神様に問う。
『は、はい!』
「俺もちゃんと召喚されていればハニーになっていたと?」
『そ、そうですっ! すいませんでしたっ!』
「ギフトが三つ?
1000万円?
衣食住のアイテム完備?
サポート?」
ゆっくりと女神様に提示する。
「足りねぇわ!! ギフト三つあったってボッチギフトでどうなる!! 召喚詫びギフト一つとハニーが釣り合うかっ!! 1000万あっても衣食住アイテムあってもハニー以前にあいつら持っていそうだしよ!! アイテムあったってこっちは結局野宿だ!! それにサポート? ほぼ恥ずかしいところ見られた覚えしかねぇわ!!」
ハァハァハァ、俺の人生最大の叫びはあちらこちらの山に跳ね返され、何度も何度も反響する。
『最後の部分以外は本当にごめんなさい! 友達も作れないあなたから唯一童貞を卒業できるかもしれないチャンスを奪ったのは本当に申し訳なく思っています! その分精一杯サポートしますから!』
「うわぁぁぁーーーんっっ!!」
女神様、本当に酷い……。
『後、服は着ましょう!』
《熟練度が条件を満たしました。
ステータスを更新します。
アクティブスキル〈神託〉を獲得しました》
次話は2時間後に投稿します。
尚、ボッチ11まで投稿します。